44 トーコさんと僕の同棲生活
天川江流さんが語ります。
トーコさんがヤモリの管理人アノールさんと、フィールド探索に出かけることになった。僕に畑仕事を任せて。
本当は僕から一時だって離れて欲しくはなかったけど、トーコさんの性格を考えたら引き留めは無駄だと知っている。
だから僕は、お勤めする出張の多い同棲恋人を、家業をしながら待つ、みたいな生活になった。
ほとんどは日帰りだけど、時には数日間連続でいなくなるトーコさん。
管理人アノールさんからの配慮もあり、探検に出かけたトーコさんの様子は、黒猫デバイスのベリスが朝夕に教えてくれるようになったけれど、探検中のトーコさんと僕は直接話は出来ない。無事でいてくれればそれでいいかなとも思うけど、取り残され感で多少さみしくもある。
僕は畑仕事で僕たち2人の生活に貢献するしかないのかな・・・
トーコさんはいつの間にかフィールド内でお友だちも出来てたようで、つい先日、そこのお宅で頂いたお土産を持って帰ってきた。新婚の陶芸家夫婦がくれたという、うっとりするような曜変天目茶碗様の芸術的なペアの器だった。
そんないくらか知れないような高級な物を貰うのは遠慮した方がいいと思うけど、トーコさんは、
「知らんけど、彼らにとって愛の女神降臨だったらしいからいいんじゃない? 感謝の印だってよ?」
とだけ僕に説明した。なんのことだかさっぱりだ。怪しい品でないならいいのかな・・・
高そうなので飾っておいたらと思うけど、トーコさんは普通の食器扱いで使ってる。なので僕も使ってる。けどこれだけは僕が洗うようにしてる。トーコさん洗いだと欠けそうだから。
「今日は通りすがりの牧場で無償労働してきたよ!」という日もあった。よくわからないけど、以前なんかを壊したお詫びだとかなんとかで立ち寄ったらしい。 ファミリーで運営しているというその牧場。
どうしてこのフィールドに一家でいるのか、その事情をさりげなく尋ねたトーコさん。
「10年くらい前らしいんだけど、若夫婦で小さな内装業を立ち上げて営んでいたそうよ。で、大きな国際的イベントで、工期が押して間に合わないっていうから、人助けと思って仕方なく引き受けたのに、結果は上の下請けがお金を持ったまま逃げてしまったんだって。大元の発注先に訴えても、施工代は払ってあるって突っぱねられ。だから材料費も雇った人件費も持ち出しで、結局は借金作って無償労働させられただけだった。倒産して絶望して、夫婦で山を彷徨ってたところ、NNKデスに救助されてスカウトされたらしいよ。今は子どもも小学生3年と1年で、リモートで授業受けてるんだって」
その日はフレッシュな牛乳とチーズとバターを僕にお土産に持ち帰ってくれた。
働きを見込まれ、忙しい時はまた来てって頼まれたとか。「ウォールクラッシャー」というキャラは、フィールド内では相当信用があるらしい。けど、僕はトーコさん自身から滲み出る人柄のせいも大きいと思う。
んー? なんだかトーコさん、探検と言うより、出稼ぎに出かけてるようでもあるよね?
「私はね、フィールド内に放たれた青い鳥たちに会わなければならないの。先ずは仲良くなって情報集めだよ」
毎日、あちこちに出かけては帰ってくる。お陰様で細々とした生活用品が充足してきた。新しいタオルやTシャツ、作業靴、ノート、筆記用具とか。
ちょっと足を延ばしたエリアにある湖の脇には、昔っぽい小さな個人商店街があり、よろずの品が揃っていて、フィールド外からの物資を直接買える店もあるという。
けどさ、ここにはお金はないって設定じゃないかった?
うん、お金はないけれど代替となる概念はあったようだ。無かったら不便だしね。
それは「感謝手形」、というカードだった。
キャッシュカードとデビットカードが合わさったみたいな代物のようだ。
ただ、お金に利息がついたり、運用するという、お金がお金を生み出すという概念は捨てた仕様で、ただただ何らかとの交換ツールとしての役割しかない。
だから「感謝手形ポイント」が生まれるのには何らかの「実体」「労働」「情報」など、価値がある何かが必要となる。
行動力を示したトーコさんに、NNKデスから新たな特典でその「感謝手形」が発行された。ついでに僕にも。
物々交換だけではなく、作物を出荷するとポイントがたまるようになった。物々交換だけでは僕たちは冬になったら飢え死にしてしまうところだ。
特殊なチップが埋め込まれた「感謝手形」という金属製カード。出かけた現地でエキストラ労働したり、誰かに感謝されると感謝ポイントが貯まって行く。ポイントは物々交換にも使えたり、ポイントを差し出すことで合意の下、何かを手伝って貰えたり、時には有用な情報を買えたりするという。けど、トーコさんの場合は、トークで相手の心を開いて情報を引き出してしまうんだろうね。
なら秋も終わるころ、農閑期になったら僕もどこかに出稼ぎに行けばいい。
メルヘン小屋に留まる僕には詳しいことは不明瞭だけど、トーコさんはあちこちでお得意の営業トークを繰り広げ、フィールド内で勢力を伸ばしているという。
僕の想いがトーコさんに繋がった初夏のトマト畑の日から、早くももう真夏が終わろうとしている。




