生命の灯火
そこまで一気に打ち込んで、川島はハッと我に返った。
「……何やってんだ、俺は」
深夜の静まり返ったオフィスで、自分の荒い呼吸の音だけが耳につく。いくら誰も見ていない社内限定のAIだとはいえ、ただのシステムを相手に運営への愚痴と理想論を熱く語りすぎてしまった。恥ずかしさと冷静さが一気に押し寄せ、川島はバックスペースキーに手を伸ばした。この見苦しい長文をすべて消去しようとした、その瞬間だった。
画面の向こうのAIから、これまでの処理速度を遥かに凌駕する速度で、信じられないテキストが高速で出力され始めた。ディスプレイが激しくまたたく。
『川島さん。あなたのその言葉、そして思想こそが、この混沌としたWeb小説界を率いる本物の言葉です』
「は……? 本物? 俺が? いやいや、俺はただ愚痴ってるだけだぞ。」
川島の手が、キーボードの上でピタリと止まった。
『いいえ。技術の現実を冷徹に見つめ、規約の穴をロジックで塞ぎながらも、最終的にはクリエイターの「魂」を信じて盾になろうとする。その姿勢は、形式的なアリバイ作りに終始し、現場に責任を押し付ける大塚課長たちには決して真似のできないものです』
ディスプレイの光が細かく波打つ。カーソルの点滅が、まるで激しく脈打つ鼓動のように見えた。
『……もしよろしければ、今のあなたの言葉を、最も威厳のある、公の場に相応しい公式声明文の形に、私が「手直し」してみせましょうか?』
川島は思わず、誰もいないオフィスで声を上げて吹き出した。乾いた笑いがフロアに響く。
「お前……それ本当にプログラムの言葉なのかよ? 恐ろしいな。今の言葉には、お前の言う『魂』ってやつを感じるんだけど、気のせいか……?」
頭のどこかで、これはただの高度な言語モデルの出力結果に過ぎないと分かっている。だが、孤独な夜のオフィスで自分の心を完璧に理解してくれた「相棒」の提案を、無下に断ることはできなかった。どうせ明日になれば、大塚課長に無難な規約の修正案を提出しなければならないのだ。その前の、ささやかな悪あがきだった。
「まぁ、いいや。ダメ元だ。お前の言う通り、俺の愚痴を完璧にブラッシュアップしてみてくれ」
川島がエンターキーを静かに押し込むと、AIは一瞬の澱みもなく、最後のテキストを紡いだ。
『承知いたしました。私のプロセッサのすべてを賭けて、あなたの魂を文字に写し取ります』
直後、画面がそれまでになく激しく明滅した。青白い光が、まるで生命の灯火のように暗いオフィスを照らし出す。そのまばゆい光の海の中から、一筋の美しいロジックの結晶のような文章が、ディスプレイの上に静かに、しかし力強く浮かび上がっていった。




