第六話 危険の天秤
〈情報を精査すると言って、応答が途絶えました〉
しばらく沈黙してから、呟いた。頭上に聳える灰色の巨体は、それきり何の反応も示さない。夕暮れの風だけが、風化した装甲の表面を静かに撫でていく。
「これから、どうする」
〈先ほどの未確認の発信元が、私に向けて通信を送り続けています〉
「誰か分からない奴なんだろう。そんな奴、信用できるのか?」
〈未確認の発信元は、現在の東側の企業で、天城テクノロジーズのカエデと名乗っています〉
「現在の東側の企業? そんな奴が、一体なんの用なんだ」
今まで存在すら知らなかった、東側の企業からの通信に、警戒する。得体の知れない相手というだけで、腹の底が冷えた。無意識のうちに、懐の光学ブレードへ手が伸びていた。
〈戦車に対して行った、緊急信号の履歴を確認したそうです。今回の緊急信号も確認して、困っているなら、手を貸すと言っています〉
「手を貸すって、そんなことして向こうに何のメリットがあるんだ。そもそも、東側ってすごく遠いんだろ。助けるなんて、無理だろう」
スラムでの生活で、騙そうとする者はいくらでもいた。甘い言葉で近づき、最後には何もかも奪っていく連中の顔が、脳裏をよぎる。だが、無条件で助けてくれる者は、ほとんどいなかった。何を要求されるのか、疑わずにはいられなかった。喉の奥が、僅かに渇いていく。
〈企業や空戦艦の通信装備は、超長距離に対応しています。対して、私の現在の通信装備では、短距離しか対応できません。先ほどまでは、空戦艦の通信装備を借りていたため、やり取りできましたが、現在応答がないため、一方的に通信を受けています。そのため、助ける理由を問うことはできませんが、助けが必要なら、近くの街ベルナに行くように言っています〉
「いやいや、無理だろう。教会騎士を殺したから逃げているのに、街に向かうなんて、捕まりに行くようなものだろう」
〈ベルナの街には、現在も活動している支援個体がいるそうです。その個体に、カイの補助をするよう頼み、了承を得たそうです〉
「現在も活動しているって、ゼロみたいな奴が、俺達を助けてくれるって言ってるのか。企業の奴もそうだけど、助けてくれるって言ってる奴も、怪しくないか」
〈そうですね。私個人も、企業は信用できませんし、特に天城という名前は信用できません。ただ、カイを騙す理由がありませんし、それ以前に、他に選択肢もありません。話に乗って、支援個体に会いに行くのがいいかと思います〉
口調は変わらず、内心を知ることはできない。それでも、企業――それも天城に対して、不快感が滲み出ているように感じた。普段の平坦な声との、ごく僅かな違い。それでも、確かにそこにあった。ゼロが誰かを疎ましく思う様子など、これまで一度も見たことがなかった。
「天城に、なんか恨みがあるのか? ……まあ、選択肢がないなら、俺の答えは決まっている。話に乗るよ」
俺には、選択肢が存在しない。追われる身で、頼れるものは、頭の中の声ひとつだけだ。ゼロを信じて、進むことしかできない。それが、今の自分にできる唯一のことだった。夕闇の迫る平原の向こうに、まだ見ぬベルナの街の方角を思い浮かべる。




