34 慟哭のトーコ
「トーコ、落ち着いて聞いてくれ。烏骨鶏Aー5は、天川があそこから落っこちて行方不明だと言っている・・・」
────アノールったら、何言ってるの???
アノールのいかにもネズミらしいアニメトーンのユーモラスな声と、言ってる内容がアンバランス過ぎて。現実と受け取るには薄気味悪い。
ブロッコリーみたいな樹冠を見下ろせるこの高さから落っこちたって?
まさか?
頭の中が真っ白。
「烏骨鶏Aー5は今朝方、天川と2人でトーコを探しに出たと言っている。おまえに食わせるための焼きおにぎりを持って」
─────え???
私を? 私を探しに出てここから落っこちた・・・? 天川が?
─────ねえ、待って?
胸が締め付けられるようにぎゅーと苦しい。大きな手が私の心臓を握り潰そうとしてるみたい。
「烏骨鶏Aー5は興奮してる。心が乱れていて状況は釈然ではないが、たぶん滑落してからそこまで時間は経っていないと思われる」
私の頬を吹き抜ける湿った風。
眼下には崖下に沿って帯状に広がる樹冠。あの木々のどこかに天川が?
「・・・・・ウソ。天川江流!・・・・・嘘でしょう?」
一瞬の目眩にうつむいて両手で顔を覆った。
そして刹那、その事実に気づいて顔を上げた。
─────私がベルトコンベアで流されてからすぐに戻らなかったせいだ。
私が天川に心配かけたせいだよね?
ボヤボヤしてる場合じゃない・・・
「・・天川・・・すぐに助けに行かなきゃ・・・望みはあるよ? 待ってて。今行くよ?」
泣きたくなるのを抑えて、自分に言い聞かせるように言葉にした。胸に抱いたジャナールの温もりだけが今の私に現実感を与えている。
とにかく早急に救助に行くべき。
「キャッ!!」
急いて一歩踏み出し、砂利で滑ってズルっと転びかけた。
弾みで抱いていたジャナールをぱっと放してしまった。ジャナールはバサバサと翼を使って自分で地面に着地した。
「ごっ、ごめんね。ジャナール! 大丈夫だった?」
「コケッ」
「トーコ。焦ったらお前まで滑落しかねない。落ち着け!」
肩の上のアノールに諌められた。
「だってッ!! だって、一刻も早く下に行かなきゃ天川がッ!!」
「だからって危険を増しながら急いで5分10分早く着いたとして何が変わるんだ? 深呼吸しろ」
───そんなこと言われたって!! 1秒だって居ても立ってもいられない!!
我慢してた涙がドドドって一気に流れてきた。
さっきまでご機嫌で笑っていた私自身が憎い。
「わーーん、わーーん!! あ゙、あ゙ばがば、あ゙まがばがッッッ、あ、あまがばぁーーー!!! ヒック・・・」
「コケッ、コケッ・・・コケッ、コケッ・・・」
つられて鳴き出した、私の足下のジャナールの独り言は悲しげな小さなうめき。
「・・・聞け! 消えたトーコをあくまでも追う天川は、表の世界での扱いに困って、"たまたま" と言うか、運営の気まぐれも手伝ってこちら非公開フィールドに予定外で放り込まれたビジター身分だが、人間の姿に戻った天川の命の危険を運営が放置するとはさすがに思わない。人間の遺体の処理は厄介だし我々は極力作らない。直ちに救助して最善な処置がなされているはずだ」
「・・・!」
これって命懸けのゲーム。薄々知ってたけど今まであんま現実味無かった。
私を知らない間にゲームに引き込んだ運営なんて信用ならない。それに天川がここから落っこちたことにかわりはない。こんな高さから人が落っこちて、無事でいられるわけない!!
「ここは最適化された世界なんだ」
そうは言ってもAIなんかで想定外には対応出来るわけがなくない?
さっきから胃酸が込み上げて来てて吐き気がする。
「ごめん、私・・・うっ・・・」
たまらずしゃがんでうずくまった。
私はアノールの言う通り、心を落ち着けなければいけないのはわかってる。
でなければアノールとジャナールまでさらなる危険に晒してしまう────
「ごめんね、ジャナールにも迷惑かけて。キミも私を心配してここまで来てくれたんだよね・・・」
白いフワフワないじらしいジャナールを見てたら、また涙で視界が歪んできた。
「ジャナール、おいで・・・」
崩れ落ちそうな私の心が、ひたすら無垢な存在のジャナールに縋ってる。
「コケ・・・コケッ! コッコッコッ・・・」
ジャナールはそんな私を無視してウロウロ、地面をツンツンついばみ始めた。
この子はお利口だけど、やはり鶏ではあるの。アノールとは違う。
─────あ?
待って。ジャナール?




