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やるせない人達

 思いがけない再会にカーリンの心臓が早打ちする。忘れかけていたアレックスの温もりに胸がときめく。

 だから、なぜ彼等がこの部隊にいるのかという一番の疑問にも気づかないでいた。ランディの元へ戻るとそれは解決する。

「ひょっとしてアレックス達に会った?」

 この上官の前では隠し事は無理のようだ。頷くと、彼はふうと息を吐いてオレンジの髪をクシャクシャに掻く。

「今年、シャトレーズ軍人学校の五十周年祭があるんだ。うちの部隊とは親交があるから打ち合わせに来ている」

「五十周年祭……」

 カーリンが記憶に刻むように呟いた。

「一ヶ月きったからますます忙しいらしい。まあ、暇よりいいか」

 過労で倒れたことを伏せておくのがアレックスとの約束だが、カーリン本人を目の前にするとつい教えたくなる。


 ― アレックス、お前はそれでいいのか?


 自分に欲がない親友がランディには歯痒かった。


 


 ビアンカに余計なことはするなと釘を刺されていたシノブだが、このまま黙っていられなかった。

 課業終了後、学校から離れたカフェでシノブはある人物を待っていた。雰囲気のいいバーでもよかったが、やがて、店の扉が開き現れたのは金髪にグリーンの瞳、アレックスとは正反対の柔和な顔立ち。

 彼はシノブを見つけてこちらへ向かってきた。

「久しぶり」

「お呼びたてして申し訳ありません。フォン・メレンドルフ参事官」

 彼女が待ち合わせした相手はフィリデオだった。

「用もなく僕に会いに来てくれたわけじゃなさそうだね」

 ウエイトレスが注文を取りにテーブルへ来たので、シノブは会話を一旦止めた。

「話はなに?」

「リヒター伍長とミュラー教官のことです。二人が別れた原因はわたしにあるので話を聞いてもらおうと思いました」

「カメラマンの気を逸らすために、君と彼が恋人のふりをした」

「はい。彼女に上手く伝わっていないかったようです」

「推測にすぎなかったけど、カーリンには話したよ。ミュラー少佐にも直接確認した方がいいってアドバイスもした」

 頼んだコーヒーがくると、フィリデオはカップを口へ持ってくる。長いまつげを伏せてコーヒーを飲む彼は思わず見惚れるほど素敵だ。

 フィリデオがちらっと上目遣いでシノブを見たので視線をそらしてしまう。

「誤解が解けたとして君は僕にどうしてもらいたいわけ?」

「リヒター伍長を諦めて下さい」

「それはできない」

 フィリデオはきっぱり言い放った。

「僕に気持ちがないのも承知の上さ。きっとカーリンは彼を忘れられない、なんてったって初めての男だからね」

 紳士的な雰囲気の彼から出た露骨な表現にシノブは赤面して俯く。

「二人が別れる前日、カーリンは僕と一夜を過ごした」

 シノブが弾かれたように顔を上げた。

「と言っても何もなかったんだ。僕はその気だったけど、カーリンはミュラー少佐から貰ったネックレスをなくしたと一晩中探し回っていたよ」

「ミュラー教官は知っていらっしゃるんですか?」

「ああ。だけど、あとのことは知らない」

「だったら、ありのままを二人に伝えれば……」

 また元通りになると信じて疑わないシノブをフィリデオは嘲笑った。

「伝えてどうするの? もつれた感情の糸はそう簡単に解けないよ」

本人達に事実を伝えたとしても許し合えるかは彼等次第、シノブも重々承知している。だが、毅然としていたアレックスが床に崩れ落ちる姿を見ては言わずにはいられなかった。

「ミュラー教官、勤務中に倒れたんです」

「え?」

 フィリデオの表情がにわかに曇る。

「それで、容体は?」

 シノブの説明だと過労と精神的ストレスだという。カーリンに伝えたかと訊くとシノブは首を横に振った。

「何度も迷いました。駆けつけてくれたカルマン大尉と相談して伝えないことにしました」

「賢明な選択だ」とフィリデオは頷く。カーリンに知らせたとしても根本的な問題が解決しない以上は何も変わないのだ。その場の感情で寄りを戻したところでまた同じことを繰り返す。

「でも、わからないな」

 怪訝そうに彼が訊いた。

「なにがですか?」

「君はミュラー少佐が好きなんだろ? だったら今の状況は喜ばしいんじゃない?」

「好きな人が笑顔じゃないのは嫌です」

「随分できた人だ。僕は欲しいものは手に入れる、たとえ不本意でもね」

 数年前、躊躇したばかりにカーリンをほかの男に奪われて、やっとこの手に戻ってきた彼女をもう誰にも渡したくない。

「もし、ミュラー少佐が力づくで奪っても文句は言わないつもりだよ」

 この男、潔いのか意地悪なのか理解に苦しむところだ。

 結局、二人の話は平行線で終わり、カフェを出るシノブの表情は暗い。そんな彼女をフィリデオは通りに消えていくまで見送ると天井を仰いだ。

 口ではああ言ってみたが、アレックスが本気でカーリンを奪い返そうとすればきっと敵わないに違いない。どんなにリードしても二人の愛し合った時間と深さは到底埋められそうにないのだから。

 だから、フィリデオはあることを強く決心した。




 フィリデオと会った次の日、休暇から戻ってきたアレックスにシノブは昨夜のやり取りを思い出した。

 自分の気持ちに正直なフィリデオと自分の気持ちを抑えるアレックス、両者相対する態度に戸惑う夜だった。

「久しぶりの帰省はどうだった?」

 席に着いた彼をビアンカが体を向けて迎える。

「命の洗濯ってところだな。忙しいのに空けてすまなかった」

「高くつくわよ」とビアンカは笑って自分のデスクに向き直り仕事に戻った。

「心配かけたな。もう大丈夫だ」

 いつの間にか見つめていたらしく、アレックスが小さく笑っている。

「あなたの大丈夫は今いち信用できないわよねえ、カワサキ教官?」

 またビアンカが口を挟むとシノブは苦笑しながら頷いたので、立つ瀬がないアレックスも思わず苦笑いだ。

 主任のフレッドと式典の準備に向かう彼を見届けて、ビアンカはシノブに話し掛けるため身を寄せる。

「だいぶ落ち着いたみたいね」

「こんなことになってすみません」

「この間は言い過ぎたわ。わたし達も黙っていたんだから同罪ね」

つい数日前にシノブばかりきつく責めたビアンカが罰悪そうに謝った。

いくらアレックスに口止めされていたとはいえ、のちのフォローまで頭が回らなかったと反省する。

「でもこの先、嫌がおうでも会う機会がありますけどどうなさるつもりなんではしょうか?」

ビアンカは大きく息を吐いて解いた赤毛をかき上げた。

彼女自身も恋人との別れは経験しているが、正直どこか本気になれなかった部分もあったのであっさりとしたものである。ただ、長年想い続けてきたアレックスに失恋したときは相当堪えたが。

 ふられても尚、同じ職場で働かなければならないつらさはわかっているつもりだ。

そして、そんなときふと思い出すのがランディの言葉。


お前があいつを愛しているのは知っている。だから、忘れろとは言わないから俺も心の片隅に棲まわさてくれないか


カーリンと別れてた今のアレックスもこの通りなのかも知れない。

「まったく色恋沙汰はいくつになっても厄介ね」

シノブの肩に手を置くと片目を瞑ってみせた。




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