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第十四話 蜜月のラビリンス(全年齢版)

冬休み終了まで、残された猶予はあと五日——。二人の身体は、一体どうすれば元に戻れるのだろうか。

もう一度あの石段から二人で転げ落ちれば、衝撃で魂が入れ替わり直すのだろうか。

そんな考えが頭をよぎることもあったが、何の確証もないまま無謀な賭けに出る勇気などあるはずもなく、二人はとりあえず、刻一刻と迫る受験本番に向けてペンを走らせるしかなかった。

空は仕事用のデスク、蜜柑は学習机に向かい、それぞれがテキストを広げて黙々と手を進めていた。静寂に包まれた部屋にシャープペンの芯が削れる音だけが響くなか、不意に空がパタリとペンを置き、蜜柑の方へと向き直った。


「なあ、蜜柑」


静まり返った室内で突如名前を呼ばれ、蜜柑は手元を動かしたまま「なあに?」と短く返事をした。


「……俺、このまま願書の提出期限までに元に戻らなかったら、蜜柑が志望している高校を受験しようと思ってるんだ」


その発言に、蜜柑は弾かれたように顔を上げ、目を丸くして驚いた。


「ええっ!? 空くん、そんなに成績が良いのにもったいないよ!」

「俺が受けるつもりだったのは男子校だし、この身体じゃそもそも受験すらできないだろ。他の学校に入ったとしても、変なタイミングで元に戻ったりしたら、それこそ収拾がつかなくなる」


蜜柑は眉間にしわを寄せ、「うーん……」と複雑な唸り声を上げた。


「まあ、蜜柑の志望校、俺の内申点なら当日のテストで多少手こずったとしても、十分カバーはできると思う。でも、確実に蜜柑が合格を掴み取れるように、今はとにかく全力を尽くしてほしいんだ」

「でも空くん、本当にそれでいいの? 自分の将来がかかっていることなのに……」

「まあ、当初の予定とはだいぶ違う道になるけどさ。蜜柑と同じ高校で三年間を過ごすっていうのも、なんだか学園ラブコメの主人公みたいで楽しそうだろ?」


真っ直ぐに向けられたその瞳に、「妥協」や「諦め」の色は微塵も感じられなかった。


「……そっか。ありがとう」


その日を境に、蜜柑はこれまでの遅れをすべて取り戻すかのように、猛烈な勢いで受験勉強に打ち込み始めた。

結局、三学期の始業式を迎えても二人の身体が元に戻ることはなかった。突如として性格が激変してしまった二人の様子に、クラスメイトたちが困惑する場面も多々あったが、「受験直前のストレスやプレッシャーのせいだろう」と周囲には好意的に解釈され、深く追及されるには至らなかった。

昼夜を問わず、学校の休み時間さえ惜しんで机にかじりつく蜜柑の姿に、空が体調を心配してしまうこともあったが、彼女の努力は着実に形となっていった。模試のたびに偏差値は跳ね上がり、ついには第一志望に据えていた偏差値六十超えの難関校の合格をも、その手でしっかりと勝ち取ったのである。



令和三年三月十八日、木曜日。

市立東中学校では、うららかな春の光に包まれて卒業式が執り行われていた。三年前、男子生徒としてこの門をくぐった空だったが、今日は女子の制服に身を包み、名前も性別も異なる「蜜柑」という存在としてこの日を迎えていた。

元旦のあの衝撃的な出来事から二ヶ月半。学校生活で周囲から浮かず、平穏に過ごすために二人が決めたルール……それは、空は徹底して女子らしく、蜜柑は徹底して男子らしく振る舞うことだった。その血の滲むような努力の甲斐あって、二人は今日までクラスメイトに馴染み、大過なく卒業の日まで辿り着くことができたのだ。しかし、一人だけ事情を知る忍は、壇上の二人を見つめながらなんとも複雑な表情を浮かべていた。

厳かな式典が幕を閉じると、あちこちで別れを惜しむ輪ができ、それぞれのグループで打ち上げが企画され始める。空や忍の仲良しグループも、数人でカラオケへ行くことが決まったようだった。


「なあ、空。卒業を祝って、みんなでカラオケに行くんだよ。当然、お前も来るだろ?」


忍の誘いに、蜜柑の姿をした空は困ったような苦笑いを浮かべた。


「行きたいのは山々なんだけどさ……。この姿で男子グループに参加したら、さすがに浮いちゃうでしょ。 私誘うより、蜜柑(外見は空)の方に声をかけてみたらどう?」

「まあ、理屈はそうなんだけどよ。この内輪の集まりに、関係ない蒼井を誘うのは筋違いじゃねぇか? それにお前だって、いつメンで最後に別れを惜しみたいだろ?」


忍や他の友人たちの多くは、中学と同じ校区内にある県立の中堅高校への進学が決まっている。春からはそれぞれ別々の校舎での生活が始まるため、これまでのように放課後にふらりと集まるような気軽さは失われてしまうだろう。

空は、自分が「蜜柑」の姿のまま参加しても不自然に見えない正当な理由を探して必死に思考を巡らせるが、これといった妙案は一向に浮かんでこなかった。


「じゃあさ、蒼井(外見は空)と一緒に参加するっていうのはどうだ? お前と蒼井が付き合ってるのはみんな知ってるんだし、『彼女を連れてきた』っていう構図にすれば、誰も文句は言わないだろ」

「ま、まぁ、蜜柑が良いって言ってくれるならそれでいいけど……」

「そんなら、あとで蒼井に聞いてみるよ」


そんな会話をしていると、蜜柑の友達の柚葉が話しかけてきた。


「蜜柑ちゃん、空くんと一緒の高校行くんでしょ。彼氏と一緒の高校に行くなんて羨ましいなぁ」

「ええ? でも柚葉、お茶の水受かるなんて凄いじゃない。お医者さんになる夢叶うといいね」


そんな会話をいくつか交わして柚葉は二人の元から離れて行った。彼女に微笑みながら小さく手を振る空を見て、忍は大きくため息を吐いた。


「お前よく、たった二ヶ月でこれだけの女子力身につけたよな。何も知らない奴が見たら完全な女の子の立ち振る舞いだぜ」

「まぁ、人が見てないところでも気を付けてきたからね。蜜柑の方も、そうしているから男としてみても違和感ないでしょ」

「確かにそうだけどよ。あまりに違和感なくてつい肩を組んでしまいそうになって、慌てて手を引っ込めたことが何度かあるよ」


空は笑いを浮かべる。


「あの蜜柑に肩組んでも大丈夫だと思うけど、逆に私がそうされたら声あげちゃうかもしれないわ」


そう言って空は上目遣いで忍の顔を見上げた。


「そ、そんな事するつもりは無いけどよ。

……っていうか、お前と蒼井が家でどんなふうにイチャイチャしているのかが想像できないな。どうなんだ?」


忍のその言葉に空は顔を赤らめて、視線だけを忍に向けた。


「バカ、そんなこと恥ずかしくてシンくんに言えるわけないじゃない」

「!!!!」


その仕草に忍の心臓はドクリと跳ね上がり、顔が熱くなるのを感じる。


(可愛ええーっ!!! コレ蒼井より可愛いんじゃねぇか?)


そんな考えに苛まれ、挙動がおかしくなっている忍に空は目を向ける。


「シンくんどうしたの? なんだか顔赤いみたいだけど? 熱、あるのかな?」


そう言って空は右手のひらを忍のおでこに乗せ、左手を自分の額においた。


「だだだだ……大丈夫。あとで集合時間決まったらラインするから」


そう言って忍は逃げるように立ち去った。


結局、忍の「彼女同伴」という強引な理屈に押し切られる形で、一行は駅前のカラオケボックスへとなだれ込んだ。

案内された狭い個室には、揚げたてのポテトの香りと、卒業式の高揚感が充満している。「空」の姿をした蜜柑は、空が慣れ親しんだ男子たちの輪に座り、その隣には「蜜柑」の姿をした空が、居心地悪そうに背を丸めて座った。


「じゃあ、まずは空から歌えよ! 卒業ソング、ガツンといこうぜ!」


友人たちからマイクを突き出され、空(中身は蜜柑)は一瞬戸惑ったが、すぐに腹を括った。彼女が選んだのは、いきものがたりの『YELL』。空の喉から放たれる響く歌声は、蜜柑の繊細な音感が加わることで、本物以上に艶っぽく、それでいて熱く響き渡った。


「お、お前……そんなに歌上手かったか?」

「うん。なんか、まじ泣きそうになった……」

「つか、空がそのチョイスするとは思わなかったぜ」


友人たちが呆然とする中、隣に座る蜜柑(中身は空)は、ハラハラしながら見守るしかなかった。その後も、空(中身は蜜柑)がノリノリで男子のコールに合わせ、蜜柑(中身は空)がそれを冷や冷やしながら見守るという、奇妙な時間が過ぎていった。

二時間が経ち、駅前で「またな!」と拳を合わせ、友人たちと別れた。ようやく二人きりになり、早見家へと続くオレンジに染まる道を歩き出す。


「……はぁ、疲れた。まさか空くんの声で、あんなに喉を鳴らして歌うことになるとは思わなかったよ」


空の姿をした蜜柑が、ガリガリと頭を掻きながら、男らしい動作で大きく伸びをした。


「私の方こそ、ずっとお淑やかにしてるのが限界だったよ。下ネタ始めた時、思わず突っ込みそうになって冷や汗かいたし」


蜜柑の姿をした空が、スカートの裾を気にしながら溜息を吐く。雪が消え始めたアスファルトに、二人の影が長く伸びている。姿は逆転しているが、その歩幅や、ふとした時の沈黙の心地よさは、出会った頃から何も変わっていなかった。


「空くん。……もし、高校に入ってもこのままだったら?」


蜜柑がふと立ち止まり、空の低い声で不安げに問いかけた。空は蜜柑の柔らかな瞳で彼女を見つめ返し、力強く頷いた。


「それは……まぁ、何とかなるんじゃない。その為に一緒の高校にしたんだしね」


そう言って微笑む空に、空の姿をした蜜柑は、少しだけ照れくさそうに「……そうだね」と微笑んだ。

三月の風はまだ冷たいが、二人が繋いだ手からは、確かな温かさが伝わっていた。


「そういえば、今日は海姉も卒業式だったでしょ。だからお母さん、お祝いにみんなで外食しようって張り切ってたわよ」


そう言って、弾むような足取りで数歩スキップして先回りし、くるりと振り返る空。その屈託のない仕草に、蜜柑はどこか複雑な苦笑いを浮かべた。


「空くん……なんだか、すっかり女の子の動きが板についてきたね。最近、私より女の子らしくなってる気がするんだけど……」


蜜柑がそういうとクスリと笑顔を浮かべる。


「コレだったら高校でも大丈夫だと思わない?」

「確かにそうかもね」


二人は繋いだ手をブンブンと大きく振りながら、自宅へと歩みを進めた。


二人が帰宅すると、早見家の面々に蜜柑を加えた六人は、お祝いの定番である馴染みの焼肉店へと繰り出した。今夜は海、空、そして蜜柑の三人が揃って門出を迎えた、特別な卒業祝いの宴だ。

香ばしい肉の焼ける匂いと活気ある店内に、一行のテンションも自然と跳ね上がる。


「空、蜜柑ちゃん、そして私! 卒業おめでとう!」


海の高らかな乾杯の音頭とともに、網の上には次々と上質な肉が並べられた。かつての空であれば、真っ先に大盛りご飯を注文し、焼き上がる端から肉を豪快にかっ込んでいたはずだ。しかし、今の「蜜柑の姿をした空」は、トングを持つ手つきもしなやかに、一口サイズに切り分けた肉をそっと口に運び、実にていねいに咀嚼している。

そのあまりの変貌ぶりを、隣で網を突ついていた陸が見逃すはずもなかった。


「おいおい空……。焼肉ってのはもっと、奪い合って食うもんじゃなかったのか? 身体が女の子になったからって、そんなお淑やかに食うことないだろ」


陸がビール片手にニヤニヤしながら茶化す。


「別にどんな食べ方したっていいでしょ。せっかくの美味しいお肉なんだから、味わって食べたいの!」


空は陸の軽口をさらりと受け流し、絶妙な焼き加減のカルビを口に運ぶ。その優雅な様子に、空の姿をした蜜柑は「あ、あはは……」と引きつった笑いを浮かべた。そして以前の「空らしさ」を再現しようと、山盛りご飯に肉を乗せ、無理やり口の中へとかき込んでみた。


「んぐっ、げほっ……!」


案の定、蜜柑は肉を喉に詰まらせてしまい、海に背中をバシバシと叩かれながら、必死の形相でウーロン茶を流し込んだ。


「もう、蜜柑ちゃん。お兄ちゃんの馬鹿な言い分を真に受けることないのよ」


涙目になりながらようやく飲み込んだ蜜柑は、弱々しく苦笑いを浮かべて呟く。


「空くん……よくあんなダイナミックな食べ方してたね。一瞬、本気で喉に詰まって死ぬかと思いました……」

「ちょっと、蜜柑ちゃん。お祝いの焼肉屋で不吉なこと言わないでよ」


そんな騒がしくも温かな時間は瞬く間に過ぎ、六人が思う存分焼肉を堪能して帰宅する頃には、時計の針はすでに二十一時を回っていた。


「ふぅ……。なんか食後のデザートも食べたい気分だけど、髪も服もすっかり煙臭くなっちゃったね。先にシャワー浴びてこようかな。蜜柑はどうする?」

「俺もそうするよ。まずは空くんから入ってきなよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて先に失礼するね」


空は鼻歌を歌いながら、手慣れた様子で海の部屋から着替えを持ってくると、浴室へと向かっていった。残された蜜柑も、空の衣装ケースから下着やTシャツを取り出し、手際よくベッドの上に準備を整える。


(なんだか空くん、日に日に仕草まで女の子らしく、可愛くなっていくなぁ。……もしかして性格や本能まで、肉体の性に引っ張られていくものなのかな?)


蜜柑は床に腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げた。


(……私自身はどうなんだろう。最近、他の男の子に触れられても変な意識をしなくなってるし、逆に女の子を異性として魅力的に感じ始めている感覚がある。そして何より……今の、あの姿の空くんともっと深く触れ合いたいって思ってしまうのは、どうしてなんだろう。それに……)


蜜柑は、ふと自分の――今は空の肉体である――熱を帯びた股間に目を向けた。


(私……空くんと、ひとつになりたい……)


どきりと心臓が跳ねたその時、部屋のドアがガチャリと開き、バスタオルで濡れた髪を拭きながら空が戻ってきた。


「蜜柑、お待たせ。お風呂、空いたよ」

「う、うん。じゃあ俺も入ってくるね」


蜜柑は膨らみを隠すように慌てて立ち上がると、ベッドから着替えをひったくるように拾い上げ、逃げるように部屋を後にした。

それから三十分ほどして、火照った体を冷ましながら蜜柑が戻ってくると、部屋のテーブルには湯気を立てるティーポットと紅茶、そしていかにも美味しそうなチョコレート菓子がいくつか並べられていた。


「そのお菓子、どうしたの?」

「冷蔵庫を覗いたら入ってたから、内緒で少し持ってきちゃった」


茶目っ気たっぷりに笑う空に、蜜柑は少しだけ不安げな表情を浮かべた。


「本当に大丈夫なの? 勝手に食べちゃって……」

「まあ、箱も開いてたし、海姉あたりがすでに何個か摘まんだ後みたいだったから大丈夫でしょ」


空が屈託なく言い切ると、蜜柑の不安そうな曇り空もようやく晴れ、二人のささやかな夜のお茶会が幕を開けた。

空がティーポットにゆっくりとお湯を注ぐと、ベルガモットの華やかな香りがふわりと室内に立ち込める。蜜柑はその香りを深く吸い込み、相好を崩した。


「うーん、いい香り……」

「よかった。アールグレイは香りが強いから苦手な人もいるって聞いて、一応ダージリンも用意しておいたんだけど……」

「ううん。俺、紅茶の中ではアールグレイが一番好きだから、嬉しいよ」


空は「よかった」と安堵の微笑みを浮かべながら、優雅にティーカップを傾ける。蜜柑もまた、琥珀色の液体を喉に滑らせると、皿に並べられた例のチョコ菓子を一つ摘んで口へと運んだ。


「……ん? これ、なんだか少し変わった味がするね」

「えっ、そうなの?」


釣られるようにして、空も一粒口に放り込む。

「確かに、独特な風味だね。決して不味いわけじゃないんだけど……今まで食べたことのないような、不思議な刺激があるというか……」

「まあ、美味しいことには変わりないし、いっか」


蜜柑は、その不思議な後味を確かめるように、また一粒チョコを指で摘んで口へと放り込んだ。部屋の温度が心なしか上がったような気がして、ふわりと上気した頬を撫でる。


「空くん。俺の身体と入れ替わってもうすぐ三ヶ月になるだろ。……正直、これまでどうだった?」

「うーん……。生理の時は血がたくさん出るし、お腹も重く痛くなって大変なんだけど。それ以外の日も、なんだか理由もなく気持ちが沈んだりして、女の子の身体って繊細なんだなって実感してるよ」


空が困ったような苦笑いを浮かべると、蜜柑もどこか熱を帯びた瞳で彼を見つめ返した。


「私も、生理が始まってから一年位しか経験がないけど……。常にアソコが湿っているような感覚は不快だし、胸が張ってチクチク痛むのも、結構ストレスだよね」

「……そういう蜜柑の方はどうなの? 生理はなくても、その……男の子の身体特有の、色々があるだろ?」


空の問いに、蜜柑は耳まで真っ赤にしながら、消え入るような声で「うん……」と頷いた。


「自分ではどうしようもない時に、急にアレが大きくなったりするし……。この前なんて、その、どうしてもエッチな気分が治まらなくなっちゃって、我慢できずに自分でしたこともあって……」


あまりに生々しい告白に、空は顔を真っ赤にして、逃げるように視線を落として俯いてしまう。


「空くん……ないの? その……自分でしちゃうこと」


蜜柑の震える声が、静まり返った部屋に湿り気を帯びて響く。空はしばらく唇を戦慄かせて沈黙を守っていたが、やがて熱い吐息とともに、堰を切ったように言葉が溢れ出した。


「……私だって、あるよ。気づくと、蜜柑のこの身体が……熱く濡れていて。どうしても、自分を愛撫せずにはいられなくなって……。ごめん、蜜柑の身体なのに、勝手にそんなこと……っ」


空はきつく目を閉じ、自らの口から漏れたあまりの羞恥に耐えるように肩を震わせた。そんな空の様子を、蜜柑はうっとりとした、どこか熱に浮かされたような瞳で見つめ、ゆっくりと顔を近づけていく。


「蜜柑……今も、そうなの。触らなくてもわかるくらい、そこが……びちょびちょに濡れてるんだ。おっぱいも、服が擦れるだけで痛いくらいに硬くなってて……その……」

「空くん。実は俺も……」


蜜柑のトロリとした視線が空を射抜き、鼻先が触れ合うほどの距離から熱い吐息が吹きかかる。


「こんなに……我慢できないんだ」


**********自主規制**************

 全年齢対象のため省略

************************************


二人はこの日初めて身体を重ね、お互いが求め求められ日付が変わるまで交わり続けた。


翌朝、空が目を覚ますと、すぐ側から穏やかで規則正しい寝息が聞こえてきた。その響きには、昨日まで感じていた奇妙なズレがない。あまりの「違和感のなさ」に戸惑いながら瞼を持ち上げると、そこには安らかな寝顔の蜜柑がいた。


「――っ!!!」


空は弾かれたように起き上がり、確かめるように恐る恐る左手を胸に、右手を股間へと滑らせた。


「――無い! ……あるッ!」


その叫び声に、蜜柑も薄目を開けて声の主へと顔を向けた。


「空くん……どうしたのぉ……?」


寝ぼけ眼で発した自分の声――その凛とした高さに、蜜柑の意識は一瞬で覚醒した。慌てて喉元に触れるが、昨日まであった喉仏の突起はどこにもない。彼女もまた、空と同じように己の身体を確認する。


「――ある! ……無いッ!」


二人は全裸のままベッドに横になったまま固まり、大きく見開いた目を合わせた。


「「……戻ってる」」

「……よな?」

「……よねっ!?」


次の瞬間、二人はなりふり構わず抱き合い、歓喜の声を上げた。ひとしきりその奇跡を噛み締めると、ようやく落ち着きを取り戻し、額を寄せ合って静かに笑い出した。


「……とりあえず、高校の入学式前に戻れて本当に良かった」

「うん。私、もう一生空くんの身体で、男の子として生きていく覚悟を決めかけてたよ」

「私もだよ……。あっ」


無意識に出た「女子らしい口調」に慌てて口を押さえる。染み付いた習慣は、身体が戻ってもすぐには抜けないらしい。


「……とにかく、着替えて母さんたちに報告に行こう」

「うん、そうだね」


蜜柑はそう言って、ベッドの縁に腰をかけて立ち上がった。

――その時だった。

彼女の太腿を伝って、血液の混じった白濁した液体が、ボタボタと床に流れ落ちた。その生々しい光景を目にした瞬間、先ほどまでの歓喜は霧散し、二人の顔から一気に血の気が引いていく。


「蜜柑……昨日、その……ゴムは?」

「し、してない……」


蜜柑はその場に立ち尽くし、床に広がる体液を見つめながら、ボロボロと涙をこぼし始めた。


「ど、どうしよう……。私たち、昨日……夜中までずっと、何度も……」

「……ああ」


空は震える手でスマホを掴み、検索エンジンに指を走らせる。


「一回の性交で妊娠する確率は……」

「空くん。私たち、一回どころじゃないよね……?」

「……ご、五回くらいか?」


スマホを持つ空の手が目に見えて震え出す。


「と、とりあえず、海姉に相談しよう」


蜜柑は涙を拭いながら、力なく頷いた。空は脱ぎ捨ててあったTシャツと短パンを急いで履き、隣の海の部屋をノックして飛び込んだが、そこに姉の姿はなかった。


「……キッチンか!」


階段を駆け下り、キッチンのドアを乱暴に開くと、そこには朝の支度をする紗季と海がいた。


「あら、蜜柑ちゃん。おはよう」

「どうしたの、そんなに慌てて。ふふっ、またお布団汚しちゃった?」


海の揶揄うような笑みを無視して、空は必死に声を絞り出す。


「母さん、海姉……っ!」


その切迫した声と表情に、二人は顔を見合わせて真顔になった。空を凝視し、確信を持って問いかける。


「……もしかして、空?」

「戻ったの?」


「……ああ」と短く答えると、空はすぐさま事の次第を打ち明けた。

三人が空の部屋に移動すると、下着姿の蜜柑がベッドの縁で肩を落とし、泣き崩れていた。


「お母さん、海さん……私、どうしたら……っ」


二人の顔を見た途端、蜜柑は両手で顔を覆い、声を上げて泣き出してしまった。海は優しくその肩を抱き寄せる。


「大丈夫、蜜柑ちゃん。落ち着いて」

「……とりあえず、有馬先生に連絡してアフターピルを処方してもらわないとね」


紗季は迷いのない手つきでスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

数分後、電話を終えた紗季は穏やかな微笑みを蜜柑に向けた。


「蜜柑ちゃん、今から病院に行きましょう。空、お兄ちゃんを起こして車を出してくれるよう頼んできて!」


空が部屋を飛び出すと、海はテッシュを数枚引き抜き、床に落ちた二人の営みの痕跡を静かに拭き取り始めた。


「まあ、昨日二人が盛り上がってたのは知ってたけど、まさかこんなことになってるなんてねぇ……」


自分の体内から溢れたものを海に始末させている羞恥に、蜜柑は顔を赤く染めながら、震える手で着替えを始めた。床を拭き終えた海がゴミ箱にティッシュを捨てると、ふとテーブルに残された菓子の包み紙が目に留まった。


「……ねえ、蜜柑ちゃん。もしかして昨日、冷蔵庫にあったチョコレート、食べた?」


その問いかけに、蜜柑の胸に不安がよぎる。


「は、はい。空くんが持ってきてくれて、二人でいくつか食べましたけど……。やっぱり、食べちゃいけないものだったんですか?」


海は大きなため息を吐き、腕を組んだ。


「そういうことね。二人とも初めてなのに、そんな何度もするなんておかしいと思ったのよ」

「どういうことよ、海」


紗季の問いに、海は納得したように呟く。


「実はあれ……媚薬入りなの。興奮しやすくなって、全身の感度がキレッキレになるやつ」

「あんた、なんでそんなもの買ったのよ……」


母の呆れ顔に、海は少し気まずそうに視線を逸らした。


「……好奇心よ。自分で試してみたいってのもあったし。でも、里絵さんにせがまれていくつか分けてあげたから、もう箱は開いてたはずだけど」


海は蜜柑に視線を向けると小さく微笑んだ。


「感想を聞く約束であげたんだけど……あんたたちを見てたら、効果は絶大だったみたいね」


そう言ってニヤリと微笑む海に、蜜柑は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。そこへ、空が息を切らして戻ってくる。


「海姉! 陸兄がすぐに車出すから、玄関で待っててって!」

「じゃあ、海。二人について行ってあげて」

「えっ? お母さんは?」

「これからお父さんと出張で九州まで行かなきゃいけないのよ。お土産買ってくるから、あとはよろしくね!」


紗季は嵐のように去っていき、海は呆れながらも空を指差した。


「空、あんたも早く着替えなさい。シーツもかなり汚れてるから、洗濯機に放り込んでおくこと!」


三人は陸の運転する車に乗り込み、有馬病院へと向かった。不安でいっぱいの蜜柑の頭を、隣に座る海がそっと撫でる。


「大丈夫よ、蜜柑ちゃん。アフターピルは避妊に失敗した時の緊急避妊薬。七十二時間以内に飲めば、高い確率で妊娠を回避できるわ。近いうちドラッグストアでも買えるようになるらしいけど、今はまだ病院で処方してもらわなきゃいけないから……」


海のその言葉に蜜柑の表情が少し穏やかになる。


「……ところでここにいる私以外はみんなあのチョコ食べたわけよね。食べてみた感想聞かせてくれないかしら」


不意の問いに、空と蜜柑は顔を見合わせて赤面し、沈黙した。すると、運転席から陸の野太い声が響く。


「俺は里絵から効果を聞いた上で食べたけど、あれはマジで凄かったな。全身が性感帯になるっていうか、夢中になりすぎて朝方までしっぱなしだったよ」

「ちょっと、陸兄! なんでそんなあっけらかんと言えるんだよ!」


空が抗議する横で、海はゴクリと喉を鳴らし、蜜柑は顔を覆った。


「でもまあ、若いうちには刺激が強すぎるな。感度が鈍った高齢者ならともかく、俺たちの世代じゃ持て余すよ」

「なるほどねぇ……」


海が妙に納得して頷く中、彼女はさらに空へ追い打ちをかける。


「女の子側の感想も欲しいわね。空、どうだったの?」


空は隣の蜜柑をチラリと見て、諦めたように溜息をついた。


「……最初に入ってきた時は痛かったけど、すぐに気持ちよさが勝っちゃって。陸兄の言う通り、どこを触られても……すごかった。というか、普通がどうなのか知らないから、比較しようがないけどさ」

「そう。それは買ったかいあるわね」


海はそう言ってニヤリと口元を緩める。


有馬病院の駐車場に到着すると陸の車から、三人は足早に降り立った。朝の清々しい空気が、昨夜の熱情の名残を孕んだ空と蜜柑には、かえって気恥ずかしく感じられた。

受付を済ませ、静まり返った待合室で肩を並べて座る。蜜柑は所在なげに自分の膝を見つめ、空はそんな彼女の震える指先を、大きな自分の手でそっと包み込んだ。


「大丈夫だ。海姉も言ってたろ、すぐに飲めば大丈夫だって」

「……うん。でも、ごめんね。私がもっとしっかりしていれば……」

「俺も全くその意識がなかったし、そもそもあのチョコを持ってきたのも俺だ。謝るのは俺の方だよ」


小声で交わされる二人のやり取りを、少し離れた席で雑誌をめくりながら海が薄く笑って見守っていた。


「早見さん、中へどうぞ」


看護師に呼ばれ、二人は診察室へと足を踏み入れた。デスクの向こうには、家族ぐるみの付き合いである有馬先生が、眼鏡の奥の瞳を和らげながら座っていた。


「話は紗季さんから聞いているよ。

蜜柑さん、不安だったね。これがアフターピル――緊急避妊薬だ。今ここで一錠服用してもらう。副作用で少し吐き気が出るかもしれないが、一時的なものだから心配いらないよ」


差し出された一杯の水と、小さな白い錠剤。蜜柑はそれを、祈るような心地で飲み下した。たった一粒の薬が、自分たちの過ちを拭い去ってくれる。喉を通る冷たい水の感触とともに、胸を締め付けていた重苦しい不安が、少しずつ解けていくのを感じた。

会計を終え、再び陸の車に乗り込む頃には、蜜柑の頬にもようやく赤みが戻っていた。


「さて、とりあえず一件落着だな。腹減ったろ? 帰りにどこか寄るか」


陸の呑気な提案に、空が即座に反応する。


「いや、いい。……今日はもう、家でゆっくりしたい」

「そうね。蜜柑ちゃんも疲れただろうし、私が特製のお粥でも作ってあげるからゆっくり休みなさい」


海が優しく蜜柑の肩を抱く。車窓を流れる景色は、三ヶ月間見慣れたはずの街並みなのに、自分たちが本来の姿に戻ったせいか、どこか新しく、輝いて見えた。


(そういえばシンくんと瑠奈さんにも報告しとかないとな)


空は窓の外に目を向けながら小さく微笑んだ。



翌日――。

嵐のような騒動から一晩が明け、空はようやく自分自身の輪郭を取り戻したような感覚に浸っていた。しかし、蜜柑は昨日服用した緊急避妊薬の副作用に苦しめられていた。ひどい吐き気と倦怠感に襲われ、今は海の部屋で静かに横になっている。

空は、本来の姿に戻ったことを報告しようと、忍の携帯を鳴らした。


「もしもし、シンくん?」

『……ああ、その声。空、お前元に戻ったのか!』

「昨日の朝にな。……色々あって連絡が遅れたよ」

『なんだよ、水臭いな。もっと早く教えろよ』

「わりぃ……。ちょっと、すこし話があってさ。今から会えないか?」

『ああ、構わないぜ。ちょうど今、瑠奈さんと買い物中なんだ』

「瑠奈さんも一緒か。なら好都合だ。うちの近くの喫茶店で待ち合わせようぜ」


そして以前蜜柑と忍とで訪れた、あのレトロな喫茶店で落ち合うことにした。空は財布とスマホをポケットに放り込むと、隣の部屋で休む蜜柑に声をかける。


「蜜柑、具合はどうだ?」


入口から顔を出すと、蜜柑は青白い顔のまま、力なく視線を向けた。


「う、うん……。まだ吐き気が酷くて。それに、生理みたいな出血もあって、体がすごく重だるいの……」

「そうか、無理すんなよ。ゆっくり休んでな。俺、ちょっとシンくんに会ってくるから。何か食べたいものがあったら、後でラインに入れといてくれ」


空は優しく声をかけて部屋を後にし、リビングでスマホを弄っていた海に留守を頼んで家を出た。

外は春の柔らかな光に満ち、住宅街の庭先には芽吹いたばかりの若葉が鮮やかに揺れている。三ヶ月間、女子の制服越しに見ていた景色とは、心なしか見え方が違っていた。

やがて、落ち着いた佇まいの喫茶店の扉を開くと、カランと乾いたドアベルの音が響き、カウンターの店主が顔を上げた。


「おや、空くん。いらっしゃい」

「こんにちは、マスター。ご無沙汰してます」


店主は眼鏡の奥で目を細め、成長した空の姿をまじまじと見つめた。


「そういえば、空くんも春からは高校生だったかな?」

「ええ。四月から、来栖川高校に通うことになりました」

「ほう! さすがは紗季さんの息子さんだ。将来が楽しみだね」


そんなやり取りを交わしながら、空はいつものお気に入りである一番奥のボックス席に腰を下ろした。


「マスター、ブレンドを一つお願いします」


注文を終えた空は、窓の外を流れる穏やかな風景を横目にスマホを取り出し、待ち合わせ場所に到着した旨を忍へと送信した。


十五分ほどして、カランと乾いたドアベルの音が響いた。紙袋をいくつか抱えた忍と瑠奈が、窓際の席に座る空を見つけて親しげに手を振りながら近づいてくる。


「よっ、空。待たせたか?」

「空さん、お久しぶりです。本当に元に戻ったんですね」


二人は買い物の荷物をテーブルの下に滑り込ませると、空の対面にあるソファ席へ、期待と安堵の入り混じった表情で並んで腰を下ろした。


「……あれ? そういえば蒼井はどうしたんだ? 今日は一緒じゃないのか」


忍は、いつもなら空の隣にいるはずの「彼女」の不在に、不思議そうに視線を泳がせた。


「ああ……ちょっと、いろいろあってさ。今は体調を崩して、海姉の部屋で横になってるんだ」

「だから家じゃなくて、ここで待ち合わせにしたのか。瑠奈さんと『なんで空の家じゃないんだろうな』って話してたんだよ」

「それで、蜜柑ちゃんは大丈夫なの? 何か悪い病気とかじゃなければいいけれど……」


瑠奈が心底心配そうに眉をひぜめる。その真っ直ぐな瞳に、空はなんとも言えない複雑な苦笑いを浮かべるしかなかった。

ちょうどその時、マスターがトレイを運んできて、空の前に芳醇な香りのブレンドコーヒーを置いた。


「二人は何にする? 今日は奢るよ。好きなもん頼んでくれ」


空の太っ腹な提案に、忍はレモンティーとフレンチトースト、瑠奈はホットココアとミルフィーユを注文した。


「……で、本題だけどさ。蒼井は一体どうしたんだよ」


忍が改めて身を乗り出して問いかける。空はコーヒーカップの縁を見つめたまま、言葉を選び、喉を詰まらせるようにして話し始めた。

自分たちが本来の姿に戻った、あの奇跡のような朝のこと。そして、その前夜に起きた「間違い」と、そこに至るまでの……あまりにもセンシティブで情熱的な経緯。

空が、言い淀み、顔を真っ赤にしながらも事実を打ち明けていくにつれ、忍と瑠奈の表情からは余裕が消えていった。

二人はフォークを動かす手も止まり、顔をこれ以上ないほど林檎のように赤く染め、互いに目を合わせることもできずに視線を猛烈な勢いで泳がせている。店内の穏やかなBGMが遠く感じるほど、三人が囲むテーブルの上には、若すぎる過ちと熱情の残り香が、あまりに生々しく漂っていた。


「な、なんかすげぇな、というか……。もう、それしか言いようがねぇよ」

「ほ、本当に。中学生カップルの初体験なんてレベルの話じゃないわね……」


二人はあまりの衝撃に言葉を失い、小刻みに震える手でカップを掴むと、熱い飲み物を一気に流し込んだ。


「まあな。俺だって、人生最初の経験を『女子』として迎えるなんて、夢にも思ってなかったよ」


空はどこか遠くを見つめるような目で、窓の外に広がる穏やかな春の景色を眺めた。その横顔に漂う、どこか達観したような、それでいて色濃い熱情の名残を感じさせる空気に、忍と瑠奈は思わずゴクリと喉を鳴らす。


「……こんなこと聞くのも、どうかと思うんだけど。空さん、その……『あっち側』として経験してみて、実際どうだったの?」

「る、瑠奈さん……っ!?」


瑠奈から飛び出したあまりに直球な質問に、忍は目を白黒させて彼女を凝視した。発言した当の瑠奈も、自分が口にした言葉の生々しさに後から気づいたのか、瞬く間に顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。


「ご、ごめんなさい! 私、なんてことを……っ」


消え入りそうな声で謝る瑠奈に対し、空は少し決まり悪そうに後頭部を掻きながら、テーブルの上のコーヒーカップへと視線を落とした。


「まあ……海姉のあのチョコのせいもあるんだろうけど。痛かったのは、本当に最初の一瞬だけだったよ。あとは、その……ずっと……」


空はその先に続く甘美で過剰な快感の記憶を、言葉にする羞恥に耐えきれず、唇を噛んで言葉を濁した。


「と、とにかくさ。俺から言えるアドバイスはその場の雰囲気に流されて、そのまま突き進むのだけは……絶対に、お勧めしないよ」


空の重苦しい忠告を受け、忍と瑠奈は言葉もなく深く頷くしかなかった。数十秒間の沈黙が店内に流れる穏やかなジャズの音色に溶けていく。やがて、忍がわざとらしく大きな咳払いをして、重苦しい空気を切り裂いた。


「……ま、まあ! とにかく空も蒼井も、入学式前に元の身体に戻れて本当に良かったじゃないか。俺はお前の意識が入った蒼井も気に入っていたんだけどな」

「なんだよそれ。シンくんに好意を向けられても応えてやれねぇよ」

「いや、つか、そんなつもりは毛頭無いよ」


そんな二人の会話に瑠奈は優しい微笑みを浮かべて眺めていた。


「それよりほら、俺たちもそろそろ高校の準備しねーとな。空、制服とかはもう届いたのか?」

「ああ、少し前に届いたよ」


空が照れくさそうに頬を緩めると、瑠奈もようやく顔を上げて、会話に混じってきた。


「空さんと蜜柑ちゃんは、来栖川高校でしたよね。お二人揃って同じ学校に通えることになって、本当に良かったです」

「うん。いつ身体が元に戻るかわからなかったからさ。もしもの時のために、全部蜜柑の志望校に合わせて受験したんだ」

「そういえば、空の本来の志望校は男子校だったもんなぁ。……にしても、俺と同じくらいの成績だった蒼井が、あの進学校の来栖川に受かるなんて、正直驚いたぜ」


忍の言葉に、空はどこか誇らしげな、慈しむような眼差しでコーヒーカップを口に運んだ。


「まあな。今年に入ってからの蜜柑の集中力は、隣で見ていて凄まじかったよ。たった一ヶ月で偏差値を十以上も叩き上げたんだ。……あいつ、本当によく頑張ったと思う」


空の述懐を聞き、忍は「ふぅ」と大きなため息を吐き出した。


「参ったな。俺も負けてらんねーよ。大学はいいところに行けるよう、高校に入ったら死ぬ気で頑張るわ」


そう宣言して、忍はレモンティーを啜る。そんな忍の様子を眺めながら、空はふと思い当たったように言葉を繋いだ。


「……ところでさ。シンくんと瑠奈さんって、よく二人で出かけるの?」


不意の問いに、二人は弾かれたように目を丸くし、互いの顔を見合わせた。


「ま、まあ……月に二、三度くらい、かな……」

「そうだね……電話はよくしてるけど」


急に緊張感を漂わせ始めた二人に、空はニヨニヨとした笑みを浮かべて「へぇ」と相槌を打つ。


「それにしても、月に二、三度も街に買い物行くなんて結構な頻度だね?」

「ううん。お買い物は、今日で二度目くらいだよ」

「えっ? じゃあ、他は何をしてるの」


空が驚いて身を乗り出す。


「あとは……映画を観に行ったり、水族館へ行ったりとか」

「この前は、瑠奈さんの家で一緒に夕飯を食べたね」


そう言って二人は、ごく自然に顔を見合わせて頷き合った。

「んんっ……?」

空は眉間に皺を寄せ、上目遣いで天井を仰いだ。二人の間に流れる空気は、明らかに以前よりも親密で、特別な熱を帯びているように感じる。


「ねえ……それって、客観的に見て『デート』って言うんじゃないの?」


空が二人の顔を覗き込むようにして茶化すと、二人は同時に顔を火照らせた。


「「――っ!! ち、違うっ!」」

「そういうんじゃないから! 」


忍が顔を真っ赤にして力説する。


「しーっ!! 二人とも、喫茶店で騒いだら他のお客さんに迷惑だろ……」


空に窘められて二人が口を噤むと、空は満足げに「ニヤニヤ」とした笑みを深めた。


「とにかく、二人がそれほど仲良くなったのは嬉しいよ」


空が「うんうん」と深く頷くと、忍は真顔になってテーブルに身を乗り出してきた。


「いや、マジでそういうんじゃないんだって。友達同士で映画や買い物に行くなんて、よくあることだろ?」


空は呆れたように大きなため息を吐く。


「……なんか、前にもこんな会話をした覚えがあるな」


空が小さく呟くと、二人の頭上には「?」マークが浮かんだ。


「確かに、友達と遊びに行くことはあるだろうけどさ。シンくんは今まで『異性の友達』と二人きりで映画や買い物に行ったことがあるのか?」

「それは……彩乃と行ったことがあるな」

「それはお前ら、当時から両想いだったんだろ! それこそ完全にデートだよ!」


瑠奈は、空と忍の丁々発止のやり取りを眺めながら、力なく苦笑いを浮かべた。


「だいたいさ、一人暮らしをしている異性の部屋に行くってことは、それだけ親密な関係だって証明してるようなもんだろ」


空が核心を突くと、テーブルの上に置かれた彼のスマホが「ブルル」と短く震えた。画面を横目で覗くと、蜜柑から「アイス食べたい」という短いメッセージが届いている。

空は小さく息を吐き、口元を緩めた。


「まあ、二人の関係に口を挟む気はないけどさ。……俺たちみたいな手痛い失敗だけはするなよ」


冗談めかした、けれど実体験に裏打ちされた空の忠告に、二人は顔を真っ赤に染め、忍は「し、しねーよ!」と勢いよく返した。……と、空が唐突に立ち上がる。


「じゃあ俺、蜜柑にアイス買って帰らなきゃいけないから、先に行くわ。さっき言った通り、今日の分は俺の奢りだから、二人でゆっくり楽しんでくれよ」

「空さん、ご馳走様です。蜜柑ちゃん、お大事に……」


空は瑠奈に微笑み伝票を手にレジへと数歩踏み出したとき、空は思い出したように足を止めて振り返った。


「そうだ。学校生活が落ち着いたら、今度は蜜柑も入れて四人でダブルデートしようぜ。帰って蜜柑に二人の『進展』を話すのが、今から楽しみだよ」


悪戯っぽく笑い、空は嵐のように店を去っていった。

残された忍と瑠奈は、その背中を見送ると、示し合わせたように「ふぅーっ……」と深く大きなため息を吐き出した。


「まったく……あいつ、身体が戻った途端に調子に乗りやがって……」


忍がぼやくように呟くと、瑠奈は赤らんだ頬を両手で押さえながら、困ったように視線を落とした。


「でも……空さん、本当に幸せそうだったね」

「まあな。いろんな修羅場をくぐり抜けて、ようやく手にした平穏なんだろうし」


忍はレモンティーの残りを一気に飲み干すと、ふと我に返ったように瑠奈を見た。


「……ねぇ、瑠奈さん。さっき空が言ってたことだけど……俺、瑠奈さんの部屋にお邪魔したの、迷惑じゃなかったか?」


不器用な問いかけに、瑠奈は一瞬驚いたように目を見開き、やがて花が綻ぶような笑みを浮かべた。


「迷惑なわけないじゃない。……むしろ、忍くんが来てくれない日は、少し部屋が広く感じるくらいだよ」


その言葉の響きに含まれた体温に、忍の心臓がドクンと跳ねた。空に指摘されるまで、どこか「親友の代理」のような気持ちで接していた部分があったのかもしれない。けれど、目の前で恥ずかしそうに、しかし真っ直ぐに自分を見つめる少女は、間違いなく自分自身の意志でここにいるのだ。


「……じゃあ、今度は買い物じゃなくて本当にその……デートしない?」


忍が意を決して誘うと、瑠奈は嬉しそうに頷いた。窓の外、街を彩る桜の蕾が、二人の関係を祝福するように、今にも咲き誇ろうとしていた。



「……ふぅ、ただいま」


空は玄関を上がると、リビングへと足を向けた。そこには出かける前と変わらぬ様子で、ソファに身を預けながら熱心にスマホを操作している海の姿があった。


「海姉、蜜柑はまだ寝てるのか?」

「ええ、こっちには一度も顔を出してないわよ。……それよりあんた、どこまで行ってたの?」


海はスマホを放り出すと、探るような視線を空へと向けた。


「そこの喫茶店だよ。シンくんと会ってたんだ。ちょうど瑠奈さんも一緒にいたから、身体が元に戻ったことをまとめて報告してきた」

「へぇ……あの二人、いつの間にかそんなに親しくなってたのね」


海は何かを察したように、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。


「みたいだな。まだ付き合ってるって明言はしてなかったけど、それも時間の問題って感じだったよ。……あ、そうだ。蜜柑がアイスを食べたいって言うから買ってきたんだけど、海姉も食べるか?」

「うーん、私はいいかな。それより、蜜柑ちゃんにアイスを渡したら、ちょっと私と出かけない?」

「えっ? 別にいいけど……どこへ?」


空が怪訝そうに問い返したが、海は「まあ、いいから」とはぐらかすばかりだ。空はそれ以上の追及を諦め、蜜柑が休んでいる二階の海の部屋へと階段を上がっていった。


――コンコン。

軽くノックしてからドアを開けると、ベッドの上で横になりながらスマホを弄っている蜜柑の姿が目に飛び込んできた。


「あ、空くん。おかえりなさい」


蜜柑はスマホを置き、ふわりと顔を上げた。


「ただいま。蜜柑、具合はどうだ? ほら、頼まれてたアイス、買ってきたぞ」


空はアイスの入ったコンビニ袋を少し持ち上げて見せた。


「わあ、ありがとう! ……体はまだ少し重だるいけど、吐き気はだいぶ治まってきたみたい」

「そっか。もうお昼も過ぎたけど、何か口に入れられそうか?」


空の気遣いに、蜜柑は少し首を傾げて困ったような苦笑いを浮かべた。


「うーん、固形物はまだちょっといいかな……」

「そうか、無理すんなよ」


そう言って蜜柑は袋の中からカップアイスを一つ取り出すと、ベッド脇のテーブルに置いた。


「……それで、忍くんとは会えた? 何か言ってたかな」


蜜柑に促され、空は忍と瑠奈が二人揃って現れたこと、元の姿に戻ったことを自分のことのように喜んでくれたこと、そして何より、あの二人の間に漂っていた「いい雰囲気」について語り聞かせた。


「なんかいいね。あの二人お似合いだし……」

「ああ。彩乃ちゃんのことから、シンくんずっと落ち込んでたからな。これで元気になってくれるといいんだけど……」


そう言うと空はドアの方に体を向けた。


「ん? またどっか行くの?」


蜜柑は不思議そうに問いかけて来た。


「いやさっき海姉にいわれてさ。どこ行くのかわかんないけど、ちょっと出かけてくるよ。残りのアイス冷凍庫に入れとくから適当に食べて」

「うん。気をつけてね」


空は部屋を出ると海の待つリビングへとやって来た。空が顔を見せると、すでに出かける準備を終えた海がソファから立ち上がり、バッグを肩にかけた。


「じゃあ、行きましょうか」


海はそう言って、含みのある微笑を空に向けた。

二人が揃って玄関を跨ぐと、海は迷いのない足取りで先へと歩き出す。空はその隣で、心なしか軽くなった自分の身体の歩幅を合わせながら進んだ。向かう先は、見慣れた最寄り駅の方角だった。


「……電車に乗るのか?」

「ええ。二駅ほどだけどね」


未だに行き先を告げられぬまま歩みを進め、駅のロータリーに差し掛かった時のことだ。改札の手前に、どこか見覚えのある男女の後ろ姿があった。二人は親密そうに、しっかりと手を繋いで立っている。

空と海は顔を見合わせ、悪戯っぽい笑みを浮かべると、音もなく背後から近づき、その肩を同時にポンと叩いた。


「「――っ!!!」」


弾かれたように振り返る二人。

それは、ついさきほど喫茶店で別れたばかりの忍と瑠奈だった。


「そ、空! それに海姉ちゃん!?」

「空さん、海さんっ!? どうしてここに……」


上擦った声を上げると同時に、二人は反射的に繋いでいた手を離した。人混みを避けるように隅へ移動すると、真っ赤な顔をして空と海に向き直る。


「空さん、さっきはご馳走様でした」


丁寧にお辞儀をする瑠奈の横で、忍は狐につままれたような顔で空と海を交互に見つめていた。


「……にしても、お前と海姉ちゃんが揃ってこんな所にいるなんて珍しいな。どこか出かけるのか?」


忍の問いに、空は困り果てたような顔で肩をすくめた。


「それがさ、俺も行き先を教えてもらってないんだよ」


空がぼやく隣で、海は機嫌良さそうにクスクスと喉を鳴らしている。


「それより、忍くんたちはこれからどこへ? またお買い物かしら」

「あ、いや……瑠奈さんのアパートだよ。荷物も多いし、送っていくんだ」


忍が照れくさそうに答えると、海は細めた瞳に艶やかな色を浮かべ、口元を緩めた。


「いいわね。でも、君たちは空たちみたいに『うっかり』しちゃダメよ?」


その直球すぎる一言に、三人の顔は一瞬で沸騰したように熱くなった。


「ちょっと、海姉っ!」


空が慌てて制止するが、海はケラケラと楽しそうに笑いながら、瑠奈の耳元へ顔を寄せた。そして、周囲には聞こえない秘めやかな声で何かを囁くと、瑠奈の顔は耳の付け根まで猛烈な勢いで赤く染まった。その反応に満足した海は、春の陽光のような満面の笑みを浮かべた。

改札を抜けた後、忍たちと別れて別のホームへと向かう。


「なあ、海姉。さっき瑠奈さんに何を言ったんだんだよ」


あまりのうろたえようが気になった空は、隣を歩く海に問いかけた。


「別に、大したことじゃないわよ。……ちょっとした『エール』を贈っただけ」


そして海はいきものがたりの『YELL』を口ずさみながら、ホームの方へと足を進めていく。


やけにテンションが高く、あまりに上機嫌な海にそこはかとない不安を感じつつも、空は黙って彼女の後に続いた。二人は電車に揺られ、二駅先で下車して改札を抜ける。


「空、左手出して」


唐突な要求に反射的に手を差し出すと、海はその手をガシリと力強く握りしめた。


「ふぇ?」


呆気にとられる空をよそに、海はニコリと艶やかな微笑みを浮かべ、指と指を深く絡ませる。いわゆる「恋人繋ぎ」だ。


「こっからは、こうして行こう」


海は駅を出てからも終始楽しそうに歩みを運ぶ。十分ほど歩いたところで、彼女の足がピタリと止まった。


「ん? 着いたのか?」


空が顔を上げると、そこには赤レンガ造りの、異様な威圧感を放つ洋館がそびえ立っていた。


「こ、これは……」


あまりのインパクトに言葉を失う空。入り口に掲げられた看板には『Hotel紅魔館』の文字。


「ラ、ラブホテル……?」


呆然とする空を促すように、海は彼の手を引いて中へと入り、とある一室へと辿り着いた。「朱」を基調とした扇情的なインテリア、ガラス張りの浴室は妖しいピンクにライトアップされ、色とりどりのレーザーが空間を交差している。


「う、海姉……どうしてこんなところに……」

「前に約束したでしょ? 蜜柑ちゃんと初体験を済ませたら、私ともスるって……」


海は空の背後から回り込み、両腕を彼の肩に回して密着すると、耳元で熱く囁いた。


「でも、なんでわざわざホテルなんだよ」

「それは蜜柑ちゃんへの配慮よ。いくら了承済みだって、自分の彼氏が他の女とシてる声なんて聞きたくないでしょ? この前だって、あんたたちの声、丸聞こえだったんだから……」


空は「うっ!」と言葉に詰まり、羞恥に顔を伏せた。


「お母さんたちの部屋も考えたんだけど、私、初めてだからお布団を汚しちゃいけないと思って。さっきネットで良さそうなところを探してたのよ」


リビングで海が真剣にスマホを眺めていた姿を思い出し、空はようやく合点がいった。


「でも俺、男としてはまだ未経験だし……」

「蜜柑ちゃんとシた事実に変わりはないわ。それに私、ちょうど今、排卵期で妊娠しやすいのよ」


空が反論の言葉を探していると、海は彼の頭を抱き寄せるようにして唇を重ね、強引に舌を絡めてきた。それは、溶けるように濃厚で甘いキス。


(本当に、甘い……)


その甘美さに酔いしれ、快楽に身を任せていると、徐々に全身に熱い火が灯るような感覚に襲われた。


「う、海姉……さっきの、もしかして……」

「この前あんたたちが食べたチョコレートよ。空も『男の子として』は初めてなんでしょ? 初めて同士、目一杯楽しみましょうよ」

「楽しむって……海姉は、ただ子供が欲しいだけなんだろ?」


空が拗ねたように言うと、海は「ふふっ」と妖艶に微笑んだ。


「確かに彼氏や旦那は要らないって言ったけど、男に興味がないとも、性欲がないとも言ってないわよ」


海は再び、チョコレートを口移しで空の口内へと押し込んできた。強引な仕草に翻弄されながらも、魅惑的な感覚に抗えず、空もまた海の唇を貪るように求めた。

二人が唇を離したとき、口の周りはチョコで汚れ、その滑稽な姿に顔を見合わせて「ぷっ!」と吹き出した。


「空、その顔……子供みたい」

「海姉こそ……」


束の間の笑い声が止むと、不意に真顔になった海が空の手を強く握った。


「ねぇ、一緒にお風呂に入ろう」


浴室の前で、二人は迷いなく衣類を脱ぎ捨て、全裸でピンクの光が渦巻く中へと足を踏み入れた。浴槽に注がれるお湯、バブルボムの泡にレーザーが反射して七色に輝く光景は、大人になりかけの二人の高揚感を煽る。

シャワーの下で互いの身体を洗い流した後、空が先に浴槽に入り、海がその膝の間に抱っこされるようにして収まった。


「ふふっ、空と一緒にお風呂なんて、小学生の時以来じゃない?」

「そうかもな。もう海姉と入ることなんてないと思ってたけど、まさかこんな形で入る事になるとは……」


語らっていると、海は背後に手を回し、空の熱く硬くなった部分を躊躇なく握りしめた。


「はうっ♡」


意表を突かれた感触に、空の口から情けない声が漏れる。


「ふふっ、『はうっ♡』だって。空、可愛い」


赤面する空は、仕返しとばかりに海の脇の下から腕を通し、その豊潤な二つの丘を両手で包み込んだ。指先で敏感な先端を転がすと、海の口から「んんっ……」と短い吐息が漏れる。空はそのまま右手を下腹部へと滑らせ、柔らかな秘所へと中指を這わせた。


「ひゃん!」


指先にお湯とは異なる滑らかな潤いを感じ、その感触を確かめるように何度も指を動かす。


「ああっ……んんっ……」


海の声は次第に熱を帯び、高くなっていく。背中に回された彼女の手も、ぎこちなく上下に動き始めた。


「空ぁ……」


海が顔を後ろに逸らし、求めるように近づけてくる。空が唇を合わせると、海の舌が侵入し、互いの額からは大粒の汗が流れ落ちた。


「な、なんだかのぼせそう……」

「俺も。もう一回シャワーを浴びて、あがろうか」


空は海を抱きかかえるようにして立ち上がり、軽くシャワーで流した後、バスタオルで身体を拭いてベッドの縁に並んで座った。


「海姉……好きだよ。姉弟として、だけど……」

「あんたの一番が蜜柑ちゃんなのは分かってるから、余計な言葉は要らないわよ」


海はそう言って空をベッドに押し倒した。二人は上体を密着させ、脚を絡めて抱き合う。


「こうしていると、姉弟っていうより、普通の男女って感じだな」

「まあ、男と女なのは間違いないもの」


空が軽く唇を重ね、蜜柑よりも二回りは大きいであろう海の胸に舌を這わせると、彼女の身体はビクンとのけ反った。空が腰を抱き寄せながら、右手の中指を溢れ出す蜜に濡れた秘部へと挿し込むと、海は荒く熱い息を吐き出した。


「空、それ、気持ちいい……」


溢れ出した蜜は空の手のひらを濡らし、シーツにまで染みを作っていく。


**********自主規制**************

 全年齢対象のため省略

************************************


赤レンガの洋館、その一室に満ちる妖艶な光の中で、海は迷いのない手つきで空を導いていった。最初は「子作り」という言葉に縛られていたはずの二人の意識は、肌が触れ合い、互いの体温が混じり合うたびに、抗いがたい純粋な熱情へと塗り替えられていく。

海がその柔らかな肢体を惜しみなく預ければ、空もまた、戸惑いを脱ぎ捨てて愛しい姉のすべてを包み込んだ。重なり合う吐息は次第に熱を帯び、静寂を破る甘い水音とシーツの擦れる音が、二人の境界が溶けていく合図となる。姉弟として過ごした長い月日が、皮肉にも互いの呼吸を完璧に同調させ、与える愛撫は深淵に届くほどの快感となって波のように押し寄せた。

数時間に及ぶ睦まじい交わりの中で、海は空から注がれる命の熱量を一滴も零さぬよう、その腕に強く縋り付く。空もまた、自分を必要とする海の切実な眼差しに応えるように、幾度も情動のままにその身を捧げた。熱狂の嵐が過ぎ去った後、汗に濡れた肌を寄せ合う二人の間には、言葉を超えた濃密な充足感だけが静かに漂っていた。

最後に入念なシャワーを浴びてホテルを後にした頃には、街の灯りが鮮やかに夜を彩っていた。


「うわぁ……すっかり暗くなっちゃったね」

「ああ、もう七時を過ぎてるよ。蜜柑、家で心配してるんじゃないかな」


来た時と同じように指を絡め、恋人繋ぎのままホテルを出た二人は、家路を急ぐ人々が交差する歩道を駅に向かって歩き出した。


「ねえ、空。今日のこと、蜜柑ちゃんに話すつもり?」


海は視線を真っ直ぐ前に向けたまま、不意にそんな問いを投げかけてきた。


「いや……聞かれたら隠さないけど、自分から進んで報告するつもりはないよ」

「ふふっ。でも、あの子なら普通に聞いてくると思うけどね」

「……だよな。覚悟しとくよ」


二人は顔を見合わせ、どこか決まりの悪そうな苦笑いを浮かべながら歩みを速める。


「……ところでさ、海姉は母さんたちには言うのか? 今回のこと」


空が核心に触れると、海は「うーん……」と声を漏らし、指先で顎をなぞりながら考える素振りを見せた。


「お母さんとお父さんには、私のこの『計画』、まだ一言も話してないからねぇ……。もちろん、無事に赤ちゃんができたら、その時は包み隠さず話すことになるでしょうけど」

「じゃあ、できていなかったら?」


空が問い返す。


「その時はできるまでスるに決まっているでしょ」


海はにっこりと微笑みながらそう言った。


それから二人は二人は歩みを進め、夜の帳がすっかり下りた自宅最寄り駅のプラットホームに、二駅分の短い旅を終えた電車が滑り込んだ。ドアが開くと、冷ややかな夜風が車内の残熱をさらうように吹き込み、空と海は吸い込まれるようにホームへと降り立った。

駅を出て自宅へと続く街灯の下を歩き始めると、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。住宅街の庭先からは沈丁花の香りが微かに漂い、春の夜特有の、どこか浮き足立つような湿り気が肌を撫でた。


「……ねえ、空」


海がふと、繋いだ手に少しだけ力を込めた。街灯のオレンジ色の光が、彼女の横顔を淡く照らし出す。


「何だよ、海姉」

「……ありがとう。今日のこと。勝手な私のわがままに付き合わせて。けど……私、すごく幸せだったわ」


いつもの勝ち気な口調とは違う、どこか頼りなげで、けれど芯の通った声。空はその響きに、彼女がただ「子供」という結果だけを求めていたのではなく、自分という存在を必要としてくれたのだと改めて実感した。


「……俺も、海姉が相手だったから……その、昔に戻れたみたいで凄く楽しかった」


空が照れ隠しに視線を逸らすと、海はクスクスと喉を鳴らした。


「ふふっ、あんたって本当に可愛いわね。蜜柑ちゃんが夢中になるのも分かる気がするわ」


そんな他愛のない会話を交わしながら駅の階段を下りきり、ロータリーの出口に差し掛かった時のことだ。


「……あれ? 空?」


不意に名前を呼ばれ、二人は同時に足を止めた。自販機の明かりに照らされて立っていたのは、大きなビニール袋を提げた忍だった。


「シンくん……? お前、まだこんな所にいたのか」

「ああ。瑠奈さんのところで夕飯をご馳走になってさ、今帰りだよ。……って、お前らこそ、まだ一緒にいたのか?」


忍の視線が、二人がいまだに固く結んでいる「恋人繋ぎ」の手へと注がれた。忍の目は驚愕に見開かれ、提げていた袋の中のペットボトルがガサリと音を立てた。


「空、海姉ちゃん……なんでそんな、カップルみたいな手の繋ぎ方……」

「あ、いや! これは、その……海姉が迷子にならないようにって!」

「迷子になるわけないだろ、この道で!」


忍の至極全うなツッコミに、空は言葉を詰まらせた。隣では海が、事も無げにふわりと微笑んでいる。


「いいじゃない、忍くん。私たち、とっても『仲良し』な姉弟なんだから。ねえ、空?」


海はそう言って、わざとらしく空の腕に自分の胸を押し当てるようにしがみついた。忍の顔はみるみるうちに朱に染まり、空は絶望的な心地で天を仰いだ。


「……お前ら、マジかよ。空、お前……戻った途端に、その……」


忍の脳裏に、クリスマスでの海の宣言と、数時間前の喫茶店で聞いた生々しい告白がリフレインしたのだろう。彼は何か恐ろしいものを見るような目で空を見つめ、それから救いを求めるように夜空を見上げた。


「……俺、何も見てない。何も聞いてないことにするわ。じゃあな!」


忍は逃げるように足早に去っていった。その背中を見送りながら、空は深いため息を吐いた。


「……海姉、絶対に面白がってるだろ」

「あら、心外ね。私はただ、事実を隠さない主義なだけよ」


夜の静寂の中に、海の鈴を転がすような笑い声が響き渡った。

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