32 絶対絶命の天川
「うわっ!!」
体がぐらついた時には既に体勢を立て直す暇もなくて。
仰向けに傾く僕。
見えたのは岩肌と広くなった空と、僕に振り向いたジャナールの姿、一瞬────
密かに憧れていた倉科先輩を追って僕は・・・死ぬ???
────嫌だ!!!! 先輩の無事を確かめずに無駄死になんて!
天敵に怯えながら過ごしていたカエル時代を思い出す。
満月の夜。存在に気がついて欲しくて、倉科先輩のいるメルヘン小屋の窓ガラスに張り付いた僕。
ああ、僕がまだカエルのままだったのなら、雨の日にならこの岩肌を自力で登れただろうに。
────カエルだったのなら・・・
ジャナールの叫びが早朝の冷えた空気をつんざく。
「コケコッコーッッッ!!!!」
翼のない僕には為すすべもない虚無感と倉科先輩への想いの交錯。
僕は知っている。二次元と三次元の力学は別物だと。
重力に向け運動エネルギーを加えて加速する自分の体重の数倍から十数倍にもなるGを、咄嗟に片手で支えるなんてまず無理設定だ。
けど、待って!
────嫌だ! 僕はここまで倉科先輩を追って来て、再びすれ違ったままで死にたくないッ!!
心の中で叫んだその時、急激に指先が燃えるように熱くなった。
落ち行く体が岩棚に生えた木の枝を掠めた瞬間、僕は無理だとは知りつつも咄嗟、それに手を伸ばした。
周りがスローモーションのように動いてる。
ガシッと葉ごと掴むと、枝先に向けて幾らか滑ってから止まった。
────僕、掴めた!! 取り立てて筋肉があるわけでもないのに、僕スゴいッ!! 動体視力もエグい。究極に追い込まれた人間の研ぎ澄まされた能力。
が、枝がグワングワンとたわんで今にも折れそうだ。ドキドキが止まらない僕はギリギリの宙ぶらりん。
ジャナールが岩棚までバサバサ降りて来たようだ。
「ジャナール、こっちに来るな! 枝が折れる」
───とにかく落ち着け自分!! 焦るな。
下手に力をかけたら即刻折れる。
そっとリュックの肩を片方外し、交互に手を入れ替えて抜いて落とした。
倉科先輩に用意したせっかくの焼きおにぎり、サヨナラ・・・
揺れが収まるのを待って、両手で枝を掴んだ。
────ん? なぜか手のひらが勝手に枝葉に張り付いているような? これって憶えのある感触だ・・・? あ! この手のひらの粘着感はカエル時代のものだ。指先から自然と染み出てたあのカエル粘液の感触。
このまま岩棚に上がれれば助かるけれど、枝は今にも折れそうで動けない。動いたらきっと少しの力加減で折れるだろう。今だって地味にミシミシ鳴っている。からがら助かったけど、やはり絶対絶命には変わりない。
ミシミシミシミシ・・・・・
木の裂ける無気味な音が徐々に大きくなって来た。
もう時間がない。けどこの感触では動いたら確実折れる。
「ジャナール・・・駄目だ。動けない。打撲骨折で済めばいいけど、僕が生きてることを願っておいてくれ・・・」
「コ、コ、コケッ・・・・コケッコー!!」 (>_<")
こんな悲哀のニワトリの声を聞くのは僕の人生では最初で最後だろうね・・・
こうなったら衝撃を和らげる受け身の落ち方を考えるしかない。けど、だんだん頭の中が真っ白になっていく。足の指先がカーっと熱くなって来て、きっちり履いていたはずの両足の靴がスルッと抜けて眼下の藪に落下した。
ミリミリミリ・・・ミシッ・・・パリパリパリッ・・・
────どうやら僕の腕より枝の方が先に限界のようだ・・・




