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境界なき者  作者: 虎テツ
第二章 アストリア聖王国 静寂の帳

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第五話 終わらない戦争

 レムスで聖騎士たちと戦闘になり、逃げ出してから六日ほど歩いた頃、ようやく目的地にたどり着いた。地面から突き出した、灰色の巨大な構造物。それが、俺たちの目指していた場所だった。周囲の土は不自然に盛り上がり、まるで大地そのものが、地下に眠る何かを必死に隠そうとしているかのようだった。地上に露出しているのは、全体のほんの一部にすぎないという。表面には、長い年月にわたって刻まれた無数の傷が走っていた。岩肌のように風化した装甲。その隙間からは、草の根が白く伸びている。千年という時間が、この巨大な機械にも容赦なく降り積もっていた。


〈協力を要請します〉


 ゼロの声に、俺は黙って頷いた。前に戦車と交信したときと同じ、独特の間が訪れる。周囲の空気が、妙に張り詰めて感じられた。風が止み、足元の草さえ息を潜めているようだった。


〈返答がありました。『現在、作戦行動中のため、民間人の受け入れは認められない』とのことです〉


「は?」


 思わず、間の抜けた声が漏れた。予想もしなかった返答に、頭の整理が追いつかない。せっかく六日も歩いて、ここまで来たというのに。張り詰めていた気が緩んだ途端、積み重なった疲労がどっと押し寄せ、両足が急に重くなった。


〈もう少し、交渉を続けてみますね〉


 ゼロは再び、空戦艦との通信を試みた。長い沈黙が続く。機体の奥から返ってくる反応を、ゼロが辛抱強く受け止めているのが分かった。何度かやり取りを重ねたものの、結局、返ってきたのは先ほどと同じ答えだった。


〈頑なに拒否されています。緊急事態であることも伝えましたが、聞き入れてもらえません〉


「なんでだよ。この前の戦車は協力してくれたのに」


〈この空戦艦《レヴィアタン》は、現在も戦争が継続していると判断しているようです。そのため、次の指令が届くのを待っているとのことです〉


 その言葉に、俺は絶句した。千年もの間、動かない巨体の奥で、たった一つの意識が命令を待ち続けていた。その光景を想像し、俺は目の前の灰色の巨体を見上げた。


「この前の話じゃ、戦争は終わったんじゃなかったのか?」


〈厳密に言えば、戦争は正式には終結していません。両文明は中央世界への対応を迫られ、互いに戦争を続けている場合ではなくなったのです〉


 ゼロが、再び空戦艦《レヴィアタン》に語りかけているのが分かった。俺には聞こえない、機械同士の会話が頭上で静かに交わされている。これまでのどんなやり取りよりも長い沈黙だった。風の音さえ、やけに大きく聞こえる。巨体の周囲で舞い上がった砂粒が、ゆっくりと地面へ落ちていった。


〈『戦争が終結したとする根拠は不十分である』と言っています〉


 ゼロがそう告げた、次の瞬間だった。


〈未確認の発信元から、通信を受信しました〉


 ゼロの声に、聞き慣れない緊張が滲んでいた。いつも淡々としている声の奥に、わずかな張りが混じっている。それだけで、事態がただ事ではないと分かった。


「未確認の発信元って、なんだ?」


〈機械文明圏側からの通信のようです。私と、この空戦艦《レヴィアタン》の双方に向けて送信されています〉


 再び、俺には理解できない機械同士の会話が始まった。長い、長い沈黙。空気の張り詰め方が、先ほどまでとは明らかに違っていた。俺は息を殺し、その場に立ち尽くすことしかできなかった。


〈どうやら、先ほどの私たちの通信を聞いていたようです。要約すると、相手は機械文明圏に現在も残っている企業の一つとのことです。戦争はすでに終わっていること。そして、開戦から千年以上が経過していることを、空戦艦《レヴィアタン》に改めて伝えているようです〉


「向こうからも、同じことを伝えてきたのか」


〈はい。そのようです〉


 俺には、その先のやり取りを知る術はなかった。けれど、何が起きているのかは想像できた。千年以上もの間、誰かの命令を、ただ待ち続けていた。その前提が、今まさに崩れようとしている。信じていたものが失われる衝撃。ようやく、縛りつけられていた使命から解放される安堵。そして、共に戦っていたはずの仲間たちが、もう誰一人として、この世にいないという事実。そんな感情が、一度に押し寄せているのかもしれない。誰にも見えない場所で、たった一人、千年分の喪失と向き合っている。そう考えると、胸の奥が締めつけられた。


「どうなった?」


〈……情報を精査すると言い残し、応答が途絶えてしまいました〉


 ゼロの声も、心なしか静かだった。いつもの落ち着いた調子の奥に、空戦艦《レヴィアタン》を気遣うような柔らかな響きが残っている。俺は灰色の巨体を見上げたまま、しばらく動けずにいた。夕暮れの淡い光が、その輪郭を静かに縁取っている。長い年月を耐え抜いた装甲が、赤みを帯びた空の下で、どこか寂しげに佇んでいた。

魔素の衰退

原因:機械文明の存在により、世界の魔力総量そのものが減少し続けていると考えられている。

魔法の威力:過去の魔法は、現在とは別物と感じるほど威力が大きかった。旧世界の魔法なら旧機械文明の遺跡や兵器に傷をつけられたが、現在は超級魔法でなければ傷をつけられない。

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