51 いざ、ゆかん!
ふと視線を感じたその先には、ヤギカワさんの目。
私を真正面から捉えてる。
蜂蜜の中で横長に、黒く細く四角く伸びて沈む瞳孔は不思議を帯びていて、やんわり無気味でもある。
その艷やかな双眸には、農作業エプロン姿の私が映ってる。
───えっ?
今、一瞬? 瞳の中に可愛らしい笑顔の赤ちゃんの顔が浮かんだの。
気のせい?
ヤギカワさんは、首を傾げてメ〜って小さく鳴いた。
「アノール、通訳お願い。ヤギカワさん、今なんて言ったの?」
「今の? 独り言だ。『不可解・・・』って呟いた」
「どういうこと? 何が不可解なのかしら?」
「んー? ヤギはな、俺たちほどIQは持っていないから思考は限定的だ。考えても自分で自分が明確に理解出来ない場面が我々よりも多いのさ。とは言え、この配達ヤギは一般のヤギとは比べものにならない高い知能を誇っているがな」
「アノールは天才だしそうじゃないよ?」
「俺? 俺はホントのところ生体にプログラムされた機械だよ。ただ優秀な人間の記憶と気質をOSとして引き継いだAIコードに過ぎない。ヤギカワさんには自分の脳で動いてる純粋な生き物だし、俺と違ってマザーAIから情報を引き出すチップは入っていない。GPSのチップだけだろう」
「アノール? じゃあ私は無機質なコードに親愛を感じているのね。これって人間の未来が思いやられる現象ね。フフフ・・・」
だって私はアノールをただのデジタルコードなんて思えないし、思いたくない。
「まあな。けど、俺は01の2次元世界からこうしてリアルな3次元世界に出られている幸運なコードではあるぜ? さあトーコ、行こう! 俺たちが進むべき道はどこだ?」
親愛なる小さなヤモリが、天川の頭から私の肩に飛び移って来た。
先ほど私が無意識に床に落としてたカードを、天川が私に手渡した。そのままエプロンの前ポケットに入れた。
たぶん、私が受け取ったこの手書きのカードはイレギュラーなメッセージなの。誰かが隙を見てこっそりヤギカワさんに託したのかも? そんな気がするの。ならスピードが大切よ!
「天川? ごめんなさい。私、個人的に先に確認するべきことが出来たみたい。あなたはアノールと予約の場所に行って。十二分に気をつけてね。帰りは別々になるわ。私は権限でトロッコを呼べるから大丈夫。天川はアノールに帰り用のトロッコを呼んで貰えるわ」
その返事は即座に返って来た。
「嫌ですッ! トーコさんをこんなところで1人にするなんて!! 僕はトーコさんについて行きます。もちろん邪魔にならないようにしますから!」
「けど、天川が得たNNKデスとの貴重な交渉のチャンスだよ? 不本意にカエル人間にされた者として、今を逃したらダメ!」
「イヤだ・・だって・・だって・・だって・・・もしかしてここで離れたら何らかの理由で僕たちは永遠の別れになってしまうかもじゃないですか! 後悔したくない。僕は自分も大切だけどそれ以上にトーコさんのことが大切です!」
────えっ? キャッ! 急になになに?!
うっすら涙を滲ませた半泣き顔でギュッと抱きしめられた。
「お願いです。僕から離れないで。トーコさんが心配で気が狂いそうです」
その声は、痛いくらいにドキンと強く私の胸に響いた。
私を大切に想ってくれる人がすぐ側にいるって何て幸せなの?
「ありがとう、私─────」
─────どうやら天川の事が本気で好きみたい。
伝えたいのに胸がキュッって詰まって続きの言葉が出ないよ・・・
気持ちのまま口づけを交わした私たちは見つめ合う。
私たちたった今、本当の恋人同士になれたような気がするわ。
「メェ〜♡」
「あー、お二人さん。話はまとまったところでそろそろ行こうか?」
いつの間にかヤギカワさんの角の間の頭に乗っかっていたアノールの声で、私たちはハッと我に返りパッと離れて背中合わせとなった。
「あっ、す、すみません! アノールさん」
「そ、そうね。行きましょう」
ほっぺがカーッと熱すぎ!!
「メ〜〜〜♪」
ヤギカワさんが私を誘う。
この謎の先へと────




