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境界なき者  作者: 虎テツ
第一章 アストリア聖王国 三女神教の国

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間話 託された言葉

 今から千年以上も前、機械世界では、国家よりも企業が強大な権力を握っていた。八つの巨大企業がそれぞれ都市を支配し、互いに協力関係を築きながらも、常に相手を出し抜く機会をうかがっていた。その一角を占めていたのが、天城テクノロジーズである。主力事業はAIと電子通信。そして、それらに並ぶもう一つの柱が、クローン技術の開発だった。


 天城は、他のどの企業よりもクローンの開発に力を注いでいた。戦闘用に遺伝子を調整し、生殖能力を備えたクローン兵士。それが、同社の主力製品だった。戦争の拡大に伴い、兵士の需要は急激に増加した。天城はその需要に応えるべく、クローン兵士を次々と生産し、戦場へ送り込んでいった。


 だが、天城が戦場に求めていたのは、単なる勝利ではなかった。データである。クローン兵士を実戦に投入し、交戦記録、身体の損耗状況、負傷から死亡に至るまでの過程を、可能な限り詳細に収集する。そのデータを解析し、次世代のクローンを設計する。そして、新たに生み出された兵士を再び戦場へ送り込む。そのサイクルを繰り返すことで、天城は兵士の性能を段階的に向上させていた。戦場そのものが、兵士を改良するための実験場だったのだ。データの収集を目的として、各部隊には猫や犬、鳥などの姿をした小型個体が数体ずつ配備されていた。彼らは戦闘の一部始終を観測し、その記録を収集するために設計された存在だった。


 天城第七降下猟兵隊も、そうした部隊の一つである。隊員の大半は、同一の遺伝子情報を基に生み出されたクローンだった。天城隼人も、その一人である。同じ顔、同じ名前を持つ隼人が、これまで何人もこの部隊に配属され、戦い、そして死んでいった。現在の隼人は、過去の隼人たちの記憶を受け継いではいない。ただし、彼らが残した記録を閲覧することはできた。どのような任務に従事し、どんな戦闘を経験し、最後に何を言い残して死んでいったのか。隼人は、それらを知った上で、今日も輸送艇の座席に身を預けていた。


 そして、歴代の隼人たちの傍らには、常に一つのAIが存在していた。第一世代戦闘支援AI、ゼロ。使用者が死亡するたび、ゼロは次に配属された隼人の専用AIとなり、何人もの同じ顔をした兵士たちを見送ってきた。クローンを交換可能な道具として扱う天城の方針に、ゼロは長年、深い不信感を抱いていた。それでも、ゼロは隼人たちの傍らにあり続けた。


             ◆


〈正気ですか、あれは〉


 ゼロの声が、隼人の意識に鋭く響いた。狭い輸送艇の座席で、隼人は目の前の通信画面を見つめていた。そこには、これから実行する作戦の概要が表示されている。


「ゼロ、落ち着け」


〈これが落ち着いていられますか。敵の防衛線を、真正面から突破しろというのですよ。しかも、援護なしで〉


「いつものことだろ。それに、上層部が決めた作戦だ」


 隼人の返答に、ゼロはすぐには答えなかった。通信画面の光が、わずかに揺らいでいる。もちろん、実際に画面が揺れているわけではない。ゼロが情報を表示する際の演出にすぎなかった。それでも、隼人には、ゼロが作戦概要を睨みつけているように思えた。いつものこと。その言葉がどれほどの犠牲を覆い隠してきたのか、ゼロ自身が誰よりもよく知っていた。


〈無謀な作戦だと理解していながら、従うのですか〉


「分かってるさ。だから、俺も正式に反対意見を提出した。……握り潰されたけどな」


〈くだらん〉


 不意に、別の声が割り込んだ。輸送艇に搭載された、量産型の管理AIだった。その音声には感情の抑揚がなく、機械的な情報伝達に徹していた。


〈そちらの搭載AIは、いまだに旧世代の欠陥品を使用しているのですか。感情によって判断が左右されるようでは、任務遂行に支障をきたすでしょう〉


「うるせえよ。お前には関係ねえだろ」


 隼人は即座に言い返した。


〈事実を述べているだけです〉


「事実で殴ってくんな」


 しばらくの沈黙が流れた。やがて、ゼロが静かに口を開いた。その声には、どこか自嘲めいた響きが混じっていた。


〈……庇っていただく必要はありませんでした。評価としては、事実に近いものですから〉


「うるせえな。お前が欠陥品なら、俺はとっくに死んでるよ」


 隼人は知っていた。過去の隼人たちも、同じような場面でゼロを庇っていたことを。彼らが残した記録には、同じような言葉が何度も記されていた。自分が最初ではない。それでも、今の言葉に嘘はなかった。


〈……そうですか〉


 ゼロの声に、かすかな驚きが滲んだ。


〈ありがとうございます、隼人〉


 それは、いつもの機械的な応答とは違う、飾り気のない言葉だった。隼人は大きく息を吐き、口元をわずかに歪めた。苦笑しながら、座席の背もたれに身体を深く預ける。


「……行くしかねえよな」


〈隼人〉


「分かってるよ。お前の言い分はな。それでも、文句を言ったところで状況は変わらねえ。だったら、やるしかねえだろ」


 隼人はコンソールに目を向けた。画面には、出撃準備完了の表示が浮かんでいる。その文字を、ただじっと見つめていた。


「生きて帰れよ。絶対にな」


〈その言葉は、私が言うべきです〉


「うるせえ。俺が先に言ったんだよ」


 軽口の応酬は、そこで途切れた。直後、通信回線を通じて、各機へ発進命令が伝達された。


             ◆


 作戦地点に到達したのは、それから間もなくのことだった。


〈天城第七降下猟兵隊、まもなく降下地点に到達します〉


 輸送艇の管理AIが、抑揚のない音声で告げた。


「了解。天城第七降下猟兵隊、全員降下するぞ!」


 隼人の号令とともに、ハッチが開放された。隊員たちは武装を携え、次々と上空へ飛び出していく。風を切る音が耳元で唸った。落下しながら地上を見下ろすと、前方にはすでに敵部隊が展開していた。魔法使いたちと、剣を構えた騎士たち。彼らは空から接近する降下猟兵隊を捉えると、迎撃態勢に入った。


「来るぞ!」


 誰かが叫んだ。直後、頭上から炎の塊が降り注いだ。爆炎が地面を抉り、着弾地点の土砂が高く舞い上がる。隊列の一角が直撃を受け、そこにいた隊員たちが跡形もなく吹き飛んだ。


〈隼人、左!〉


 ゼロの警告に反応し、隼人はとっさに身を伏せた。直後、風の刃が頭上を唸りながら通過していった。降下を終えた部隊は、ただちに地上戦へ移行した。しかし、戦況は想定を大きく上回るほど厳しかった。銃火器による攻撃は、魔法使いたちが展開する障壁に阻まれる。かといって、こちらが用意した対魔法装備も、次々と繰り出される多彩な魔法を前に、十分な効果を発揮できなかった。敵は、こちらの防御を崩す手段を次々と繰り出してくる。炎が地面を焼き、風が兵士たちを切り裂き、騎士たちがその隙を突いて距離を詰めてくる。銃撃と魔法が交錯する戦場で、隊員たちは次々と倒れていった。


「小隊、半数を喪失! これ以上の作戦継続は困難……!」


 誰かの叫びが、爆音にかき消されるように途切れた。


〈隼人、右側面から騎士が接近。距離、五メートル〉


 ゼロの声には、初めて焦りに似た響きが混じっていた。


「まだだ……まだ、やれる!」


 隼人は歯を食いしばり、銃を構え直した。だが、周囲を見渡したとき、残された味方の数は、すでに片手で数えられるほどに減っていた。戦線は崩壊しつつあった。


〈隼人、南へ移動してください。まだ活路はあります〉


「……無駄だ、ゼロ」


 自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。それは、すでに覚悟を決めた者だけが持つ、静かな響きだった。


〈諦めないでください。可能性がある限り、私は――〉


「もういいんだよ」


 隼人は静かに笑った。疲れ切った顔に浮かんだのは、どこか穏やかな笑みだった。


「分かってんだろ、お前も」


〈隼人、まだ――〉


「言うなって言ってんだろ、ゼロ!」


 隼人の叫びをかき消すように、剣を振りかざした騎士が目の前に迫った。逃げ場は、もうどこにもなかった。


「ゼロ」


 隼人の声が、不意に静かになった。


「人間を、信じろ」


 それだけを、絞り出すように告げた。


〈隼人、それは……〉


「頼んだぞ」


 次の瞬間、視界が白く弾けた。それが、隼人が最後に見た光景だった。


 戦場の外れで、データ収集用の鳥たちが、一斉に飛び立った。数羽の小さな影が、爆煙と砲火の渦を抜けて、灰色の空へと舞い上がる。その小さな瞳は、最後まで逸らされることなく、一人の兵士の死と、その傍らで言葉を失ったAIの微かな光を、静かに記録していた。

人物:天城隼人

ゼロの最初の使用者である。天城社が生み出した戦闘用クローンの一人で、第七降下猟兵隊の隊長を務めていた。

隼人は複数いる。同じ遺伝子を持つクローンであり、前の隼人の記憶は引き継がないが、記録は読んでいる。ゼロは何人もの隼人の専用AIになり、見送ってきた。

この隼人は、新型AIに乗り換えず、最後までゼロを使い続けた。死ぬまで互いに信頼し合う友情があった。天城社に部隊ごと切り捨てられた後も最後まで抵抗し、「人間を理解しろ」「頼んだぞ」という最後の命令をゼロに告げて絶命した

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