27 自己紹介&探り
木漏れ日揺れる小鳥の声と、時折木々を揺らす風の音。周りは木、木、木。
わ、蚊が寄って来た!
ブーンブーンとイヤな音でまとわりつく憎いヤツを潰そうとするけど、さすが逃げるのうまいよ。見失ってしまった。
待って! ここって山奥だよね?
誰かのお家? 炭焼き小屋みたいなのと、何かの焼き窯もいくつかあるみたい。
割れた陶器が投げ込まれた大きな穴がある。失敗作?
「アノール、ここって昔ながらの陶磁器の郷って雰囲気だね」
「ああ、ここでは主に高級な一点物の芸術的な焼き物が作られていると聞いているが。いいか? 誰もいないように見えても静かにな?」
「うん・・・あ、ミッケ!」
私の二の腕に止まってた蚊を思いっきりバチンと叩いた。と言うか心ならずも自分で自分を思いっきり叩いてしまった。痛ッター・・・(>ω<)
げっ、血が滲んでる。私でお食事中だったようだ。私の方がお腹空いてるってば。多分もうお昼ごろだし。
「・・・蚊を潰すだけでずいぶんデカい音を出したもんだな?」
お腹が大きくグーって大きく鳴ったのと、引き戸がガラッと開く音は同時だった。
「あ、あなた、誰なの?! どこから入って来たの?!」
ハッと顔を上げると作務衣を来た女の人が、平屋木造の昔風のおうちの玄関から出て来た。
わ、すごい美人。その背後には背の高い男性が。
二人とも20代後半から30代前半くらいかしら? 夫婦?
見つかってしまったなら仕方がないよ。挨拶しなきゃ。
じわじわ来る痒みを堪えつつ、背筋を伸ばし、礼儀正しい姿勢を作る。
「こんにちは。私は過労死から蘇ったウォールクラッシャー、倉科透子(女性25)と申します。突然のアポイントもなき訪問をお許しください。私の名刺を・・・すみません、私もこれは本日の予想外の訪問のため、持ち合わせがなくて、次回改めてまして・・・」
名刺入れはメルヘン小屋のクローゼットの奥にしまい込んであるショルダーバックに入れっぱなしなの〜w だってもう用はないし。ってか、名刺の部署も肩書も今は昔だけどね〜w
男女は不思議顔で顔を見合わせている。
「実はわたくし、ひと月ほど前に目が覚めたらここにいて、以来農作業をしながら一人暮らししていたのですが、今日は見聞を広めるためにこうして足を伸ばした次第であります」
本当は元同僚のルームメイトが昨日からいる2人暮らしだけど、さすがにカエル遺伝子から解放されてメルヘン小屋に来たばっかの天川のことまで説明するのは面倒い。
ハキハキした口調で、最後に丁寧にお辞儀をして顔を上げると、女性はクスクス笑い、男性は大きな声で笑い出した。
───え? 私のご挨拶、どっか変だった? 咄嗟の割にイケてると思ったのに、現役を離れて鈍ってたのかも・・・
「ふふ、ウォールクラッシャーならどこに出没してもおかしくはないわね。あなたはたぶん、やり手の正社員だったのね。その格好はともかく、顧客慣れが滲み出てるもの。私はオフィスの事務系派遣社員だったの。ここに来てだいたい5年くらいかしら? そしてこの人は───」
「僕は精密機器の製造ラインで働いていました。ここには彼女の来る半年ほど前に来たんですよ」
そっか。農作業エプロンしながら営業部みたいなしゃべりのチグハグがおかしかったのね。
この2人がどういう関係なのか知りたいけど、さすがに初対面で立ち入るのはマズイ。
せっかく天川以外の人間に会えたんだから情報収集しなくちゃ。ここは関連会社つながりの人たちで構築されたフィールド、って私の考察は当たってない? こういう時は知らないことも知ってる素振りでカマかけも入れつつ堂々と振る舞うのが得策。
「お二人とも私と同じく過労死寸前だったのですか?」
「んー・・・私は過労死寸前というより鬱が酷くなってたの。オフィスでの辛い日々を思い出すとまた鬱になりそうよ。口にしたくも思い出したくもないわ。私の意思とは無関係に人間関係に巻き込まれるって恐ろしい・・・」
彼女の目は私を通り越し、遠い目の憂い顔は集団アイドル顔負けの美貌。
聞かなくてもわかりそう。こんな美人がオフィスにいたら男たちは浮足立ち、同僚たちの嫉妬と羨望が渦巻くに決まってる。しかも派遣社員という弱き立場なら屠りやすかったのでしょうね。
私がそこにいたのなら口達者な理論追い詰めで盾になってあげたのに残念w 天然の美しさも他人の感情をゆさぶって罪ね〜。私も少しくらい嫉妬され体験してみたかった、って言ったら他人事過ぎるけど〜w
「ある夜に自宅アパートで睡眠薬を飲み過ぎてもうろうとしてる最中に数人の助けが来たの。私は誰も呼んでないのに。よく覚えていないけど全然知らない人たちで、救急隊員みたいな人たちだったと思う。それから気を失って私が再び意識を取り戻すと、真っ白な部屋の個室の病室にいて、病院の先生が自然の中の療養施設に入ることを勧めてくれたの。そこがここだったってわけ。今では派遣社員から正社員となってここで働いているの」
おお、それはすごい情報だね! もしかこの女性もスマートウォッチを持っていたのでは? 後でさりげなく確かめよう。
「なら、ここってどこなのか知ってるのですか? 実は私はこちらに飛ばされて以来、未だにここのロケーションが謎で暮らしてたんです」
ならここは現代の毒に当たって病んだ社員らのための、懐古趣向のリゾート兼福祉施設って感じ? でもって様々な商品開発の実験場でもあるらしい。 この女性は療養を兼ねてここで陶磁器づくりしてるのよね?
「それは・・・ごめんなさい。私もわからないの。私は年に一度は実家に帰るけれど、外界へ通じるにはNNKデスに申し入れがいるのよ。通行許可の要るトンネルを通らなければ出られないし、勝手に山から自力で下りようもない。私たちはこの家から余りにも離れたら遭難してしまうわ。戻る時も同様よ」
へぇ。外界と行き来してるのね。
「ここからは見えないけど、山の危険な野生動物がここに来ないように、触れたら危険な高い壁で囲まれているのはご存知よね? えっと、倉科さんはどこの壁を破ってここまで?」
ここの壁がどうなってるかなんて全く知らない。けど、門番を攻略してベルトコンベアを通って来たことは内緒だ。
「や、わたくし壁はクラッシュしてないのでご安心ください。危険な野生動物の通れる穴は空けてません。諸事情により通ったルートを詳しくは語れませんことをお許しください」
ミミズ門番は壊したけど壁は壊してないもんね。
「そうなんだ? 振られた役割やランクによって通れるルートも、各エリアや外界との出入りも自由度が違いますし。私はここに住み込みで焼き物を作っています。フィールド設定では「現地住民」として登録されています」
へー、「現地住民」か。私は通りすがりの「ウォールクラッシャー」。この女性とは違ってビジターだよね・・・
余りにも焦って根掘り葉掘りしても警戒されそう。私も聞かれても困るし。引き際も大切よね。次───
女性とお揃いの作務衣姿の、背の高い男の顔に目線を移した。




