ファイナル・ラブ 前編
最終話です。カーリンの結婚を目前に揺れ動くアレックス。二人の恋に今決着が……!!
カーリンとフィリデオは、教会に来ていた。
古い木の扉を開けると、正面のステンドガラスが陽の光を吸収してきらびやかに煌めく光景に感動を覚える。
ウエディングドレスに着替えるため別室へ向かう彼女の後ろ姿を見送ると、フィリデオは携帯電話を取り出した。
「しばらくだね、ミュラー少佐」
シャトレーズ軍人学校五十周年祭の打ち合わせなど、朝から準備で慌ただしい。そんななか、アレックスに掛かってきた一本の電話がことの始まりだった。
「はい、アレックス・ミュラーです」
『しばらくだね、ミュラー少佐』
今はカーリンの婚約者でもあるフィリデオの声に、心臓が音を立てる。彼女と別れて一ヶ月は経たないのに、あの光景が胸に焼き付いて未だに忘れられないでいた。
『今、教会に来ている』
「教会?」
やや間をためて、フィリデオがゆっくりと喋り出した。
『カーリンが、ウエディングドレスに着替えているんだ。この意味、分かるよね?』
教会、ウエディングドレスとくれば、連想できるのはただ一つ。フィリデオとの結婚式だ。
『彼女の晴れ姿、見たくない? とても素敵だと思うよ』
アレックスは当たり前だと心の中で呟く。カーリンが素敵なのは、彼がよく知っている。
それに、元恋人だった男がどの面下げて参列できるというのか。神父の前で、フィリデオと誓いのキスをするカーリンを目の当たりにして冷静でいられるはずがない。
「今から式典があると知っているはずだ。なのに、私にどうしろと?」
『そうだね。別れた恋人より任務を優先させるべきだよ』
随分な物言いだが、今のアレックスには反論する余地すらなかった。
『気が向いたら来てくれないか。場所はメールで送るから』
そして、こうも言う。
『アレックス・ミュラー、これが最後のチャンスだよ』
― 知ったところで俺にはどうすることも出来ない。
カーリンがどこで結婚式を挙げようが誰と愛を誓うかなど、今となってはどんなに後悔しても彼女はこの手に戻ってはこない。
それに式典には、アレックスのスピーチも予定されている。大事な場面で穴をあける訳にはいかないのだ。
全てが八方塞がりで身動き一つできない状態なのに、これ以上自分に何を望んでいるのか。
アレックスの胸中を知る由もなく、記念式典は定刻通りに行われた。政府や軍の主要人物が参列するなか、アレックスも舞台袖で出番を待っていると
ミュラー少佐!!
名を呼ばれた気がして、辺りを見渡した。
「どうなさいましたか?」
隣に付き添っていたセドリックが怪訝そうに尋ねた。
「いや、なんでもない」
確かにあの声はカーリンだった。元気よくこちらへ駆け寄る彼女が脳裏に蘇り、アレックスは腕時計に視線を落とす。
今頃、結婚式の真っ最中だろうか。純白のドレスに身を包んだカーリンを一目見たかった。否、自分以外の男のために着た姿など見たくはない。
誰にも渡したくない。
だから、夜の訓練場で強引にカーリンの唇を奪ったのだ。
― カーリン、やっぱりお前を愛してる。
答えが出たところで、もう手遅れかもしれない。仮にカーリンを連れ戻したとしても、式は大混乱となり両家に多大な迷惑が掛かる。下手すれば責任を取って軍を去らないとも限らない。
カーリンと軍人としての立場。どちらを取るのか、アレックスが出した答えは……。
「マーティン伍長」
「はい」
「私がいなくてもどうにかなるか?」
最初はなんのことか分からなかったが、素早く察したセドリックがにやりと笑う。
「スピーチの原稿さえあれば代役はいくらでも。体調が優れないのなら医務室へ参りますか?」
持つべき者は有能な部下である。「頼んだぞ」と一言残してアレックスは踵を返した。
全速力で学校を抜け出して、道でタクシーを拾った。礼服姿の軍人が乗り込んできたので運転手は目を丸くして行き先を尋ねる。
先ほど送られてきたメールを開き、こう伝えた。
「サンファール教会まで!!」
もう迷わない。カーリンが誰かの妻になる前にこの手で取り戻す。
別室で着替え終えたカーリンに、一同から感嘆の声が漏れた。
肩と胸元が大きくあいたデザインと細い腰が強調されたAラインドレスが、彼女の雰囲気に合っている。結い上げた金髪には、マーガレットをモチーフにした髪飾りを刺していた。
白い肌にほんのりと赤い頬と口紅が、大人の雰囲気を漂わせる。
「まあ!! なんて綺麗なんでしょう!!」
「お似合いですよ」
支度を手伝ってくれたスタッフが口々に絶賛するが、カーリンは小さく笑うだけだ。
もう後戻りはできない。アレックスの手を振りほどいて、フィリデオの胸に飛びこんだのは紛れもなく彼女自身なのだから。
頭では理解していても、心はまだどこかでアレックスを求めている。
― この格好を見たらなんて言うかな。
一度は思い描いた光景が叶い、改めて感じる彼への断ち切れぬ愛。
再び祭壇にきたカーリンだが、フィリデオの衣装は普段着のままだ。
「まだ着替えていなかったのか?」
「ん? 僕はいいんだよ」
彼はにっこりと笑うと、カーリンの背後に回って首にアクセサリーを付けてやった。
「これは僕からのプレゼント」
華やかなウエディングドレスに似つかない銀のチェーンに誕生石のネックレス。
「フィリデオ、これ!?」
彼女が言うよりも早く、フィリデオが制した。
「ほら、王子様が迎えに来たよ」
遠くから足音が聞こえて、フィリデオが首を巡らせた次の瞬間。
バターンッ!!
誰かが突然扉を開いた。逆光の中、徐々に明らかになる人物にカーリンは驚愕する。
「ミュラー少佐!?」
モスグリーンの礼服を着たアレックスが鬼気迫る表情で一直線に歩いてくるものだから、カーリンは蛇に睨まれたカエル状態で固まった。
目の前で立ち止まったかと思えば、いきなり彼女の腕を掴んで走り出す。
「え? え? えーっ!?」
カーリンの絶叫が木霊す教会を、アレックス達は後にした。
一人残ったフィリデオは「やれやれ。世話が焼ける」と盛大なため息をつく。
実は、最初から仕組んだものだった。もちろん、結婚式も挙げるつもりはない。ただ、こうでもしないとあの二人は行動に移さないから、少し強引だか仕方がなかった。
フィリデオは、カーリンの心に棲んでいるのは誰か分かっていた。
それは、アレックスと別れてしばらくしてからだった。参事官としてあのホテルへ出向いた時である。
フロント係が意外な言葉を伝えた。
「お連れ様からネックレスの落し物がなかったかといつもお電話頂いております。時々お見えにもなるので、よほど大事なお品なのでしょう。見つかり次第直ちにご連絡致しますのでご了承下さい」
「分かりました。彼女に伝えておきます」
フィリデオは大きく息を吐いた。
カーリンとここへ来た時も、彼女は一晩中ネックレスを探していたのを知っている。
後日、フィリデオが助手席で発見したが敢えて教えなかった。あれから、ネックレスのことを口にしなくなったので、踏ん切りがついたかと思っていたが、やはり忘れられなかったらしい。
― ミュラー少佐、あなたには負けたよ。
別れてもなお繋がっていた愛に、フィリデオはカーリンを手放す決意をしたのだった。




