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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第5章 燃える赤い花
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第86話 赤く燃える

「上空に未確認の巨大な竜の姿あり! 奴は火を吐く、気をつけろ!」



「向こうにも火が……! もっと消火に手を貸して!!」


「水魔法の者を城下からも集めるんだっ!!」



 日の出までまだまだ時間があるのに、よく見える。

 よく、燃えている。


 ごう、と大きな火を上げて燃えている植物園。


 王宮内といえどかなり広い土地を持つ園内からは、あちこちで火が高く上がり、時折爆発音も聞こえてきた。



(なんだよこれ、火の海じゃんか……!)



 先月来た時には、あんなに緑溢れていた場所が。

 目の前で赤く染まっている。


 ここにくるまでの道には、沢山の怪我人が手当てを受けていて。

 王宮西側の広場は人で溢れていた。



 全てが魔物の仕業というのだろうか。


「……くそっ」



 再び強い風が吹いて新たに火の手が上がる。

 燃えやすい樹々も多いのだろうか、かなり高い所で燃えているものもあった。



(とにかく今は…)



 俺にもできることを探して手伝わないと。

 そう思い周りを確認していると、後ろから俺を呼ぶ声がして振り向いた。ナタムだ。

 寮を出た時、誰にも声を掛けずに出てきてしまったのだが、彼もこの火事を知って来たのだろう。



「タクミ先に来てたんだね!


 今、ちょうど騎士団の人から情報を聞いたんだけど。とにかくおかしいんだって。


 現れた魔物に水魔法が全く効かなくて。植物園の木々も消した先から、どんどんまた火がつけられちゃうって。


 それに現れた魔物は皮膚が硬いからか、土魔法でも攻撃が効かないらしい」



「どっちも効かない?」


 相手は火を吐く竜なのに?


 俺が知る限り、火に対抗するなら水魔法で、次に対抗するのが土魔法だ。消火には水と土、それはあちらの世界でも同じことだったのに、……それが効かない?



「そうなんだよ。

 僕と同じ複合型の人の攻撃は、ぜんぜん効かないって聞いたし。それにガル様やロゼ様たち特化型でも足止め程度にしかならなかったって」



 魔物の事を考えていた俺の頭がフリーズする。


 今、ナタムは今何て言ったんだ。


 ガルベラと、ロゼリス……?



「なんで避難してないの?!」



 思わず耳を疑った。二人がこの近くにいる? しかも既に魔物と闘った後だって?



 確かに二人は俺と同じ特化魔法の保持者だ。それに俺とは違い、術の扱いに慣れている。


 戦ったら強いのだろう。

 だが二人はこの国の王子様と王女様だ。



 どんなに城の中が魔法で守られていて安全だからといって、もし俺が二人の家来だったら、遠くに逃す。


 火事が起きただけでもそうする。


 魔物が出たというのなら、尚のことそうするのに。


 これだけ怪我人が出ているような場所に王族の二人を近づけるようなことはしないのに。



 そんな俺の考えをすぐに理解したのか、ナタムは冷静に返事をした。



「なんでって……タクミ、この国ではそれが当たり前のことなんだよ。


 グランディーン一家は、そりゃ王族だから守られるけれど、どんな時でも逃げたりしない。


 彼らは十年前、僕たち国民と同じ思いをして、同じように戦っていて、今も共に国の発展を目指している一族だから。


 だからこそ、僕らは皆、彼らを支持しているんだ」



 王族は僕たちの“長”だよ。と呟くナタム。



 この国の長。リーダー。

 リーダーは、皆の上に、そして前に立つ。


 優しい二人の笑顔が頭に浮かぶ。

 二人を囲むあの一族を思い出す。


 そうか、だからこの国は誰もが優しくて平和だったんだ。この国のリーダーたちが手本となって上に立ち、それを民が見習っているから。



「城の外にさえ出なければ学園長が全力で王族を護るから。仮に僕らが死ぬような状況に陥ったとしても、彼らは無傷で生き残るさ」


「俺、二人の事を、まだまだ知らなかったみたいだ」


「ならまた一つ知れてよかった……って、……あ、見て。魔物が来た」



 辺りが一層と騒がしくなった。


 ナタムが向ける視線の先を追うと、燃えさかる炎の光を浴びて、頭の上で黒い身体が光る。



 大きな翼を羽ばたかせるたびに、風がごう、と吹き上がる。


 竜だ。


 あれが元凶の魔物か。

 ガルベラやロゼリスでは倒せなかったという魔物。



 前に遭遇した竜よりもはるかに大きい。

 手足の先に伸びる爪は太く、そして鋭い形をしている。身体は溶岩石の塊のようにゴツゴツとした皮膚で覆われていて、いかにも物理的攻撃に耐性のありそうな雰囲気だ。



「人間を捕食する感じでは無さそうだけど」



 上空を飛び続けている魔物は、今は比較的静かだ。


 だが俺らがここに来る直前までは火を吐いてまわったと言うのだから……いつどんなふうに襲われるかは分からない。



 風が再び吹き荒れる。



 「う……っ」


 火が巻き上がり、煤がバサバサと顔に掛かる。

 目に入らぬよう、視界を遮ろうと手をかざしたタイミングで、風に乗って何か細長いものが飛んできて、俺は咄嗟に手を伸ばし掴み取った。



 バラの花だ。


 赤いバラだろうか、それとも白いバラだろうか、それとも他の色? 夜の火の近くでは色の違いが判らない。


 手のひらの中の花びらは黒く焦げ、軽く握るとボロボロと形が崩れた。



『どこだここは』


 頭の上から声がする。それと同時にゾクゾクとするような何がが降り注いだ。肌が痛い。


 これはアレだ、確か瘴気というやつだ。



 肌の痛みと共に、胸が痛んだ。


(ああ、彼女が大事に育てていた花だろうに)



 崩れたバラの花。


 思い出すのは、初めてこの植物園に来た時に、バラ園の前で彼女と話をした事。そして皆で城で夕食を食べたあの日に、バラの花束をくれた彼女の姿だ。


 視線を移すと植物園は更に燃えていた。


 思い出の場所が燃えていく。



 彼女や彼女の仲間、そして彼女の愛するこの国の人たちの大切な場所が燃えていく。

 彼女たちが一生懸命育てた花が、簡単に燃えていく。

 彼女の愛するものは、俺も愛したい。

 愛したいのに、それが燃えていく。





『呆れた、言葉も分からぬとは』



 だんっ!! と音がして視線を向ければ、土煙りの奥にそびえ立つ魔物の脚が見えた。



 脚の爪がめり込んだその下には、花壇の花が潰されていて。鉄のかたまりを押しつけたような、じゅう…っと音を立てて、花に火がつきはじめる。




 これ以上 燃やすな!!




 心臓がどくどくと音を立てているのが分かる。


 熱い……熱い!!

 


 崩れていったバラの花のように、俺の感情も崩れていく。


 許さない。

 俺の大事な場所を、これ以上壊すな。奪うな。



「タクミ……? どうしたの」



 身体の奥底から一気に込み上げてきた熱いものを魔力へと変えた。


 勢いよく作り上げた火球。

 俺の身体と変わらぬサイズだ。


 目の前の化け物に目掛けて吹き飛ばす。



 ドーン!! と爆音が辺りに響き渡る。

 隣のナタムが「熱……っ」と顔を覆っていたが、俺は目を逸らさず魔物を睨み続けた。



 煙の向こうから赤黒い巨大な目が見下ろしている。



『我にそのようなものは効かぬぞ』



 再び現れたのは無傷のままの化け物だ。


 これでも効かないのか。

 歯をぎりっと食いしばる。


 どうにもこうにも、怒りが、収まらない。


 俺はきっとキレたのだと思う。



『………っ、おい!! そこのクソ野郎!!』



 目の前の塊にむかって声をあげる。


 するとズズズ……と身体を動かし、魔物が俺たちの方へと顔を近づけた。



 「タクミ、何て?」


 背後からナタムの声がする。俺が何て言ったかって? ああそうか、日本語だから分からないのか。



 周りからは「早く逃げるんだ!!」と声がする。


 逃げる?


 ロゼリスもガルベラも闘ったっていうのに、ここで俺が逃げる?

 ナタムがすぐ後ろにいるのに、俺が逃げる?


 皆はいつも俺を守ってくれるというのに。


 俺だけ逃げる?



(そんなことは できない)



 巨大な目を更に睨み、肩にかかるマントを両手で掛けなおした。


 すると目の前で巨大な口が開いた。ああ、何かが熱で溶けたようなものすごい臭いがする。鼻が曲がりそうで、肌は更に焼けていくような熱さだ。



『何だ、小僧……ほう、お前も我と同じか。ならちょうどいい。教えろ。


 ここがどこなのか。

 なぜ我はここにいる』



 魔物の目が俺を捉えた。


 相変わらず燃え続ける植物園。


 その燃える火の音が聴けるほどに、周りの人たちは攻撃の手を止め、俺の方を見ていた。



 きっと周りの人たちには、聞こえていないんだ。魔物の言葉が。聞こえないというだけで、きっと恐怖というものは何倍にも膨らむんだろう。


 だけど、俺は今目の前の魔物と話が出来る、そう思うと不思議と心の中にあった恐怖は気配を消した。


 


『ここがどこなのか、なんで俺がこの世界に来たのか、俺だって分かるものなら知りたい。


 だけど、これだけは言える。

 俺たちがどこから来ようが、ここで何を思おうが、ここはこの国の人たちの大事な場所だ。


 それを今、お前は壊している。

 自分が分からないことを理由にして、勝手に暴れて破壊して。


 同じ物として……壊すことは俺が許さない』



『………』



 更に姿勢を構えて特大サイズの火球を打つ。


 爆音を立てて至近距離で当てるも、煙の中の奴には擦り傷すらついていない。


 今度は指先を向けて火を放った。僅かな遅れのあとに爆発が起こるも、これもまた無傷のようだった。


 もう一度、と手元に火球を形成していく。



 するとその途中でじっと俺のことを見ていた魔物は、バサリと羽を広げ高く飛び上がっていってしまった。



 追うように空を見上げるとぐらりと視界が揺れる。


 目眩? ああ、魔力を一気に使い過ぎたみたいだ。息が切れる。



「はぁ…はぁ……どうやったら倒せる……?」

「タクミ! ……っ喰われるかと思ったじゃん!!」



 後ろからナタムが身体を支えてくれてはっと我に帰った。ごめんと謝ると軽く頭を叩かれる。そして「度胸のある行動だったね」と褒められた。


 こんな緊迫した中でも笑えるナタム。ナタムらしくて俺はいいと思うよ。と俺は笑い返した。



 魔物の竜が飛んでいってしまった事で、辺りは再びザワザワと騒がしくなりはじめた。それもそうだ、一時的に危機から逃れたとはいえ、問題が解決したわけではないのだから。



 さて、俺はどうしよう。

 燃える植物園に目を移す。


 燃え続ける火。

 何とか得意の火魔法で、この燃える火を操作出来ないだろうか。



「タクミ! やっぱり君だったか!」


 俺の名前を呼ぶ声に振り向くと、俺と同じ赤いマントをまとった人影がこちらに走ってきた。


 未だ夜の中だ。ここからでは顔が分からない。

 思わず俺もその人の方へと足を進める。彼は俺たちの前へと立つと「怪我はしていないかい」と声を掛けてくれた。



 第三騎士団団長、もとい俺の師匠の喫茶店のマスターだ。


「……っ! マスター! もう何も攻撃が効きません!」


「うむ……そのようだな」



 マスターも既にあの魔物と遭遇していたのだろうか。俺の報告に驚く様子は見られない。


「君はタクミの友達かい?……水魔法が得意か、ならこのままタクミと一緒に動いて貰えるか?」


「はい! 勿論です!」


 マスターが視線をナタムへと移す。それからマスターは俺を見て、俺たち二人を交互に見た。



「奴の討伐は我々第三騎士団が引き受ける。

 君には別のことを頼みたい。


 いいか、タクミ。よく聞け」



「は、はい」



 マスターが、今までに聞いたことがないくらい、真剣な表情を見せた。


 俺に頼みたいことって何? 思わずゴクリと唾を飲み込み、背筋を伸ばす。



「君は周りの火をかき集めろ。身体に取り込め」

「取り込む?」


「教えたことは無かったがな……私が使える。君も使えるさ。

 周りの火をかき集めれば己の魔力に変わる。これは特化型だけが使えるものだ」



 なんだ、ちょうど今出来ないかと思っていた事だ。

 特化型だけが出来る魔力操作というのなら、率先して消火の手伝いをしたいところ。役に立てそうだ。



 だがホッとしたのは束の間だった。



「いいか、タクミ。そして植物園の最奥に行け。

 ロゼ様が恐らくそこにいる」



 ロゼリス。


 背後を向く。


 火の海と化したこの植物園の中に、彼女がいるという。



「……何で、火の中を……」



 声が震える。手も、足もだ。


 何で城にいないんだ、ロゼリス。



「途中までは、城付近で討伐に協力していたが、突然植物園の方へ飛んでいってしまったらしい。


 誰も止められなかったそうだ」



 火事の中だぞ。

 危険なことだと分かっているだろうに、植物園の中に何しに行ったんだ。


 もしかして誰かがいる?



 いや。人は勿論、精霊たちだって避難しているはずだ。その中で、精霊たちは俺へと助けを求めてきたのだから。



 それなら物? 両親の形見とか?

 いや、それを植物園の中に置いておくとはあまり思えない。



 パチンと音を立てて近くの木が燃える。


 火の粉が放射状に巻き上がる。


 何かと、似ている。



 その途端、頭の中に赤い絨毯が広がった。



「彼岸花だ」

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