第40話 完敗
パタン、と扉が閉められるのを確認する。
扉の向こうの彼に聞こえぬよう、声を抑えるのも忘れない。
「彼は異世界からの者でしたか。私は生まれて初めて会いました。
本当に危険はないのでしょうか?」
視線の先に座るのは、この国の第二王子ランタナ様だ。
「私は最初、弟が彼を連れてきた時に彼の事を調べた。瘴気が感知されなかったから、魔物ではないと判断した。そういう意味では危険はないと判断した。
その後の弟達から聞く話からも、恐らく彼は問題ないと思っている」
「そうなんですね」
淡々と話す彼は私よりも歳下なのだが、その落ち着き様は国の裏をまとめる立場らしい雰囲気を、より一層強くさせている。
頭の回転も早く、そして切り替えも早い。彼の頭の中はどうなっているのだろうと、不思議に思うくらいの早さだ。
「そういうグロリオ副長こそ、タクミの事をどう思いで?」
やはり私の心の内は見透かされていた、と苦笑いする。ここは何も隠さず思う事を話そうか、と前を見た。
「私も彼は問題ないと思います。
火魔法の特化型だと聞いていますし、できれば仲間にしたいくらいです」
「だろうな。そうでもないと、大事な娘の所に彼を送ったりしないだろう?」
「そうでしたね」
やはり彼はそこまでお見通しだったか。ならばこれも話していいだろう。
後ろからは、微かに娘の高らかな声が聞こえた。
彼と遊んでいるのかもしれない。
「それにしても、愛称呼びには流石に驚きましたよ」
「ああ、妹の事か?」
先程の情景を思い出して、再び私は苦笑いをした。まさか彼が、あの白薔薇様こと第一王女を愛称で呼ぶとは夢にも思わず、自分の耳を疑ってしまった。
しかも王女の愛称をランタナ様に向かって使うなんて。
(まるで自分が番いだと言うような話し方だったな)
予想外の情報が次々と入り、その内容の濃さに思わずため息が出てしまう。
すると小さく笑い声が聞こえはじめて、顔を上げれば目の前で笑いをこらえようとする王子の姿があった。
「王子……?」
勤務の中では、あまり感情を出さない第二王子ランタナ様。
その彼をこうして感情豊かに笑わせる異世界人の青年は、やはり不思議な何かを持っているのかもしれない。
グロリオは考え始めた。
今から数ヶ月ほど前のこと。
妻の仕事先が少し変わり、娘リナリアの通う学校から妻の職場が離れてしまった事を知った私は、娘の放課後の居場所を王宮内へと変えさせた。
学校は王宮とほぼ隣り合っている為、安全性を考慮すると王宮で過ごしてもらう方がいいと判断したからだ。
娘は図書館で本を読んで過ごすと言っていた。最近は特によく図書館へ行くな、とは思っていたが、詳しい話を聞いてみれば、「時々図書館で不思議な人を見かけるのよ」と楽しそうに教えてくれた。
不思議な人とはどんな人だ。
娘が言うにはその人は成人男性で、娘と同じ児童書の本棚から本を手に取る姿が殆どだという。
王宮に出入りできる者ということは、危険な人物ではないのだろう。児童書? ならば絵本作家か何かだろうか、と推測しながら仕事を終えると、真っ直ぐ図書館へと足を進めた。
そして、その人物に会った。
「はじめまして。タクミと申します。ここの王宮学園の生徒です」
そう頭を下げた青年は、胸元に赤い星を付けていた。
黒髪黒眼、そして赤い星。そしてタクミという名。
記憶に新しい情報を思い出し、ピンときた。
少し前の頃、ガルベラ様から「遠い国からきた特化型の友人がいる」と聞いた。ニホンという名の国名はどこを探しても見つからなかった為、よく覚えている。
また騎士団の中からは「どうやら火魔法の扱いに悩む生徒がいるらしい」と聞いていた。何か相談に乗れるだろうか、と思った記憶がある。
更には最近、黒ずくめの男を見かけたという噂が街の中で広まっているのを聞いた。
そして決め手は先日の学園の敷地内に現れたという魔物の竜。それに致命傷を与えたという学生の存在は、すぐに第三騎士団の中でも噂になっていた。
学生の中でも術操作に長けている者は時々いる。その代表がガルベラ様だろう。彼もあの日魔物退治に参戦し、相当な攻撃魔法を与えていたというのだから。
(だがまさかその噂の人が同一人物で、しかも娘と一緒にいたとはな……)
話をする限り、裏表のない素直そうな青年だったのが救いだった。
(しかも火魔法特化……私よりも強いのか)
三大基本魔法を扱う者は、世界的に見れば同じ割合ずついる。
だが、国で分けるとその比率にはムラがあり、この国ジラーフラでは、火魔法保持者の割合は圧倒的に他の二魔法よりも少なかった。
そのせいか、火魔法保持者は羨ましがられる。
特に2以上を持つと仕事先がぐっと見つかりやすくなるのが現状で、その中で火魔法4を持つ私は、騎士団に入団した後、この魔法でかなりの活躍をしていた。
この春この歳で副長に昇格出来たのも、少数派の魔法を扱えた為だと思っている。
そんなタイミングで現れた火魔法特化。
自分よりも強い者に横暴な態度を取られたら、さぞかし不快だろうと身構えたものの、娘と視線を合わせて話す彼は、とても低姿勢な礼儀正しい青年だった。
驚く程に低姿勢で。
娘に呼び捨てにさせる訳にはいかないと言えば、私と娘の中立の位置を自ら選ぶなど、なんというか……争い事を避けようとする姿勢が見受けられ、それが不思議で彼に興味を持った。
帰り道、娘と彼の話をしていれば、娘も彼との再会を楽しみにしているという。
(そろそろ娘もそういうお年頃だろうし、親子共に彼と関われたら面白いだろうな)
もしかしたら一緒に戦える日も来るかもしれない。そう思うと彼にまた会える日が楽しみになっていた。
「異世界の魔法陣だって?」
そう報告を聞いたのは、仕事が終わり、今まさに図書館へと向かおうと身支度をしていた時のことだった。
図書館前に魔法陣が現れ、そこから魔物が現れたという情報だった。
一目散に走る。
(リナリア、頼む。どうにか館内にいてくれ)
駆けつけた図書館前の並木道。
図書館の前では、白い毛並みの魔物とタクミが既に戦っているようだった。近くに娘がいない事を確認してから、すかさず私も応戦する。
途中魔物が氷を生成しだした時は驚いたが、火魔法特化のタクミの協力下だ。いつもの二倍の火力と私の僅かな水魔法で、無事に魔物を倒すことができた。
(氷魔法のことも報告したほうがいいだろう)
そう思いながら魔物の首を落とそうと剣を構えた時、彼が何か言った。
聞き返そうとしたが、黙ってしまった彼。魔物の首を落とせと言うので、止めていた剣を振り下ろした。
それからが連続の驚き続きだった。
彼が魔物の声を聞いたということ。
花の精霊とも話が出来るということ。
ランタナ様相手に堂々と話をしていたこと。
彼が異世界人であったこと。
そして極めつけは彼が第一王女の事を愛称で呼んだことだった。しかも王女の義兄であるランタナ様に向かって、だ。
ランタナ様も彼と王女の間柄を知っているかのような反応で、これはもう彼が王女の婿候補である事を知らされたようなものだった。
一度部屋の外へと出た彼を再び呼ぶ。扉を開けると彼の横には話題にしたばかりの第一王女ロゼリス様がいらして、慌てて挨拶をした。
(ほ、本当に仲が良いのか)
あのロゼリス様と。
目の前で報告書の内容を読むタクミを見ながら、ロゼリス様の事を考える。
ロゼリス・グランディーン、この国の第一王女。
十年前の襲撃で両親が他界し、母親の第一王女をそのまま継承した、現在この国で二番目に高い地位を持つお方である。
王族特有の青い目と母親譲りの整った顔、そして父親譲りの珍しいピンクゴールドの髪に白い肌を持った彼女は、成人を超え、美しい女性へと成長した。
そのため、国内外からは沢山の見合い話が王宮に届いたという。だが彼女は未だ独り身、婚約者すらいない。
それもそのはず、なんと全ての見合い話を断っているというのだ。
更には、彼女は人前に姿を見ることがあまりなく。公務以外の時間は庭師として王宮内の花の手入れをしていると聞いているが、その姿すら見た人は少ないという。
彼女と会った人に話を聞けば、「花が本当にお好きな方で、聞けば丁寧に優しく教えて下さった」という人もいれば「殆ど口を聞いてもらえなかった」「怖かった」という人もいて。噂が絶えないお方だった。
私の中では、彼女が幼い頃は明るく社交的だったが、大人になってからは淡白というか表情がやや乏しいという印象だ。
おそらく他人から聞く話は、良いものほど小さく、悪いものほど大きく語られるものなので、きっと前者のほうが彼女の素なのだろうと思ってはいる。だが。
(無駄な揉め事は避けたい。それは騎士としてではなく一人の人間として、そして娘を想う父親としての本音だ)
彼女とタクミが番いだというのなら、ここは早いうちに身を引いた方がいいだろう、と隣を歩く娘の方を向いた。
「お兄様、まだ来ませんね」
「そうだな、話でもしているのかもしれない」
「ロゼリス第一王女でしたわ」
「そうだな」
「お兄様、ロゼリス様の魔法石をお持ちでしたわ」
「…………」
騎士団本部から外に出ると既に日は沈み、辺りは真っ暗になっていた。
グロリオとリナリアは並んで立ち、周りの景色を見ながら拓巳が出てくるのを待っていた。
静かに立って待つ娘のリナリア。
彼についてどう話せば娘は理解してくれるだろうか、と頭を悩ませる。
ひとまず……と思いついた事から話していこうか、と口を開いた。
「リナリア。以前、タクミと友人になりたい、と言っていただろう」
「はい」
「あの時、呼び名をお兄様にしておいて良かったと、今そう思っている」
「奇遇ですね、お父様。私も今そう思っていましたの」
どういう反応をするだろうか、と娘を見るも、彼女はただ静かに立ち続けている。あれ? 今までだったら「本当は名だけで呼びたかったのに」などと言うはずなのだが。
おかしい、と思っていたら彼女がにこりと笑顔を作った。
「愛称で呼ぶような仲を割るだなんて、私そんな品のないことは出来ませんわ」
「そうか。私もそう思うよ。
まさかタクミがあの白薔薇様を愛称で呼べる人だったとは……私も驚いた」
「話に聞くとおりの、怖い人でした。宣戦布告されてしまいましたわ」
「リナリア」
誰に、と聞かなくとも分かる。恐らくタクミの横に立っていたあの方だろう。きっと、私たちが部屋の中でやりとりしている間に、娘は宣戦布告されたのだろう。
「タクミお兄様は素晴らしい人ですものね。王女様にお似合いだと思います」
俯いて私の手を握る彼女。そういうお年頃の彼女がきっと初めて味わったであろう敗北感。
(仕方ない、今夜は思う存分甘かやすか)
そう思いながら彼女の頭をよしよし、と撫でた。
後ろからタクミの声がする。
(彼は何も悪くないからな。私が改めれば良いのだ)
他の煩わしい邪念は捨てて、同じ火魔法保持者として協力ができれば、と彼に挨拶をすれば、彼も再び頭を下げて寮へと帰っていく。
「帰ろう。リナリア。母さんが待ってる」
「はい、お父様」
この日を境に、リナリアは図書館に行く回数を減らし、他の王宮施設で過ごすようになっていった。




