二人の事情
語り終えたダスティンは酒を飲んで喉を潤す。
こんなに饒舌な父親は初めてだった。それに自身の過去を語る懐かしそうな瞳も。
なぜ今頃こんな話をしたのか、それは傷ついた息子へ器用な彼なりの慰めだったのかも知れない。
「カーリンに会った時、メアリーの儚さとエセルの明るさを持っていると感じたよ。だから、お前が惹かれたのも分かった」
「父さん……」
「あのあと、なぜ息子の恋を応援してやれないのかとエセルに叱れてな」
ダスティンの表情がふっと崩れた。
「愛は結果ではなく過程が大事だと説教されたよ」
向けられた温かい眼差しに父の優しさを垣間見る。カーリンがいなければ、ダスティンとの確執も優しさも気付かずすれ違いが続いたかも知れない。
「アレックス、お前は私に似て無器用だから自分に正直になるのは難しいだろうな。そんな私達を愛してくれる女は有難い存在だ」
ダスティンが小さく笑った。
「もう寝るか。明日はどうする?」
日付はとっくに変わっていて眠気も感じてきた頃だ。
「エンジェルが高校まで送ってほしいと頼まれているんだ。それから学校に帰るよ」
「自慢の兄をみんなに見せたいのだろう。送ってやりなさい」
ダスティンは「お休み」と言って立ち上がると寝室へと歩いていく。子どもの頃に感じた背中より小さく見えたのは、それだけアレックスが大人になった証拠だろうか。
翌日、約束通りエンジェルを高校まで送ると登校中の生徒に注目された。小走りで友人達の輪に加わる妹を見届けてアレックスも学校へと帰っていく。
アレックスが帰省する二日前にカーリンも屋敷に帰ってきていた。こちらは直属の上官に事実上の戦力外勧告を出される。
「リヒター・ド・ランジェニエール伍長、特別扱いするなと言ってのはお前だ。感情で勤務が左右される現状は芳しくない。よって、三日間の休暇を与えるから頭を冷やしてこい」
「……はい」
言い分はもっともでランディと目が合わせらず俯いた。彼はアレックスの親友なので、つい面影を重ねて涙腺が緩くなる。ランディも潤んだ瞳で見つめられるのも心臓に悪いので、今回の処置に踏み切ったというわけである。
ー しっかり充電してこいよ。
肩を落とすカーリンにささやかなエールを送った。
セバスチャンの運転でカーリンは我が家へ帰る。
「ただ今」
カーリンが玄関に入るや否や母親のヘレーナが飛びついた。
「カーリン、ビッグニュースよ!!」
「わっ!! な、なに!?」
慌てふためく娘の手を取り瞳を輝かせる。
「お義母様が少佐さんを食事に招いてくださるそうよ」
― それ、もう少し早く聞きたかったなあ。
遠い目をする娘の顔を覗きこんだ。
「あら、嬉しくないの?」
母親の背中越しに感じる祖母フリーデルの気配を窺いながらカーリンが小さな声で言う。
「少佐はもう来ない」
「あら、どうして?」
また、事情を話さなければならないのかと重い口を開いた。
「……別れたから」
ヘレーナは瞬きを数回すると驚きの声をあげた。
「まあ!! あんなに熱愛だったのに!?」
「いろいろあって」
「あれほど意地を張っておきながら」とフリーデルがため息交じりに言うとカーリンは涙目で怒鳴った。
「付き合うって言ったら反対して、別れたら連れてこいなんて訳わかんない!!」
「大声を出すものではありません。所詮はあなた達の関係もその程度だったのです」
容赦ない祖母の台詞がカーリンの胸に突き刺さる。
「挨拶に来た時は少し感心したけど、あの者も大したことことありませんね」
すると、カーリンの表情が一気に険しくなった。
「わたしが決めたんだ!! 少佐は悪くない!!」
あまりの剣幕にフリーデルが口を噤むとカーリンはその場を走り去り、あとに残った嫁姑は顔を見合わせた。
「なんです?」
ヘレーナが凝視しているのでわざとらしく咳払いをする。
「また酷いことを言ってと思っているのでしょう?」
すると、ヘレーナは首を横に振ってにっこり笑った。
「いいえ。お義母様がおっしゃなければ私が言おうと思っていましたから。それに彼を庇うところをみると憎み合って別れたのではなさそうですし」
人を食うヘレーナの意見に、意図を読まれたフリーデルは悔しいかな言葉が出ない。フリーデルはアレックスの人柄を受け付けないのではなかった。むしろ、感情に任せる孫には彼のような落ち着いた人物が相応しいと考える。惜しからずは家柄で、名家でもないミュラー家の子息を一族に迎えられないという保守的な思想が許せなかった。
フィリデオの件もあったので、ここでカーリン達の意思を確認しておこうとアレックスを食事に招待したら別れたと言う。
「カーリンにはがっかりです。あんないい殿方を手放すなんて。私だったら捕まえて離さないのに」
「もうなんの気兼ねもないのだからフィリデオとの婚約を進めなさい」
反対するかと思いきやなぜか素直に「はい」と返事する嫁を怪訝そうに見やった。
「おばあ様なんか嫌いだ。少佐を大したことないとか言うんだよ」
書斎で忙しく仕事をするセバスチャンにカーリンは怒りをぶつけていた。
「左様でございますか」
「所詮はその程度かとか言いたい放題なんだ。わたしだって随分悩んだんだから」
「今でも慕っておられるみたいですね」
図星とばかりにカーリンの顔がたちまち真っ赤に染まる。
「か、簡単に忘れられないよ。だって、ミュラー少佐は……」
先ほどの威勢はどこへやら口ごもってしまった。
教官のアレックスを好きになって追い掛けてやっと追いついた。恋もキスも抱かれたのもアレックスが初めてだった。そんな彼を別れたと同時に忘れられるはずがない。
セバスチャンが黙って見守っていると、カーリンが何かを思い出してこちらを見上げた。
「ねえ、セバスチャン。頼みたいことがあるんだけど」
「なんでございましょうか」
「セバスチャンの名前で花を送ってくれないか」
「花でございますか?」
「うん。もうすぐ少佐のお母様の命日なんだ。一緒に行けなくなったから、せめて花だけでもお供えしたくて」
「でしたら、カーリン様が直接お送りになればいかがですか?」
「だから、別れた恋人から送られたら警戒するだろ?」
「なんでわからないかなあ!?」と焦れる彼女にセバスチャンはとことんとぼける。
「構いませんが、差出人が私だと余計怪しいのでは?」
「偽名でもなんでも使えばいいじゃないか!!」
だったら、最初からそうすればいいものをと頬が緩みかけた。感情が豊かな彼女は胸の内も露わになる。
「承知しました。ご住所をお教え下さい」
これ以上のやり取りはカーリンが気の毒だと彼の方から話を畳んだが、もちろん素直に従う気はない。
そして、アレックスからお礼の電話を受けると案の定いきさつを白状するとはカーリンも夢にも思っていないだろう。
その日の夕食、四人で食卓についた。カーリンの破局を妻から知らされたベリンハルトは、娘に腫れ物を触るかのように接する。
「部隊はどうだい?」
「まあ、それなりにやってる」
フリーデルの催促する目にベリンハルトはついに禁断の話題に触れた。
「フィリデオなんだが……」
「ご馳走様。部屋に戻るよ」
察知したのかカーリンは食事もそこそこに切り上げて部屋に戻るのだった。




