第85話 団らん
俺は絶賛赤面中だ。
なぜかというと、たった今、彼らの前で歌を披露したばかりだからだ。
(恥ずかしいというかなんというか……)
三人……いや主に男二人に懇願されチョイスしたのは、先日精霊たちにも聞かせた歌の一つだ。
テーブルの前でじっと自分の歌声を聞く彼ら姿は、中々のものだった。
視線を合わせられなくなった俺は、背後のベッドへ背をもたれ頭を乗せる。だが少しして頭を起こすと、タイミングを見計らっていたのか、ナタムが「ねえ」と提案をはじめた。
「僕たち四人だけだからさ。たまにはこういうのも悪くないんじゃない?」
ナタムが正していた姿勢を崩しはじめる。
そして適当に俺の部屋のクッションを手に取ると、ガルベラとロゼリスにどうぞと渡した。
「故郷ではこうやって床で暮らすことも多かったんでしょ? タクミの部屋なんだから、タクミに合わせるよ」
テーブルを隅に寄せ、絨毯の上で寝そべるナタム。
まさにこれは俺がよくする格好だ。するとそれを見ていたガルベラとロゼリスも、姿勢を崩し足を伸ばしはじめた。
そんな中、俺は思わずの正座だ。
目の前の光景が記憶と重なる。
懐かしい。
家のリビングで母さん父さんに挟まれながら、三人でゴロゴロと寝そべり過ごした日々。
テレビを観たり漫画を読んだり、時には菓子をつまみながら。時間も気にせず過ごした休日前の夜。
リアクションのでかい父さんと、静かに笑う母さんの間が、生まれた時からずっと俺の特等席だったんだ。
幸せな思い出。懐かしいと同時に、終わりの時を思い出すと苦しくなる。
だが苦しいのはあの日々が幸せだった証拠だ。
そして今もこうして俺を心配してくれる、暖かい人たちに囲まれて。それは当たり前の事なんかじゃない。
奇跡的で尊いものだ。
『ありがとう……』
目の前の三人を見て口から溢れ出たのは、故郷の感謝の言葉だった。
ナタムを真似て俺も横になる。
俺の部屋だからと合わせてくれた三人だ。俺も好きにしよう。ベッドから掛け布団を手繰り寄せると、布団の中に包まった。
まるで芋虫状態だ。
『落ち着く』
「え、まさかニホンの人って皆家でそうやって過ごすの?」
「……んなわけあるか」
ナタムの質問にツッコミを入れる。すると可笑しかったのか、隣からロゼリスのくすくすと笑う声が聞こえた。
「拓巳くんの、さっきのは『うた』なの?」
「ロゼ様、もしかして精霊の言葉にもある?」
「うん。花の精霊から何度か聴いたことがあるわ。確か、拓巳くんが今奏でたものと似ていた気がする」
「僕もペルシカが仲間たちと奏でているのを何度か聴いたかな」
話題はやはり先程俺が歌った『歌』についてだ。
「精霊たちから聞いた。歌うのは彼らや水族、あとは鳥や虫たちだって」
ロゼリスとナタムの話では、どうやら歌の文化がないこの国の人たちは、歌声そのものを上手く聞き取れないらしい。
歌声を聞き取れない、とはどういう感覚なのだろうか、俺には分からない。
もしかしたら俺でいう魔力の感覚と同じで、訓練すれば獲得できる感覚なのかもしれない。
「うたう、か。タクミの場合、日常会話とは違う声の出し方をするんだな。
うたう、何故そうするんだ?」
俺が歌い終えた時から、静かにずっと考え込んでいたガルベラがようやく口を開く。
歌う理由? そんな歌手でもないのに考えた事なんてない。物心がついた頃には歌いたい時に勝手に歌っていたし、俺にとっては無意識のうちにしている行動と言っていいもので。
だが。ここ数日で、自分なりに気付いた事は一つある。
「んー……、人によると思うけど。俺にとっては感情表現のひとつかな」
「…………」
故郷を思い出して歌ったこと。少し調子が良くなった時に歌いたくなったこと。それはどれも俺自身の心が動いたタイミングだったから。
「色々な歌があるんだよ。
夢や希望を歌うものから、命の誕生を祝うもの、その逆も。喜び、悲しみ、願い……上手く言葉に出せない気持ちを、歌を聞いたり歌ったりして、自分の中で消化していくんだ」
意識することのない“当たり前”を説明するのは難しい。果たして伝わっただろうか。恐る恐る彼を見ると、彼は楽しそうな目をしていた。
「興味深い話だ。またタクミが歌いたくなったら、その時は是非私に聴かせてほしい」
「僕も聞く〜!」
ナタムと顔を見合わせニッと笑うガルベラ。そして彼は今度はロゼリスの方へと顔を向ける。
「ロゼはどうなんだ?」
「私は……私は拓巳くんと一緒に歌えるようになりたい」
ぽすっと音がして、布団越しに彼女が俺の肩にもたれた。
「姫様がいきなり惚気けだした」
「お前、隠す気全く無いだろう」
揶揄いだす男二人たち。
「拓巳くん。元気になったら、教えてね」
そう言って身体を起こし顔を近づけたロゼリスは、俺の包まる布団を掴むと、二人に見えないように俺たちを隠して、キスをしてきた。
久しぶりのキスだ。
「ばっ……お前たち! 人前でそれは……!!」
「ロゼ様、大胆すぎない?」
布団の向こうから慌てるガルベラと、陽気に笑うナタムの声が聞こえる。その時にはもう彼女とは唇が離れていて、お互い見つめ合っていた。じゃあそろそろ帰ろうか、とナタムが立ち上がる動作と共に、俺の部屋の扉が開く音がする。
「だって、私が今そうしたいって思ったんだもん!」
「分かった分かった! だが私の前ではやめてくれ!」
頭の上でロゼリスのやや大きい声がする。
珍しく言い返すガルベラも声が大きい。
二人は城でもこんな風によく言い合っているだろうか。
ちなみに俺は彼女の胸の中に布団ごと抱きしめられている。久しぶりのキスに、いつもならドキドキすることが多いのに、今はなぜか安心感で包まれている。
そして彼女を見て、ようやく気づいた。
今日も彼女は赤い服を着てくれていたことに。
『ロゼリス。会いにきてくれてありがとう』
小さな声でしか言えなかった。だが彼女の耳にはちゃんと届いていたらしい。瑠璃色の瞳は真っ直ぐ俺を見つめていてにこりと笑い、もう一度触れるだけのキスをすると「またね」と言って扉の外へと去っていった。
「…………」
一気に静かになる部屋。
テーブルの上の包みを手に取ると、茶葉の袋の中からほのかな花の香りがする。彼女たちがさっきまで側にいてくれた証だ。
ガチャリと再び部屋の扉が開いて、ナタムが戻ってきた。二人を外まで見送ってきたという。
「流石に王子王女の揃ってのお出ましは賑やかだったね」
その顔はとても楽しそうだ。
「ねえタクミ、夕飯は食べられそう? これから一緒に行かない?」
ナタムからそう問われたら、ぐぅと腹が鳴った。
気持ち的にはそれほどでは無かったけれど、身体はだいぶ飢えてるらしい。
「軽いものなら食えると思う」
「よかった!」
いい人たちに恵まれているな、とポカポカとした気持ちでその夜は眠って。
そして週が明け、身体の調子がいいことに気がついた俺は、制服に袖を通して教室に向かった。
何日も不在だった事もあり、クラスの皆が俺のことを心配して声を掛けてきてくれて。
授業以外では、寮の周りや図書館でゆっくりと一人の時間を過ごして。
時々歌も歌ったりした。
ふとした情報や情景が、あの父さんの悲惨な事故に繋がる事が何度かあったけれど。
そんなときは焦らずに、彼女から貰ったお茶を飲んで過ごした。
すると以前みたいな身体の不調は、少しずつ起こらなくなってきて。
気付けば彼女と会わぬまま、数週間が経っていた。
カタカタ…と部屋の窓が揺れる。
「……さま、タクミさま! 早く起きて!!」
「……ん……何…?」
外はまだ暗い。
手探りで時計を掴むと、針は夜中の三時半を指している。
「魔物が出た! 火を吐く魔物!」
「……魔物?!」
突然の事にガバリと身体を起こした。
この声は、精霊たちだ!
「どこに現れたの?」
「深森が燃えていて、今は魔物がこっちに向かってきてるの!! おねがい、助けてタクミ様!!」
何とも緊急度が高そうだ。
彼らの言う魔物。
それはきっと、魔力を持った俺の知る動物ではない。
異世界から現れるあの魔物のことを指している。
部屋中の明かりに一気に火を灯すと、服を着替えて、ロゼリスから貰った魔法石のペンダントを首にかける。
そしてグロリオさんから貰ったマントを羽織ると、俺は急いで外に出た。
「う……強っ」
凄まじい勢いで風が吹いている。
目を開けているのもやっとの強さだ。
こんな風のなか、近くで火でも着いたら。
あっという間に王都が火の海になるだろう。
「………!」
嫌な臭いがした。
風が吹いてマントがバタバタと音を立て、全身を押し退けていきそうな強い風からは、強い煙の臭いがする。
精霊たちは、深森が燃えていると言っていた。
だがあの森はここから数十キロも離れた場所にあるはずなのに、それだけでこんなにも空気が煙臭くなるのだろうか?
「ねえ、……どこか近くで燃えてない?」
西から吹く強い風に逆らって視線を向けると、まだ夜明けには早い深い夜の時間にもかかわらず、城が赤いシルエットを見せている。
「城じゃない。どこだ?
あそこはもしかして、植物園?」
その途端、俺は真っ直ぐ西に向かって走り出した。
火が見える。
高く燃えている。
俺の魔力と同じあの火が、赤く、燃えている。




