第一話 迂回する影
アストリア聖王国。その国内を走る、レムスとベルナを結ぶ街道は、大型の荷馬車が二台、余裕をもってすれ違えるほどの幅があった。
レムスは、中央世界に接する最前線の一つ。城壁の向こうに魔物の領域を望む、貧しくも軍事的な重要性を持つ都市だった。一方、ベルナは王国の中央部からやや南に位置する地方都市である。特筆すべき産業や名所はないものの、他の都市に比べて司祭階級の人間が多く、真理派と呼ばれる者たちの拠点として知られていた。
二つの都市を結ぶ街道は、土属性の魔法によって地面が固められている。轍ひとつ残らないほど平坦に整備された道が、地平線の彼方まで続いていた。
街道を行き交うのは、さまざまな荷馬車だ。ただし、荷を引くのは馬だけではない。短距離の輸送には、ウサギと山羊を合わせたような姿の小型魔物、プチホーンがよく使われる。中距離の輸送では、力強い犬型のマドルドッグが活躍し、標準的な重量の荷物には、角を持つ牛型のホーンバッファが広く用いられていた。さらに、悪路や長距離の輸送では、鎧のように硬い皮膚を持つトカゲ型のアイアンバックが重宝される。複数台分にも及ぶ大型貨物となれば、毛むくじゃらの巨獣グランドマンモの出番だった。荷の重量と移動距離。それぞれの条件に応じて、馬や魔物といった牽引獣が使い分けられている。
空にも、ときおり巨大な影が現れた。大空を悠然と進むのは、巨大なクジラを思わせる魔物、スカイホエール。その巨体に牽引された飛行船が、主要都市の間を結んでいた。性質は穏やかで、古くから空の輸送手段として利用されてきたという。ただし、運航する船は限られており、誰もが気軽に利用できるものではなかった。
街道の両脇には、腰ほどの高さの石柱が一定間隔で並んでいた。向かい合う柱の先端には、淡い光を放つ石が埋め込まれている。魔力によって周囲を照らす魔導灯。だが、その役割は照明だけではない。魔物を遠ざける結界も兼ねており、主要な街道には欠かせない設備となっていた。道の両側には、果てしなく平原が広がっている。風が草原を緩やかに揺らし、遠くの丘陵には小さな集落の影が点在していた。
街道沿いには、一定の距離ごとに宿場町も設けられている。そこでは、水属性の魔法使いが魔法で水を汲み上げ、火属性の魔法使いが暖炉に火を熾す。牽引獣のための水場や餌も用意されており、長距離を移動する旅人や商隊にとって、欠かせない休息地となっていた。整備された街道。人々が行き交う宿場町。平原に点在する集落。そのすべてを避けるように進む影が、一つあった。
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〈前方に宿場町の反応があります。多少遠回りになりますが、迂回しましょう〉
頭の中に、ゼロの声が響いた。遠くに宿場町の灯りが見えるたび、俺は街道を外れ、平原の起伏や草むらに身を隠しながら進路を変えた。人と顔を合わせれば、それだけ顔を覚えられる可能性が高くなる。誰かの記憶に残れば、そこから噂が広がることもある。レムスからどれほど離れようと、油断はできなかった。
〈進路を修正しました。到着は遅れますが、半日程度の遅延で済む見込みです〉
ゼロが淡々と告げる。
「人に会わずに済むなら、それでいい」
ラグナを倒したあの日、俺はその足でレムスを離れた。あの場を目撃した者は少なくない。俺が何をしたのか、どんな武器を使ったのか。噂はすでに広まり始めているはずだった。あの街にとどまれば、いずれ見つかる。そう判断するのに、迷いはなかった。俺は平原の草を踏み分け、遠くに見える街の灯りを横目に、黙々と歩き続けた。




