第十三話 越えた一線
翌朝。いつも通りゴミ捨て場へ向かうと、待ち構えていたかのように、数人の男たちが道を塞いでいた。朝の冷えた空気に、腐臭が重く淀んでいる。四、五人。全員、見覚えのある顔だった。ゴミ捨て場で働く、顔見知りの拾い屋たちだ。
「よう。昨日は、随分と派手にやらかしてくれたじゃねえか」
一番前に立つ男が、にやつきながら言った。値踏みするような視線を向けられ、背筋に冷たいものが走る。
「……何のことですか」
「とぼけんな。教会の騎士に連行されてただろうが。もう噂になってんぞ」
「そんなの、俺には関係ありません」
「関係あるんだよ!」
別の男が、怒鳴るように口を挟んだ。唾が飛ぶほどの剣幕だった。
「お前のせいで、騎士があちこち嗅ぎ回ってる。俺たちまで、しょっ引かれちゃたまらねえんだよ!」
「昨日だって、お前のことを聞き回ってた奴がいたぞ。こっちまで迷惑かけんな」
横から別の男が吐き捨てる。気づけば、周囲の男たちがじりじりと距離を詰めていた。
「俺は、何も話していません」
「話してなくても同じだ。お前がここにいるだけで、目をつけられるんだよ」
〈複数の相手から敵対的な発言が継続しています。ここから離れましょう〉
頭の中に響くゼロの声に、頷きかける。だが、周囲を囲む男たちの輪に、抜け出せる隙間はなかった。
「通してください。俺は何もしていません」
「白々しいんだよ」
一番前の男が、突然、胸倉を掴んできた。振りほどこうとした、その瞬間だった。拳が飛んできた。頬に鈍い衝撃が走り、視界の端が一瞬、歪む。
〈危険度が上昇しています。防御してください〉
次の瞬間には、身体を乱暴に引き寄せられていた。拳が飛んでくる。腹。顔。肩。次々と鈍い衝撃が身体を叩いた。息が詰まり、口の中に鉄の味が広がる。何が起きているのか、頭が追いつかない。怖い。ただ、それだけだった。恐怖で思考が真っ白になっていく。
〈緊急対応に切り替えます〉
その瞬間。懐の中で、光学ブレードが微かに震えた。無意識に手を伸ばし、それを掴む。次の瞬間、淡い紫色の光が走り、刀身を形成した。何が起きたのか、理解する余裕はなかった。ただ、目の前の恐怖から逃れようと、俺は無我夢中でそれを振るった。光の刃が、空気を切り裂く。振り抜いた瞬間、その輝きが一気に増した。鈍い衝撃。続いて、焦げた臭いが鼻を突く。殴りかかっていた男が、糸の切れた人形のように力を失い、その場へ崩れ落ちた。周囲の空気が、一瞬で凍りついた。さっきまで飛び交っていた怒号が、嘘のように消える。残ったのは、冷たい風が瓦礫の間を抜ける音だけだった。
「……お、おい」
「死んでる……」
誰かの呟きが聞こえた。その声は、ひどく遠く感じられた。まるで、自分とは関係のない場所で起きている出来事のようだった。
〈……生命反応が消失しました〉
ゼロの声が、いつもと変わらない平坦な調子で告げる。その冷静さが、かえって現実感を奪っていった。死んだ。俺が……殺した。そう理解した瞬間、身体が震え始める。
〈今すぐ、ここから離れてください〉
俺は震える足で瓦礫を蹴った。そして、その場から駆け出した。背後で誰かの悲鳴が上がる。その声さえ、すぐに遠ざかっていった。何も考えられなかった。ただ、走った。スラムを飛び出す。ゴミ捨て場を突っ切る。境界すら気にせず、無我夢中で走り続けた。息が上がる。視界が滲む。心臓の鼓動が、耳の奥で異常なほど大きく響いていた。
〈落ち着いてください。心拍数が危険域に近づいています〉
ゼロの声が、頭の中に響く。
「うるせえ……うるせえよ!」
叫んでも、足は止まらない。止まれば、さっきの光景が、また目の前に蘇ってくる気がした。
〈このままでは、体力が先に限界を迎えます。呼吸を整えてください〉
「そんなこと、できるわけねえだろ!」
それでも身体は、勝手に走り続けていた。どこへ向かっているのかさえ、自分では分からない。
〈前方に魔物の反応があります。大きく右へ回避してください〉
その一言で、頭の中が一瞬だけ現実へ引き戻された。考えるより先に、身体が進路を変える。しばらく走る。また、ゼロの指示が飛ぶ。そのたびに進路を変え、魔物を避けながら走り続けた。何度か迂回を繰り返すうち、荒れていた呼吸が少しずつ整い始める。恐怖に埋め尽くされていた頭の中に、わずかな隙間が生まれていく。
〈以前訪れた、あの機体へ向かいましょう。追ってくるものを振り切るには、あそこが最も安全です〉
その言葉を聞いて、俺は初めて気づいた。さっきからゼロが出していた指示は、最初から同じ場所へ向かうためのものだったのだ。あの、古びた巨大兵器。俺が一度だけ逃げ込んだ、あの場所へ。
真理派
聖教会の三派閥の一つで、公式の歴史を疑い、真実を研究する少数派
由来:三女神のヴェスパー(機械を調べた学者)
考え方:両文明の共通点を研究し、戦争の史実を調べている。教会内では、その史料は「作り話」程度の扱い




