第二話 焚き火の夜
日が沈んでしばらく経った頃、俺は森の中、小さな水辺のそばで火を熾していた。周囲を木々に囲まれた窪地は風が入り込みにくく、焚き火の明かりも遠くまでは届かない。夜の森は昼間にも増して静かだった。遠くから虫の声が絶え間なく聞こえてくる。焚き火には、串に刺した肉をかざしていた。昼間のうちに仕留めた、兎に似た小動物の肉だ。脂がじりじりと滴り落ち、炎に触れるたび、小さな火花が弾ける。香ばしい匂いが、煙とともに辺りへ漂っていった。パチッ、と薪が爆ぜた。静かな水面には、焚き火の光が揺らめきながら映っている。
「で、次はどんなでかさのやつなんだよ」
肉をひっくり返しながら、俺は頭の中でゼロに尋ねた。目的地については、すでに聞かされている。以前、森の中で見つけた鉄の塊。それよりも、さらに巨大な何かが眠っているらしい。
〈決戦型空戦艦、BS-77《レヴィアタン》です。全長は約六百メートル。この森の一区画に相当する規模です〉
「決戦型空戦艦?」
鉄の部屋で、一度耳にしただけの言葉だった。あのときは意味も分からず聞き流していた。俺は思わず手を止めた。串を持ったまま、焚き火の向こうに広がる闇を見つめる。
〈先ほどの超重戦車SHT-19《ベヒモス》も、本来は自力で移動し、敵を攻撃するための兵器でした。空戦艦は、それを空から行う大規模な兵器です〉
「動いて、敵を攻撃する……あの図体で? しかも、それよりでかい物が空を飛んで攻撃するって?」
あの鉄の塊が動く姿など、想像もつかなかった。蔦と苔に覆われ、森の土に半ば沈んでいた、ただの残骸。俺の目には、そうとしか映らなかった。それが、かつては自ら動き、戦場を駆けていたという。それだけでも信じがたいのに、さらに巨大な兵器が空を飛び、敵を攻撃していたらしい。しかも、そんなものが、この世界のどこかに埋もれている。想像しようとしても、頭の中には何一つ形にならなかった。ただ、途方もない大きさだけが、漠然と膨らんでいく。
「なんで埋まってんだ?」
〈詳しいことは分かりません。撃墜された後、そのまま放置された可能性があります〉
「そんなにでっかい物が戦っていて、さらに倒される世界だったのか……」
肉を炙る音だけが、静かに響いていた。焼ける音に混じり、ときおり水辺から小さな水音が聞こえる。夜行性の小動物が、水面を渡ったのだろう。
〈はい。かつては、そうした巨大兵器同士が戦っていました。そして、それらを撃破できるほどの存在も、数は限られますが、確実に存在していました〉
ゼロはそこで一度言葉を切った。古い記録を辿るように、思い出すような短い沈黙が流れる。焚き火の爆ぜる音だけが、その静けさの中に溶けていった。
〈そのため、現在の装備……魔道具だけでは、この世界で生き延びるには少々心もとないでしょう。これから遺跡を巡り、装備を整えていく必要があります〉
「そういえば、前から気になってたんだけど。ゼロは、自分のことを魔道具みたいなものだって言ってただろ。なんで俺には使えるんだ?」
ずっと胸の内にあった疑問を、ようやく口にした。串の先から、肉の脂がまた一滴、炎の中へ落ちる。
〈順を追って説明します。まず、現在の私たちの会話には、N-Linkを使用しています。このN-Linkは、魔力の膜があると通信を阻害され、正常に機能しません。魔力を持たないカイには魔力の膜がないため、私と会話できるのです〉
「前に、俺だけが会話できるって言ってたのは、その魔力の膜がないからってことか」
〈その通りです。さらに、魔道具は基本的に、使用者が魔力を通し、本人の意思で操作します。一方、私が魔道具に似ていると説明した兵器や装備は、私たちが使用者を補助することで動作します〉
「補助って、今みたいに会話しながらってことか?」
〈はい。装備の起動や操作にも、私たちとの連携が必要です。会話できなければ、起動すらできないものもあります〉
「みんな魔力があるから、ゼロと会話できなかった。だから、誰も使えないまま、ずっと残っていたのか」
〈そうなります。そして、私と同じように眠っているものは、まだまだ存在します。これから各地の遺跡を巡り、協力を求めていきましょう〉
「ああ、よろしく」
俺は焼けた肉にかぶりつき、水面に映る火影をぼんやりと眺めた。噛むたびに肉汁が口の中に広がる。塩気のない素朴な味だったが、疲れた身体には十分だった。魔力を持たないせいで、スラムではずっと蔑まれてきた。けれど、その欠落にも意味があったのかもしれない。そう思うと、胸の奥がわずかに軽くなった。俺一人だったら、スラムで長く生き延びることはできなかっただろう。ゼロと出会い、スラムの外へ踏み出したあの日から、覚悟は決まっていた。
〈休んでください。周囲の索敵は私が担当します。緊急事態が発生した場合は起こしますので、私を手元に置いたまま眠ってください〉
ゼロの声に、俺は素直に頷いた。火の始末を済ませ、焚き火のそばに横になる。昼間の疲労が、一気に押し寄せてきた。瞼が重い。夜空には、木々の隙間から星が覗いていた。薪が爆ぜる音を聞きながら、俺はゼロを手元に置く。その音を子守唄代わりに、意識はゆっくりと闇の底へ沈んでいった。
決戦型空戦艦BS-77《レヴィアタン》
製造元:ヘイムダル・エアロである。航空宇宙系の艦艇メーカーで、千年前に消えており、現代の機械文明圏には存在しない。
建造:機械文明の技術が最盛期だった1000年前に建造された。
大きさ:全長約600m(森の一区画分に相当)。AIによる省人化が進んでおり、約100人で運用できる。
兵装:艦載機は搭載しない。主砲はエネルギー兵器で、製造元はルクスフォージである。接近戦用の実弾兵器(多砲身機関砲・近接防御速射砲群)と、対魔法妨害装置も備える。




