45 嵐の前夜
「よし、ジャナール、今日はここまで。もう家に戻ろう」
「コケッ!」
烏骨鶏のジャナールは農作業中、僕の周りで遊んでいることが多い。
だんだん日の入りが早くなって来たのを感じる。僕が畑仕事をきり上げ、やれやれと深呼吸した時、おいしそうな匂いが流れて来てるのに気がついた。
「トーコさんが今日はもう探索から戻ってる! 夕食を作って僕を待っててくれてるよ!」
居ても立ってもいられずにジャナールをサッと抱きかかえ、鶏小屋に戻し、焦るような気持ちで玄関の扉を開けた。
「ただいまー! トーコさん、僕も戻りました!」
「天川、お疲れ様! 今日もありがとう。疲れたでしょ? 早く汗を流しておいでよ。すぐに夕食よ?」
*
「うわぁ、すごーい! めちゃくちゃおいしそうですね!」
ここに来て初めて豪勢な夕食がテーブルに並んだ。絵に描いたような霜降りのステーキ。デパ地下のガラスケースの向こうに並ぶ、和牛最高級A5ランクのお肉のようだ。
「奮発しちゃった! けど交渉して結構オマケしてもらったけどね。さあ、食べよ?」
小首を傾げた可愛らしいトーコさんが、テーブルの向こうで僕に微笑む。
この自分の立ち位置に、僕は日常の幸せを感じるんだ。
「わー、おいしそうですね! でもトーコさん。こんな豪勢な夕食にして、急にどういう風の吹き回しですか? 何かの記念日ですか?」
トーコさんはなぜだか浮ついているみたい。僕たちの目の前に並ぶごちそうのせい?
「うん、うふふ♡ 後で教えるから。うーん、いい匂いね! さあ、冷めないうちに味わって食べよ? 凄くない? 蛇肉以外のお肉だよ!」
「えっと・・・蛇肉って?」
「あっ! なんでもないよ? 気にしないで」
もしかして、普段僕たちが壺から出してちびちび食べてるあの塩漬けの肉って・・・???
───どうやら僕は考えない方が良さそうだ。
「天川も私も体力つけておかなくっちゃね?」
「そうですね。畑仕事は体力がいりますし。こちらの作業は、果物の収穫が少し残ってるだけです。それが済んだら木の剪定と、落ち葉を集めて来年のための土作りがありますけど」
「そうね。それもあるけれど・・・わっ! 付け合わせのポテトもメチャウマ〜♡ ほら、早く食べてみて。私、お料理の天才かも?」
「うん、ハーブと粗挽き胡椒とニンニクの香りが絶妙です!」
満足そうにお肉を頬張る彼女を正面の席でチラチラ見ながら、自分の今現在の立場が夢みたいだとも思う。大好きな人と夕食をとる幸せ。
普段はただただ小鳥のように愛らしいトーコさん。けど彼女は、カラスのように知恵を生み出し、渡り鳥のような行動力もあって、枝に留まり狙いを定めたら水面下の魚を急襲するカワセミのような鋭さも持っている。そんなところに惹かれている。
「今夜はきっとお月さまもきれいね。夕食のお片付けが終わったら私たち、ちょっと外を歩かない?」
「いいですね。近々アノールさんを招待して秋のお月見会もどうですか?」
「うん、そうね。アノールと天川と私。第2回お月見会、出来たらいいな・・・」
どこかアンニュイを滲ませたトーコさんの小さな笑みがなぜか僕を切なくする。
僕はあなたと2人、ずっとこのままの暮らしでいいんだ───────
その夜は、空には流れる雲間から満天の星が見え隠れ、月は薄雲の向こう側。
さわめく木々の葉擦れの音。
2人手を繋いで歩く畝道。
昼間咲いていた雑草の可憐な小さな花たちは、すっかり閉じている。
突如、トーコさんが僕の手をパッと離して正面に来て僕と向き合った。
僕の目をじっと見つめるトーコさんの濡れた瞳。
───これってキスしていいってこと?
僕が彼女に手を伸ばす刹那だった。
「私、明日の夜明け前に出発する。特定したの! 秘密の研究所がある場所を。そこには天川にカエル遺伝子薬を注射したと思われるマッドな科学者がいるはずよ!! 忍び込んで情報を盗んで来るわ。私たちがこれから事を有利に運ぶために」
「・・・待ってください。エッ???」
「場合によっては対決する!」
ロマンティックな気分が一瞬で吹き飛んだ。
「アノールと2人で行ってくるから。天川は私が無事戻れる事を祈っていて」
待ってくれ。
僕はトーコさんにそんな危険、絶対に認められない!!




