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花火を打ち上げて。  作者: 黒花
第5章 燃える赤い花
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第84話 橙色のカーネーション

「おかあさん、おかあさん、これ、ぼくからのプレゼント」


「あら拓巳、お母さんにくれるの?」


「うん! おかあさん……いつもありがとう!」



 リビングのソファーに座り、のんびりと珈琲を味わう母さん。俺は様子を伺って背中に隠していた花束を彼女に渡した。



 真っ赤な花びらを持った大きな花は、昼に父さんと一緒に買いに行った、カーネーションの花束だ。

 赤い花にピンク色、それにオレンジ色のものも混ざっている。


 母さんは俺から花束を受け取ると、花束を見つめて、そしてそのまま俺を抱きしめてくれた。



「ごめんなさい、拓巳。お母さんは拓巳に寂しい思いばかりさせて」

「おかあさん……?」



 母さんの腕に力が入る。

 肩越しに見えるのは、さっきまで優しく笑っていたはずの父さんの姿だ。



 どうしたの。そう父さんに視線を送る。



「すまないな、拓巳。父さんも拓巳に悲しい思いをさせたな」


「とうさん……」



 そんな。二人して哀しい顔をして謝らないで。


 母さんは、難しい病気と闘ったじゃないか。

 父さんは、運悪く事故に巻き込まれただけだろう?



 二人とも何も悪くなんかないのに。



「ねえ拓巳、あなたがどこにいようと、お母さんとお父さんはずっとあなたの側にいるわ。



 見えなくても、聞こえなくても、近くにいる。


 だから安心して自分の道を切り拓いて……あなたを愛してくれる人を大事にね……」



 母さんの腕の温もりが消えて、預けていた身体が傾いた。



 地に手をついて、顔を上げた先には、一本の川が流れている。



 赤い花が一面に咲いている。

 赤いカーネーション? ……いや違う、彼岸花だ。



 一面の彼岸花。


 川の向こうには、さっきまで側にいたはずの母さんと父さんが並んで立っていて。


 二人が繰り返し何かを言っていたのだが、俺はその言葉をどうしても聞くことができなかった。


 耳を澄ませても、聞こえない。

 川に身体を投げ入れても、元いた場所に戻される。



 何? 何を伝えたい?


 俺はどうしたらいいのか はやく教えて




       *



「……夢…………」



 目を開けると、俺はまたベッドに横になっていた。


 今は一体何時だろう。


 時計の針は午後四時過ぎを指している。そろそろ学校は下校の時間だ。



 確か昼食は調理師さんが直接、ご飯を部屋まで届けに来てくれて、中身は野菜スープとパンだった。殆ど動かずに寝ている俺の胃にはちょうどいい、優しいメニュー。


 昼過ぎはだいぶ調子が良くなったから、風呂に入った。そこまではちゃんと覚えているから。それからどうやらまた寝たらしい。まるで冬眠中の動物の気分だ。



 のそのそと身体を起こすと目に写ったのは、一輪の花。

 ローテーブルの上には、変わらずオレンジ色の花が飾られている。


 カーネーション。精霊たちに貰った物だ。



 見ていて思い出すのは、父さんと一緒に買ってきて、母さんに渡したカーネーションの花束。そういえば、今もちょうどそんな内容の夢を見ていた気がするような。



「何だったかな……」


 目覚めた途端に忘れてしまう夢など、よくある。夢は心の整理の一つだと解釈する人もいるから、もしかしたら今の俺の心の何かが夢として現れたものだろう。



 ベッドから降りて床の上の絨毯に腰を下ろす。そして花瓶に飾られた花を手に取る。


 茎の先が少し傷んでいる気がする。

 ハサミで先を切り落とすと、火をつけて炙った。



(少しでも長く綺麗に咲いてくれよ)



 思いを込める。もうこのやり方は慣れたものだ。



 コンコンコン……


 しばらくすると、扉をノックする音がした。ちなみに鍵は開いたままだ。



「タクミ、今上がっても大丈夫?」


 開いた扉から顔を覗かせたのはナタム。


「うん、いいよー」



 寝起きだが気分は悪くない。憂鬱な気持ちも特にない。あれから毎朝毎晩、顔を見に来てくれるナタムには、俺の体調が良いことを分かったのか、笑顔になるとその場で再び口を開く。



「今日はね、一緒にお見舞いの人がいるんだよ」



 見舞い? 誰だろう。そう思った先、二つの影が並んだ。


「来てくれたんだ……」



「思っていたよりは少し元気になったようだな」

「拓巳くん」



 扉の向こうには金色の髪の彼とピンクゴールドの髪の彼女が立っていて、更に後ろには護衛の騎士さんたちも立っていて、廊下が狭そうだった。



「失礼するぞ」


 騎士さんたちに声を掛けたあと、先にガルベラが足を進め、俺の部屋へと入ってくる。


 説明をしていないのにちゃんと入り口で靴を脱いでくれるあたりが、日頃から周りをよく見ている彼らしいなと感心する。



 ロゼリスは彼の後ろを追うように部屋へと入ったが、気付くと俺のすぐ側に座っていた。


 ガルベラにロゼリス、そしてナタムが並んで絨毯に座る光景は、なんか変な感じだ。



「多分来週にはもう授業に出られるよ。心配かけたな、ごめん」


「いいさ。先日の調査も色々と感謝する。

 ロゼリスから聞いたぞ。見つかったのは、祖国の花らしいじゃないか」


「うん」


 最初に話を切り出したのはガルベラだ。すると彼は手に持っていた小袋をテーブルの上へと置く。



「これ。渡しておく」

「何?…茶葉?」


「花を茶葉と一緒に飲む事で、心身の緊張をゆるめる効果があるらしい。まだ正式な研究発表はこれからの、極秘の茶葉なんだとさ」


「ありがとう」



 渡された小袋には緑色のリボンが巻かれていて、その袋の隅に『拓巳くんへ』と日本語が書かれている。


「私からではなく、ロゼリスからだ」

「あ、やっぱりそうなんだ。ありがとう」



「……ロゼリス?」


 側に座る彼女は俺の事を見ているが、その表情は現在進行形で言葉を探しているというような感じだ。



 無理に話す必要はない。


 だって今の俺がまさにそうさせてもらっているのだから。静かに彼女の手を取り指を絡める。すると彼女も僅かにだがきゅっと握り返してきた。


 手から伝わる彼女の温もり。

 その瞬間に悟った。


 俺は彼女に早く会いたかったんだ。元気になってからじゃなくて、元気になるために。



 だから今こうして隣にいてくれるだけで、俺はいい。それだけで十分だ。



 ナタムが紅茶を淹れてくれる。

 いつのまにか自分の部屋から持ってきたのか、テーブルには俺たち人数分のカップとお菓子が用意されていた。


 そんなナタムはじっと俺を見ると、意を決したかのような真面目な表情となる。



「タクミ。今日、昼休みの時間に何かしてた?」

「何かって……何?」


 唐突に聞かれたナタムからの質問。何かって何さ。



「えーっと……僕ね、昼にちょうど寮の前を通ったんだ。そしたら聞き慣れない不思議な音が聞こえて。


 楽器みたいな、響くような、でも聴いたことがあるようなないような……。こう、繋がっている感じの音で。


 他の皆は校内にいたから聞いていないって言ってて。僕だけの聞き間違いかと思ったんだけど、もしかしたらタクミも聞いてないかな? と思って」



「うん……?」


 昼休みの時間に聞き慣れない音がした? 特に気になるような物音などはなく、いつもの平日と変わらなかったと思う。昼休みの時間だと、俺は昼食を食べてから、風呂に入って……


 まて……音? 



 俺は確か風呂に入りながら、鼻歌を歌っていた気がする。精霊たちと懐かしい日本の歌を歌ってからというもの、気付くとまた口ずさむようになったのだ。


 時間的に誰も居ないし、少しずつ調子が戻ってきたから、と声も大きくなっていたのかもしれない。



「どうやら心当たりがあるという顔だな」

「え?! まさかのタクミが音の犯人?!」

「日本……?」


 驚き顔のナタムとニヤッと笑うガルベラ。

 そして俺を見つめるロゼリス。



 嫌な予感。


 もしかして、もしかしなくとも、この展開。まさか一曲くらい歌ってくださいなパターンになりそうだ。


 なんせナタムが聞いたという音の正体は、俺の鼻歌、つまりこの三人が食い付かない筈がない、俺の故郷・日本の歌だったからだ。



 ああ、今日は調子がいいなんて、言った俺の馬鹿ーー!!

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