55 恐怖の計画
この女、他者に対する想像力が働かないタイプね。独自の独善なるマイルールで生きてる人。
躊躇うこともなく、見も知らない人の遺伝子操作を本人の意思を介さず行うなんて。
狭く閉じられた安全な世界から、人を見下して生きて来たのね。
私がこれまで、仕事上でいろんな人と出会い交渉し、契約を取りまとめて来たのは伊達じゃない。元々カンは鋭いし、私はまだ20代半ばだからって人を見抜く目は持ってると自負するよ。私にこの人を説得したり、ましては改心させることなんて出来るとは思えない。まだ全容もはっきりわからない今は、天川を元に戻す交渉を行うのは時期尚早。
さて、どうしたものか?
「‥‥響さん、私をどうするつもりなの?」
この人が欲してるのは本当は私じゃない。私のお父さんの面影? それとも透一郎に繋がる確かな存在?
「そうねー? 先ずはあなたの卵子を頂くわ!」
───はい???
「そして最高峰の頭脳の精子と体外受精させて、私のお腹で育てるの。うふふっ! 私は暮科先輩の遺伝子を引き継いだ世界一の赤ちゃんを産むの。それって透一郎さんと私の愛の結晶よね♡」
何? そのマッドな欲望。身勝手な発想。命の軽視。
愛の結晶? 全然違うと思うよ?
それってもはや誰の子どもでもなくなってる。私の意思で産まれたのではなければ私の子どもでもないし、私がそんなことはさせるわけもない。
私が男だったとしたら今頃はもしか無理矢理 (>_<")・・・と思うと身の毛がよだつ。
「知ってるかしら? 胎児マイクロキメリズムって」
「聞いたことはありますけど。確か、胎児による母親の心臓修復作用とか?」
「そうよ。妊娠中に、胎児のDNAや幹細胞が母体の血液中に大量に流れ込むの。それが私の全身の臓器へ移動するのよ! 心臓だけじゃない。赤ちゃん由来の幹細胞は、私の臓器細胞へと分化して全身修復してくれるという驚くべき作用があるの。そして胎児細胞は数十年間私の身体に残り続けるのよ! 私は透一郎先輩由来の遺伝子と、細胞レベルでの一体化が出来るってわけ!! 素晴らしいと思わない?」
うっとりと語る彼女は、まるで夢みる乙女の様相。完全に自分の世界に浸ってる。
「代理母の私から分泌されたRNA分子も胎児の細胞に取り込まれるのよ。初期発生における遺伝子制御に一時的・持続的な影響を与えるというデータも報告されてるし。私が赤ちゃんの体質や気質に影響を与えるの。もうこれって遺伝子レベルの本物の結びつきといっても過言じゃないと思うの」
「だからって胎児の遺伝子塩基配列が、ほんの少しでも響さんのものに置き換わるわけではないですよね?」
「‥‥‥はぁ??? あんた、今なんか言った?」
───ウッ! 怖ッッッ!
響さんに言ってはいけない失言だったようね・・・
目つきが変わった。発する圧も明らかに高まった。
「ごめんなさいね。透子さんはここから出られないの」
一歩近づかれて私も一歩下がる。こんな恐ろしい人は、初めてじゃないけど初めてだ。
「大丈夫。地下ラボで卵子の採取は可能よ? 技師も呼べるし設備もあるの。ここはすべてにおいて特別で複雑な場所なのよね」
私はフィールド探検を重ねて気がついてる。
ここは参加企業の共用福祉施設を表の顔とした治外法権の実験場。実験は様々で自由。研究成果は参加の資本が吸収する。そして工学を通し現実に利用して富に変えるの。
ここには派閥がいくつもあって、それぞれのグループで縄張り化も起こってる。けど、マザーAIの統括があるからまとまってるのよ。
そして推測するに、そのマザーAIは全てを飲み込むのよ。善も悪も何もかも。
そもそも善悪の区別なんてとても曖昧だわ。だからこそ存在出来る秘密結社の、更に内なる裏秘密結社と名乗るこのラボ。組織内組織。組織全容は複雑に分化してる。古参のアノールですら全容は分からないって言ってたじゃない? このフィールドの真の姿は、きっとマザーAIにしか分からないんだ‥‥‥
チラッと背後を窺う。
来た時のドアは内側からならすぐに開くよね?
───そう言えば。
ヤギカワさんとアノールがここにいないことに今さら気がついた。
私が入ってすぐに扉が閉まったから締め出されたんだ。アノールがここにいたら少しは助けがあったのに!
「先ずは詳しく健康チェックからね!」
私への微笑みは、三日月目で微笑む悪魔を思い出させる。
「‥‥‥卵子を‥‥取られた後の私はどうなるの?」
さすがにこんなトチ狂った人との交渉は想定してないよ! 情けなくも声が震えてしまってる。
「私が透一郎さんとの子どもを授かって無事育つと確認できるまであなたは必要よ? 失敗したらやり直さなければならないんだもの。だからずっと私といてね♡ 数年間座敷牢のような生活になるかもだけど決してあなたに不自由はさせないわ。透一郎先輩の遺伝子入りの卵子の生体保管庫だもの。大切にしないとね?」
───ゲッ!!! いつの間にッ!?
にっこり微笑む響さんの右手の注射針尖端からピュッと液が飛んだ。
何なのよ! コイツ怖すぎだろッッ!!!
狂気が盛り上がって参りました! φ(・ω・ )




