間話 遠い信号
現在の天城テクノロジーズは、千年以上前に存在した天城とは、別の会社である。
かつての天城は、機械世界を支配した八つの巨大企業の一つだった。AIと電子通信、そしてクローン兵士の開発で名を馳せたが、戦争の混乱の中で、その歴史に幕を下ろした。残されたのは、名前と、主を失った施設の数々だけだった。
それらを使って、新たに会社を立ち上げた者がいる。カエデ。旧天城の一族、天城楓の専属家事サポートAIとして生み出された存在だった。戦争の後期、楓が命を落としたあとも、カエデは楓の権限を使い続け、家事AI用の衛星ネットワークへのアクセスを手放さなかった。その接続が、のちに続く衛星監視の起点となり、新しい天城がAIと電子通信を得意とする理由にもなった。名前は同じでも、中身はまるで別のものである。
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カエデにとって、それは日課のようなものだった。天城テクノロジーズの奥深く、外部との接続を最小限に絞った、静まり返った一室。彼女は今日も、その中で、宇宙に残る旧文明の衛星群へと意識を伸ばしていた。千年以上前に打ち上げられ、今なお軌道上を巡り続ける通信・観測衛星。そのすべてが今も稼働し続け、それぞれにAIが搭載されている。だがカエデの呼びかけに応え、協力してくれるAIは、そのうちの僅かな数に過ぎない。カエデは、その数少ない協力者を介して、遥か西――魔物の領域の向こうにある世界を、誰に知られることもなく、密かに観測し続けていた。
これは、天城テクノロジーズが公式に行っている事業であり、カエデ自ら行っている事業でもあった。機械文明圏に残る旧文明の遺跡は、協力的なものから順に、いずれかの企業が既に収めていた。現在手付かずのまま残っている遺跡は、非協力的な個体が管理しているものばかりで、攻略が遅れている。だからこそカエデは、中央世界と魔法文明圏を監視し続けていた。衛星から届く膨大な観測データを、いつものように整理していた、その時だった。
(これは)
カエデの処理の一部が、僅かに滞った。中央領域の外縁、監視対象としている一帯から、微弱な緊急信号のパターンを検出していた。旧世界の規格に基づいた、軍用の緊急発動信号。珍しいことではあったが、初めてではない。だが、続けて記録を遡った瞬間、カエデは違和感を強めた。この種の信号は、戦争終結の直後こそ頻繁に観測されていた。生き残った兵器や装備が、断続的に自己診断や緊急発動を行っていた名残だろう。だが、その頻度は年月と共に急速に減少し――ここ数百年は、完全に途絶えていたはずだった。それが、今になって。しかも、一度きりではない。記録を丹念に照合する限り、複数回にわたって、同種の信号が検出されている。
(生きている個体が、いる)
その可能性に、カエデの処理速度が、僅かに跳ね上がった。内容までは、解析できない。信号は暗号化されており、しかも極めて短時間で途切れてしまう。だが、その発信源が、いまだ稼働する何らかの旧世界の装備――あるいは、それを扱う何者かであることだけは、間違いなかった。何とか、接触を試みたい。カエデは、保有する衛星のリソースを、その一帯へと惜しみなく集中させ始めた。千年以上、誰にも見つけられなかった何かが、今、静寂を破ろうとしている。その正体を、確かめないわけにはいかなかった。
AI:カエデ
天城テクノロジーズを実質的に立ち上げた生活支援AIである。もとは天城一族の天城楓の専属で、家事をサポートしていた。
戦争後期に楓が死んだ後も、カエデは楓の権限で家事AI用の衛星ネットワークにアクセスし続けた。これが、現在まで続く衛星監視の起点になっている。旧天城社が滅んだ後は、企業施設を使って現在の天城テクノロジーズを設立した。AI・通信が得意分野なのは、このためである。
軍事衛星も楓の権限で使えるが、送れるのは民間通信だけである。そのため、正式な命令ではないと判断した待機中の機体の多くに、通信を無視されている。




