53 ヤギトンネル
重厚な金属扉が開かれた先は────
扉の開放と同時にブワッと冷たい風が一気に吹き込んで来て、私は顔をしかめた。
「げっ、何ここ!? 鍾乳洞? あ、まさかこれが‥‥‥」
薄暗いその先に呆然とする私の言葉の続きはアノールが継いだ。
「ヤギトンネルだなw」
「ンメェ〜〜♪」
ヤギカワさんがさっさと先頭を切った。私が続く。
「トーコさん、足元に気をつけて。岩肌がゴツゴツです」
天川の気遣いに頷いて返した。
私には通れないはずだった秘密の道。
岩むき出しの肌はなぜかラメ入りでキラキラしてる。そのわずかな光で発光するらしき反射板。非常口のピクトさんみたいな矢印看板が点々と続いてる。
「クシュンッ! わー、ここは寒いくらいですね‥‥」
私の後ろから付いてくる天川の声は軽くエコーがかかってる。
入ってまもなく穴は分かれ道になって、横路に登り階段が現れた。
「あっ、まっすぐの前方から白い何かが来てる! あれって‥‥」
ヤバいスゴイ速さだよ!
「みんな避けてッ!!」
階段を数段登って通り過ぎるの待った。
「「メェ~」」
ヤギカワさんとすれ違いざまに挨拶を交わし、ガガガッと走り抜けた。
横路に現れた階段登り口で見送ったそれは別の配達ヤギだった!
「あっ! 待って! じっくりは見れなかったけど、あれってヤギカワさんそっくりだったよ!」
「‥‥トーコさん。同じ種類のヤギならみんなそっくりは当たり前ですよ」
天川が呆れを堪えてる顔で、そんな当たり前のことを。
「違うってば!! 私は個体の見分けがつくから。今のヤギ、まるでヤギカワさんの双子みたいだ‥‥」
「ほお? トーコは動体視力が凄すぎだw ならコイツにはよく似た兄弟か、クローンがいるのかもな?」
ヤギカワさんの頭から、ヤギカワさんの顔をのぞき込むアノール。
「そうなのか?」
ヤギカワさんは、例の思考を読ませない空っぽの例の顔。
「まあいいわ。さっさと登りましょう。続きお願い、ヤギカワさん」
***
「はあ‥‥疲れるね」
なんだかエレベーターで降りてきた分だけ上に登った感じする。
「天川ったら、そんなスーツを着込んで大変ね。私はいつもの農作業着だけど」
「だって、僕は抗議の面談の予定だったし、なるべく手持ちの中のフォーマルを選んだらこれしかなくて。ネクタイまで揃わなかったのは残念です」
時々振り返れば、後ろには行きには見えなかった分かれ道があったりするのに気がついてる。ヤギカワさんがいなかったら帰り道は迷うこと必至だ。
途中からは、矢印標識さえも無くなり、ヤギカワさんの首の鈴の発光だけが頼りの行程。それってもしかしてLEDライト内蔵?
寒かった身体も熱くなって汗ダラダラ。もうクタクタだ。
「ねえ。ヤギカワさん、まだなのー?」
先頭を行くヤギは私を振り返りはしたけどシカトしてトコトコ。
ハァ〜‥‥どうせ今更後悔も出来ないわw
程なく踊り場には、古いビルの裏口にあるような地味な金属扉が現れた。まるでトロッコ到着時にトンネル駅で見た、掃除用具入れの扉みたい。
「ヤギカワさん、ここなの?」
「メェ~」
やたら表面が歪んでデコボコのボロ扉だね。
「呼び鈴も見当たらないし、ノックすればいいのかな?」
アノールに問いかけたその時───
ガシンッ、ガガン! ガガガンガン!
ヤギカワさんが扉に激しく頭突きっ!?
「うわッ!! 予告なしに危ないヤツめッ!」
大きな金属音と共にアノールが私の胸に避難して飛び移って来た。
「メェ~! メェェ~! メェェェ~!」
「ちょっと、やめてよ! ヤギカワさんってば。急に野生に戻っちゃったとか?」
アノールの訳によると、
「いや、コイツの到着の合言葉だとよ? ったく原始的だな。他にないのかよ?」
「メェ~メェ~メェ~?」
「あー まあな。デジタルならなりすましは容易だし、本人確認はアナログが最善だ」
ヤギカワさんがモソモソと脇のカバンから、私に新たなカードを差し出す。
「今度は何?」
私の手には、ひと言だけ書かれたカード。
────『あなたの父親の名を』
私の父親? 私の幼い頃に亡くなったというお父さん名前は忘れもしない。お母さんの部屋に飾られていた少し照れたような笑みを浮かべてる男性の写真。それは暮科透一郎よ。で、その名前をなんなのよ??
突如ビビビーという耳障りの悪いノイズが走り、天川がビクっとして周りを見回す。天井のどこかに隠されたスピーカーがあるみたい。
続いて電子音声が響いた。
「ようこそ裏秘密結社No.5KURASHINA へ。合言葉をどうぞ」
「‥‥‥!」
今、暮科って言った!! 裏秘密結社って?
私は天川と顔を見合わせた。
合言葉はまさか────?
言うべきワードはこれしかない。
「透一郎!」
カシャッと小さな金属音が聞こえた。
私のお父さんの名前で解錠されたんだ!
ドアノブを握って向こうに押し込むと、隙間からオレンジ色の優しい色の明かりが漏れて来た。
不本意にも緊張して少し開いたまま手が止まってしまった。ドキドキが激しすぎて。
どうしてお父さん? 秘密結社に暮科の名前? 裏って?
顔の筋肉が引きつって硬直してる。どうしよう‥‥こんな弱気じゃ天川に示しがつかないってば。
横にいる天川をチラッと横目で確かめる。
陰影に照らされた彫刻のような整った横顔は、光の隙間の奥に視線を奪われて、呆然と目を見開いている。
「あ?‥‥‥あ?‥‥‥あの人‥‥‥‥」
その唇からは無意識の声が漏れていた。




