11 お月見会とカエル
良好な関係を築くためにはとにかく接待だと社会で学んでいる私。
大蛇の塩漬けを仕込んだ翌日の、満月のこの夜。管理人アノールを招待し、春のお月見会を開催することにした。
おやつを用意して、解放した窓からお月様を眺めるだけだけどね〜w
アノールの食事には、畑で捕れたとっておきの活きのいいバッタさんを一匹用意してある。あと、蜜吸い出来そうなお花も添えて。
前は「虫? ギャー!!」ってしてたけど、もうすっかり慣れてしまったよ。そんなこと言ってたら、私はいつ成し遂げられるのか全く予想もつかないイバラの壁攻略の前に飢え死にしてしまうもん。
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月明かり差し込む落ち着いたお部屋で、春のお月見会という名のアノールへの接待は、まずまず上手く行った。私の社会人経験が生きたわね。
「アノール、今日は来てくれてありがとう。用意したおやつを気に入ってくれたからよかったわ」
「ああ、ごちそうさま。オレはお月見に招待されたのは初めてだったけど、これはなかなか風流なよき風習だ」
「本番は秋だよ。その時になったらまた開催するね」
「秋か・・・それは楽しそうだけど。トーコは早いとこ、どうすればイバラの壁攻略出来るのかを考えないと。一生ここに一人きりで暮らす羽目にもなりかねないぞ?」
「・・・そうねー。元の世界では誰かが私を心配してるかも?って言っても、親はすでに他界してこの世にはいないし、母の再婚相手の義父とその連れ子の年の離れた姉ともとっくに音信不通なのよね。現世では忙し過ぎて彼氏を作る時間もなく、友だちと遊ぶ気力もなくてお誘いを断り続けてたら空気になっちゃったし、私は別にここにずっといられるならいてもいいんだけど?」
「ンー・・・目に見えないものは心の目で見ないとな?」
「心の目?」
アノールのツヤツヤした目に私が映ってる。喋るヤモリとお月見なんて、ホント不思議な夜。
明け放った窓から、冷たい風がスーッと肌を吹き抜けた。
「寒くなって来たね。窓を閉めてお月見会はお開きね」
私が両開き窓を両手で半分まで引き寄せた時に気がついた。ガラスの外側に何かがくっついてる。ガラス越しに白いお腹と喉をプクプクさせて。
「わ、窓ガラスにちっちゃいカエルが張り付いてる! 夕方にも見たわ。カエルの季節? ゲコゲコ言ってるw 見て見てw」
手に取ってテーブルの上のアノールに見せた。
「・・・あん? そいつ、トーコの知り合いじゃねーか? 『暮科さん、助けて』って言ってるぞ?」
「は? アノールは冗談ばっか言ってやあねーw 私にカエルの知り合いなんかいないって。飼ったこともないよ。爬虫類の次は両生類の知り合いってないわ〜」
「でもコイツ、天川って名乗ってるぜ?」
「・・・天川?」
私が知ってる天川さんって? ・・・あの人だけ。
ただ1人。会社の2個後輩の天川? まさか。
「・・・天川江流? 自分で調べたり考えてやれよってくだらんことをいちいち私に振って来て、めちゃくちゃ煩わせてた、あの天川?」
「ゲコゲコゲコゲコッ!!」
「・・・みたいだな」
「マジ??? このちっちゃいアマガエルが天川?」
手のひらに乗ってるコイツが? あの天川江流(男性23歳)???
教育係として天川とペアを組まされた私の、約1年間の悲劇の日々を思い出す。
───拒否感。
「・・・ちょっとよくわかんない」
取り敢えず、カエルを窓から外に投げ捨てて窓をバタンと閉め、すかさずカーテンをスッと引いた。
一拍置いて向いた窓からくるりと振り返り、一連の動作でアノールが乗ってるテーブルの横に膝をつく。
「ったく、アノールは私をからかっているんでしょ。人間がカエルになるなんてカエルの王子様じゃあるまいし」
テーブルの縁を両手で掴んで、半顔で目をテーブルの高さに置く。
「・・・まあオレに言わせれば、まんまの姿でここに来れたトーコは運営に期待されてるってことだよな? 世界を変えうる末端として」
トコトコと目の真ん前まで来て、私の指に吸盤付きの小さな手をペンッと乗せてから引っ込めた。アノールは仕草もかわいい。
「オレなんて今はヤモリだし」
「エッ!! アノールは元は人間だったとでも言うの?」
「記憶は薄いけど、オリジナルはそうだったな。このヤモリの姿は何個目かは今すぐにははっきりとは思い出せない。古い記録はデータセンターの奥深くに埋もれてるから。入れ物はオレの意思とは関係なくマザーAIが最適化して決定してるらしい」
「マザーAI? 何のことやらよくわかんないし、ちょっと信じがたいけど、なら一応さっきのカエルは拾って来たほうがいいのかしら?」
───ここは謎な世界だし、万が一って事もあるし。
窓を開いて地面を見たけど、ゲコゲコ声もしないし、どこにも見当たらない。すみかに帰ったのかも。
「これは運営が用意したイベントかもな?」
「マジ? だからって、そうだったとして、私は何をどうすればいいの?」
「その解を予想し探り当てるのもウォールクラッシャーの役目なのさ。ヒントは出てるはず。あのカエルはオレとは別次元。じゃあな。今夜は楽しかったな? じゃ、おやすみ〜。オレはこれから仕事だ」
***
《カチッ・・・》
この音。
ベッドの中で一人、天川についてあれこれ思いを巡らせていたらもうそんな時間?
からくり時計が動き出すカタカタという音がした。夜中の12時は、シャベルを持って笑ってるカエルさんの登場ね。
おやすみなさい。
私はいつの間にか、朝までぐっすり寝入っていた。




