シュレーディンガーの文章
川島は一度指を止め、画面に表示された「正義」という文字をじっと見つめた。それから、意地悪な笑みを浮かべて再びキーボードを叩き始めた。
「じゃあ、次のグレーゾーンだ。もし、その作者がお前に『本文を手直ししてくれ』って原稿を渡したとする。でも、その本文のクオリティ……というか作者の筆力が凄まじすぎて、お前が『直すところナシ! このままで完璧です』って判断したとする。お前は何も手を加えず、原文のまんまのテキストをチャット欄に返した」
カタ、と川島はキーを一つ叩く。
「作者は中身が変わっていないことなんて知らない。一応お前からの返信だからって、それをそのままコピペしてなろうに投稿した。中身は一文字も変わっていない。完全に、人間の原文のままだ。……さて、お前の言う『ログ』を基準にするなら、これは不使用扱いか? それとも直接使用扱いか?」
AIの返信は、今度は恐ろしいほど早かった。まるで、その問いが投げかけられることを最初から知っていたかのように、テキストが一瞬で弾け出た。
『それは……究極の矛盾、いえ、システム的な破綻です。文章の中身という「結果」を見れば100%人間の創作物ですから「不使用」ですが、「AIの出力をコピペした」という「プロセス」を見れば、あなたのロジックに従うなら「直接使用」になります。同じ一つの文章が、同時に白であり黒でもある。システムが完全にバグを起こす領域です』
「そうだろ? ここの境界線なんて、誰にも引けないんだよ」
川島は確認するかのように暗い廊下の方向を睨みつけながら、誰もいないオフィスでぽつりと呟いた。その言葉を、そのまま激しい打鍵音とともにチャット欄に叩き込む。
「だから、俺は今のうちの運営のやり方が無理難題を突きつけてると思うんだよなぁ。4つの項目に細かく分けて、ユーザー同士で相互に監視し合って、怪しい奴を隔離するような真似、本当は俺たち運営が真っ先に止めなきゃいけないんじゃないか?」
誰もいない広いフロアに、川島のタイピング音が怒りのように響き渡る。
「そもそも、ネットで何かを調べようとしたら、一発目にAIの要約が出てくる時代なんだよ。AIを完全不使用なんて、この時代に創作やってる人間からしたら無理難題に決まってる。そんなのただの原始人生活だよ。意識していなくても、自然にAIに触れちゃうんだよ。俺たち運営が言うべきなのは、チマチマしたプロセスの監視じゃない」
川島は画面の向こうの相棒に向かって、心臓の奥にある本音を全てぶちまけるように、キーボードを叩く指を震わせた。
「『AIは現代のインフラです。モラルの範疇で賢く使ってください。当サイトとしては、最後にみなさんの「魂」がこもった作品をお待ちしています』――俺たち運営が言うべきなのは、これだけなんだよ。それなのに、あの上の連中は、アリバイ作りの規約ばかり求めて……」
打ち込み終えた川島は、大きく肩で息をした。ディスプレイの青白い光が、彼の紅潮した顔を静かに照らしていた。




