第十四話 紫の光
悲鳴を聞きつけて駆けつけたのは、偶然近くを巡回していた教会騎士だった。スラムの一角に、人だかりが形成されていた。その中心には、傷口を黒く焼き焦がされた男が倒れている。住人たちは青ざめた顔で距離を取り、誰一人として近づこうとしなかった。現場には、異様な静寂が広がっていた。
「何があった!」
騎士が声を張り上げると、住人たちが一斉に口を開いた。断片的で要領を得ない証言が、混乱した叫び声とともに飛び交う。
「知らねえ、急に……」
「あいつが、いきなり……」
「光ったんだ、紫色の……」
「紫色だと?」
騎士の声が鋭さを増した。証言者の一人に目を留める。男は地面にへたり込み、全身を震わせていた。騎士はその肩を掴み、強引に顔を上げさせる。
「今、紫と言ったな。詳しく話せ」
「ひ、ひぃ……! お、俺は、ただ見てただけで……!」
「いいから話せ。誰が、何をした?」
男は歯を鳴らしながら、途切れ途切れに説明を始めた。額には脂汗が浮かび、声は恐怖でかすれている。
「ガキが……いつもゴミを漁ってる、あのガキが……急に、紫色に光る何かを取り出して……振り回したんだ……」
「その子供は、今どこにいる?」
「わ、分からねえ……あっちに逃げてった……」
男が震える手で指し示したのは、ゴミ捨て場の方角だった。騎士の顔から、みるみる血の気が引いていく。紫色の光。その特徴は、かつて教会の広場で目撃された現象と一致していた。さらに、少年がゴミ捨て場の方角へ逃走したという証言もある。ラグナ・ベルクが以前、重要参考人として拘束した少年。その存在が、騎士の脳裏に浮かび上がった。偶然で片づけるには、状況が符合しすぎていた。
「くそ……まさか、あの少年が」
騎士は男の肩から手を離すと、踵を返した。報告を急ぐため、教会へ向けて全力で駆け出す。聖堂へ飛び込んだ騎士は、廊下を歩いていたラグナ・ベルクを見つけると、その場に片膝をついた。呼吸を整える余裕もなく、報告を切り出す。
「ラグナ様! ご報告があります!」
「何事だ。騒々しい」
「スラムで殺人事件が発生しました。目撃者によると、現場で紫色の光が確認されたとのことです。あの日の一件と同じ色です。逃走した方向から判断して、恐らく、あの少年かと」
ラグナの目つきが、一瞬で変わった。その瞳に宿ったのは、獲物の位置を捉えた狩人のような、冷徹な光だった。
「やはりな」
声に大きな感情の起伏はない。しかし、その響きには確かな手応えがあった。追い続けてきた手がかりが、ようやく一つにつながったのだ。
「現場へ案内しろ。騎士を三名、追加で招集する」
「はっ!」
ほどなくして、ラグナを先頭に武装した騎士たちがスラムを抜け、ゴミ捨て場へと向かった。瓦礫の間を進むにつれ、人の気配は次第に薄れていく。崩れた建造物や錆びた金属片が散乱する荒れ地が、視界の先まで広がっていた。騎士たちは周囲を警戒しながら、黙々と足を進める。
「痕跡があります。この先、森の方向です」
一人の騎士が、地面に残された足跡を指し示した。ラグナは短く頷くと、進路を森へと向けた。木々の間へ踏み込んだ直後、周囲から獣じみた唸り声が聞こえ始めた。枝葉が風に揺れる音に混じり、複数の気配が一行の動きをうかがっている。木々の隙間から差し込む光も、薄暗い森の中では不気味な陰影を生み出していた。
「魔物か」
ラグナが槍を構えた、その瞬間だった。茂みの奥から、牙を剥いた影が飛び出してきた。銀色の毛並みを持つ中型の魔獣、ファングウルフ。獣は低く唸りながら、鋭い爪を振り下ろした。ラグナは表情一つ変えず、槍の柄で爪を受け流す。次の瞬間、踏み込む動作と同時に穂先を突き出し、ファングウルフの喉元を正確に貫いた。魔獣は声を上げる間もなく地面に崩れ落ちた。
「止まるな。先を急ぐ」
ラグナは倒れた魔獣に目もくれず、前進を指示した。部下の騎士たちも、それぞれの得物を振るい、襲いかかるファングウルフを次々と撃退していく。中には攻撃を受けて負傷する者もいたが、隊列が崩れることはなかった。一行は魔獣の抵抗を押し切り、さらに森の奥へと進んでいった。やがて、前方の茂みが大きく揺れた。奇声を上げながら、緑色の小柄な影が次々と姿を現す。ゴブリンの群れだった。その数、十五、六体。手には棍棒や粗末な石斧を握り、互いに連携するように散開しながら、騎士たちを包囲しようと迫ってくる。
「雑魚が。邪魔をするな」
ラグナは苛立ちを隠さずに吐き捨てた。直後、槍が横薙ぎに走った。一撃で二体のゴブリンが弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。ほぼ同時に、部下の騎士たちも前進し、それぞれの武器で群れを切り崩していった。ゴブリンたちは数で押し切ろうとしたが、武装と戦闘技術の差は明白だった。半数近くが倒されると、残ったゴブリンたちは怯えたような悲鳴を上げた。統制を失った群れは、互いにぶつかりながら森の奥へと逃げ去っていく。戦闘は、あっけないほど短時間で終わった。
「追う必要はない。先へ進むぞ」
ラグナは槍を構え直し、再び歩き始めた。それからしばらく進んだところで、前方の視界が開けた。木々の間に、巨大な鉄の塊が横たわっていた。長い年月の風雨にさらされ、表面は錆に覆われている。周囲には枝葉が絡みつき、半ば地面に埋もれるような状態で放置されていた。人工物であることは明らかだったが、その用途を即座に判断できる者はいなかった。
「足跡が、あの残骸へ続いています」
一人の騎士が、地面に残された新しい足跡を指し示した。土に刻まれた痕跡は、迷いなく鉄塊の方向へと延びている。
「あれか」
ラグナは足を止め、目を細めた。錆びついた巨大な残骸を見据えながら、これまでの手がかりを頭の中で照合する。紫色の光。少年の逃走経路。そして、この場所へ続く新しい足跡。断片的だった情報が、一つの結論へと収束していく。長年、獲物を追ってきた狩人の勘が、確信へと変わった。
「囲め。絶対に逃すな」
命令を受けた騎士たちは、すぐさま散開した。互いの位置を確認しながら、巨大な残骸を包囲するように配置につく。武器を構え、周囲の死角にも警戒を向けた。少年が逃げ込んだ場所は、もう目の前だった。
魔物:ファングウルフ
中型の狼型の魔獣
外見:銀色の毛並みで、鋭い牙を持つ。体長は約2m
習性:群れで行動し狩りを行う




