第39話 わたしも同じ
「タクミ。少しランタナ様と話がしたい。
外でリナと待っていてくれないか」
報告が一通り済むと、俺は部屋から退室した。
「タクミお兄様」
それと同時に高らかな声が廊下に響く。
「待たせたね、リナ。
お父さんがもう少し待っていてほしいって」
「分かったわ」
廊下のベンチにリナリアが座っていた。
どうやら近くにいた騎士さんが彼女の相手をしていたみたいだけれど、騎士さんは俺に挨拶をしていくと、すぐにその場を離れていってしまった。
彼女と二人きりになる。
「ねえ。お兄様もお父様に負けないくらい、火魔法が使えたのね」
「いや、お父さん程強くないよ」
ばっと顔を上げて彼女がこちらを見上げている。
「とても恰好良かったですわ! 私、少しだけ見ましたの、魔法で戦う姿が素敵でした!」
俺を見上げるその目はもの凄く輝いている。
ああもしかしてこれは……なんだか彼女のヒーロー的存在になってしまったのかもしれない。
眩しいほどの憧れの眼差しに少し困惑しながらも「ありがとう」と伝えると、リナはにこにこと笑い始めた。まあ、いいか。本人がそれで楽しそうなら。
隣に座り、彼女とたわいもない話をする。
主に彼女の学校の話や最近の出来事などを、うんうんと頷きながら聞いていく感じだ。
(誰か来た?)
すると廊下の先から足音がした。軽い足音だ、音的に女性のような気がする。
彼女との話を中断すると、俺は音の方へと視線を送った。
「あれ? タクミくん」
深緑色のワンピースが、歩みと共にひらひらと動いて、こちらへと近づいてくる。
見覚えのあるピンクゴールドの髪は、相変わらず柔らかそうで触り心地が良さそうだ。
「ロゼ。なんでここに?」
「報告があってきたの。タクミくんこそ、どうしてここに?」
彼女が不思議そうな顔をした。
それもそのはず、騎士団と何も関わりのないはずの俺が、騎士団本部の最奥に居たのだから。
「魔物退治をしたんだ。
その事で、第三騎士団の副長さんと、一緒に報告に来たんだ」
「そうだったのね」
いつもの笑顔でロゼリスが笑い、俺も笑う。
すると彼女が不思議そうな表情をしたかと思うと、俺の胸元へ視線を移した。
「………あ、やっぱり。首飾りやめたのね?」
「え?」
「タクミくん、何かいつもと違う話し方だな、って思ったの。魔法に頼らず、ちゃんとこの国の言葉を話すようになったのね」
「うん、ちゃんと伝わってる?」
「伝わっているわ」
彼女は俺が首飾りを外した事に気が付いたそうだ。
僅かな会話の中でそれに気がついてくれた事に、自然と胸が躍る。だってそれは彼女が俺の事をよく見てくれている証拠だから。
「答えは半分正解で半分不正解。
首飾りはやめてないよ? ほら」
胸元からペンダントを取り出す。彼女の魔法石だ。
「お陰で今日の魔物退治も無傷だった。『御守り』持っていたからだね、きっと」
彼女と見つめ合う。
魔法石を見てから俺の目を見てきた彼女は、ほのかに頬を紅く染めていて。それがなんだか可愛くて彼女に触れようと手を伸ばしかけた時だった。
ガチャ……
扉が開いてグロリオさんが顔を出し、手招きをされる。
「タクミ、すまない。あ……白薔薇様。申し訳ございませんが、少々お待ち頂きたいです。
タクミ、ちょっと戻ってきてくれ。
報告書に署名が欲しいんだ」
「分かりました。もう少し待っていて、リナ、ロゼ」
グロリオさんに呼び戻され部屋に戻る。
テーブルには書類が置かれていて、俺はペンを手に取ると、内容を確認しサインをした。
上手く名前が書けただろうか? サインを見直す。大丈夫そうだ。
報告書の文章もやや読むのが難しく、結構な時間を掛けてしまったが、それでも最後まで読み切って、内容確認ができたことにほっとする。
良かった、必死に勉強して、文字もちゃんと書けるようにしていて。
すると俺の署名を見た二人が「タクミ、もうそんなに読み書きを覚えたのか」と感心の声を上げてくれた。
二人に挨拶し再び部屋を出ると、扉の前ではリナリアとロゼリスが話を終えたようなタイミングだった。
「ただいま、……って二人とも知り合い?」
「いいえ。初めて会ったから挨拶をしていたの」
「そっかそっか」
扉を閉めてから二人を交互に見る。
あれ、なんか違和感。
さっきまで明るく話していたはずのリナリアは、何処か上の空だ。話し相手が王女様だったからか? ロゼリスは国のトップの人だし。もしかするとそんな理由かもしれない。
で、そのお相手のロゼリス王女様は、妙な笑みを顔に浮かべている。……気がする。なんというか、作り笑いだろうか。ただの俺の思い込みか?
「…………?」
なんとも言えない微妙な空気にどうさしたらいいのかと困っていると、扉が開いてグロリオさんが部屋から出てきた。
「大変お待たせ致しました、白薔薇様。
ご報告ですよね」
「グロリオ副長」
「私どもは済みましたので、これにて失礼しますね……リナリアどうかしたのか」
「……いいえ」
「…………?」
グロリオさんが先に進み、その後をリナリアが追いかけ始めた。
気になってちらりとロゼリスの方を向くと、彼女は先ほどの妙な笑みすら浮かべず、無表情に近い真顔で二人の後姿を見つめていた。
不安に思い小声で彼女の名前を呼んでみるが反応がない。
「………ロゼ、ローゼー?」
「ひゃ?! あ、タクミくん! ごめんなさい」
「本当、どうしたの」
考え事をしていたのか、声を掛けたら思い切り彼女に驚かれた。
先を行ってしまった二人が、一瞬だけ振り向いた気がする。
すみません、ここ廊下でしたね。響きますよね。
「ううん、なんでもない。あの子……仲良いの?」
「リナ? うーん、最近はよく会ってるな。図書館仲間かな」
「リナ、……仲間?」
するとロゼリスの眉間に、僅かながら皺が寄った。
いつもなら彼女はもう少し近くに立つはずなのだが、今は半歩ほど俺から離れた位置に立っている。
なんだ、この微妙な距離感は。
「怒ってる?」
「怒ってない」
いや、これは怒っている。
怒っていない、とだけ返してくる人は、大概怒っているもんだ。
では彼女は何に怒っているのか。心当たりを考える。さっきまでは笑っていたのに、確か俺が部屋から出てきて、リナリアの事を図書館仲間だと言ったら怒り始めたんだっけ。
仲間? 俺がリナリアと仲間だと言った事がアウトなの?
「…………」
もしかして彼女、リナリアにやきもち妬いた? 自分の方がよっぽど仲間だって思って。
なんかそう思うと、確認していなくともそんな気がしてきた。
ぷいっとそっぽを向いて背中を向けてしまった彼女は、まさにやきもち妬いてまーす、という感じだ。
目を合わせようと彼女に近づき、姿勢を屈める。
一瞬だけ目が合うと、今度は明らかに目を逸らされた。
(あーあ、もう……こんなの確実に妬いてんじゃん)
彼女に宿る嫉妬心。
俺が以前、ガルベラに対して嫉妬をした時、俺を彼女は怖いと言っていた。
が、俺は彼女の嫉妬が愛おしく感じる。
だってそれが例え恋の好きじゃ無かったとしても、向けられた俺への好意の裏返しだと思うと、嬉しいからだ。くぅ……可愛い事してくれる。
「俺とロゼとの仲程ではないから、安心しろよ」
「え……な、どういう、……え?」
少し揶揄ってみようと、彼女の耳元で囁いてみた。
するとピタリ、と音がするような勢いで彼女が動きを止め、顔が崩れたと思ったら、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
なんだよ、表情がコロコロ変わって……超可愛い。
「くくく……」
「か、からかったのー!?」
「ごめんごめん……でも、ロゼが俺にとって大事な人なのは本当だよ?」
「ん……分かっているわ」
彼女は下を向いて黙ってしまった。
照れているのだろう。流石にちょっといじめ過ぎたか?
彼女の顔を見るためにその場にしゃがむと、相変わらず顔の赤い彼女と目が合った。目が潤んでいる。
どうしよう、楽しい、そう思わずにはいられなくなる。
ガチャリ
「おい、お前たち、ここで戯れ合うのはやめないか」
彼女の触れようと手を伸ばして、その手が腕を掴もうとした時、扉が開きランタナ王子があきれ顔で顔を覗かせていた。
この日を境に、俺はランタナ王子へこまめに報告をするようになった。日頃の疑問や違和感など、とにかく何でもだ。
そして同じくこの日を境に、俺は図書館でリナリアに遭遇することは無くなった。




