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その壁を抜けたら───  作者: メイズ
壁の向こう側を探検
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28 隠遁者は水先案内人

 この人、見るからに働き者の手ね。


 ゴワゴワしたその手が愛おしく美しく思えるのはなぜかしら?


 その男性は私の視線に気がついて、ちょっと困った風に小さく微笑んだ。


「倉科さんは世間から隔離されたこの特別フィールドを、ウォールクラッシャーとして探究中なんだよね?」


「まあそんなところですね。ヒントを集めてこのフィールドの謎を解き明かしたいのです。私は死んではいないと思うけど、でももしかして私は1回死んだけど、この世界に来たお陰で私は生き返ったのかも知れないとも思うのです」


 だってここまで来た記憶が全然無い。


 この男性は一見どこにでもいそうな風体で、クラスにいた物静かな優等生、みたいな雰囲気。


「こうして実際に続きを生きてるのですから、それはどうでもいいとも思えますが、僕はこう思いますよ。もしもあなたが1回死んでしまったのにも関わらず知らぬ間に何者かの力によって高度なケアを受け、蘇って人生の続きを生かされているのならば、それだけの価値があなたにあって、彼らがあなたに投資した以上の働きをあなたは要求されている、とね」


 なんだか理論的でめんどくさそうな人ね。けど相棒なら天川よりこっちがいた方が相当助かりそうw


 けど、私を信頼してくれてる天川は、このフィールドにおいて貴重な存在よ。


「私はウォールクラッシャーの役割を与えられましたけど、実際には壁は壊さずに違うエリアに来ている次第です。ですからこの世界で私が要求されている働きはまだ何も達成はしてないのが現実です。成果を上げるまでのデッドラインも不明だし、壁を越えたからだからなんなのよって感じだし、私は目先の目標も最終目的さえ不明なゲームしてる。今んとこただのスローライフ?」


 生活して食べてくだけで精一杯だもん。



「なるほど。スタートは羊状態からですからね。・・・これからの希望や展望ってありますか? この特別なフィールドから出られたら、元の社会生活に戻りたいと思いますか?」


 ───羊って? 盲目? 従順? 生贄? 犠牲? 善良?


「んー? 私は元の過労死寸前の会社員に戻りたいわけではないけれど、仕事自体は好きでした。時々ふと思うんです。真面目で使い勝手がいい人を都合よく使い潰しておいて、手柄は上に持ってかれて、先輩も同期も次第に辞めて行く理不尽な会社で、それに耐えて生き残れば勝者になれるシステムについて」


「問題点はあなた自身が身を持って知っている、と言うことです。自分が死んだかどうかも不明なくらいまで無自覚のまま心身追い詰められて」


「・・・そうですね」


 心地よいテノールの声が、私の耳から脳に染み込む。



 蘇るあの日々───


 ゴミ屋敷寸前の散らかった部屋。


 玄関に入った途端に倒れ込む疲労。


 家では粗末な加工品の食べ物のオンパレード。


 申請に気後れして有給もなかなか取れず。


 時間のなさと疲れで友だちとも疎遠に。


 稼いでも使う暇なくて薄給が溜まって小金持ち。



 それってただの数字。



 ワンルームマンションには寝に帰るだけの生活だった。


 規則正しく往復して、まるで躾けられた犬みたいだ。



「理想があるならば、それに変えることが可能ですよ。既存構築攻略は難しそうですが。それがウォールクラッシャーに与えられたって役目では? 文字通り既存という壁を壊す人です」


「既存の壁?・・・私にはよくわかりません」


 私が既存を攻略して改善せよって言われてるけど、そんな役目は私に重すぎるから知らばっくれw


「あー、僕もウォールクラッシャーになりたかったな。僕のこのフィールドでの役割は『現地住民』で、肩書きは『隠遁者』でありますが、同時に『水先案内人』でもあります。このフィールドの『青い鳥』でもあります」


 それって、この人はプレイヤーの進むべき道を知っていて照らしているってこと? 『青い鳥』ってなんだろ? なんかの隠語? 比喩的な何か?



 これって、フィールド内のキーパーソンに当たった?



「このフィールドではお金を使わずに生きていけます。そのかわりに自分の生活の様々を自分で行わなければならず、労働を代価に変える(すべ)が限られている。だから他者への依存度が極端に低い。反対に外界のように通貨があれば、命を紡ぐ生活の重要な作業さえ外部に依存することが出来るが、他者の都合や気持ち次第で、いつ依存させてもらえなくなるかわからない。この根本的仕組みをどう思いますか?」


「物々交換なんてイマイチ不便だけど、原始的で楽しいですよね! けど〜、私は野菜を作ってるだけだから冬になったら困るって目に見えてるんですよね・・・」


 最初からの粉類の貯蔵はあるものの心許ないよ。


「それも運営側の思惑でしょうね。倉科さんがどのように算段して冬をしのぐのか観察してると思いますよ」


「やー、冬まであそこに留まろうとも思っていませんけどね!」


 かと言ってどこに行く当てもないけどなんとかなるんじゃない? 知らんけど〜w


 この男性、微妙にクシャミが出そうなのを耐えてるみたいな表情で私を見てるけどなんで???



「・・・倉科さんがウォールクラッシャーに選ばれた理由が少し分かったような気がします。僕にはない、なんて言ったらいいのか・・・そう、楽観的?と言うか、周りを包み込むようなおおらかさを感じます。大物感、でしょうか?」


 まさかこの美人と私を見比べてたらムカつくと思ったけど、違ったようねw 私のこと褒めてるらしい。



『隠遁者』の言葉マジック────



 皆さん揃って私に言うところの「ガサツ」だね(*´ ᵕ`)


 アノールが、私のエプロンの前ポケットの中で精密機械の残骸にまみれて鼻ヒクヒク、ニヤニヤしてるの草なんだけどw


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