アレックスの休暇 その2
夕方、学校から帰ってきたエンジェルも、アレックスの突然の帰省に大いに驚いていた。
夜になり、ダスティンは帰宅が遅いので夕食は三人で摂ることになる。
エンジェルは大好きな兄を前にして近況報告が途絶えず、アレックスとエセルも微笑んで聞いていた。ここでもカーリンの話題に触れないので、恐らく母親から事情を聞いているのかも知れない。妹に気を遣わせたと苦笑いだ。
夕食が済むとエンジェルにせがまれて勉強を教えるため二階へ上がる。幼い頃は本棚に並んでいた絵本が姿を消して参考書が並びすっかり様変わりした部屋に歳月を感じた。
「この問題が解けなくて」とノートを見せる彼女に身を寄せる。しばらく考えてシャープペンを走らせると、隣から「そっか」と声が漏れた。
「さすがお兄様。あの先生、声だけ大きくて分かりづらいんだから」
「そういう先生、いたな」
「あ、やっぱり!! いつの時代にもいるのねえ」
満面な笑みを向ける妹にカーリンの笑顔を重ねる。カーリンは自身を馬鹿だと卑下するが、アレックスは一度も思ったことはなかった。要領が悪いので理解するのに時間は掛かるがちゃんと教えればできる訓練生だった。
「どうしてカーリンと別れちゃったの?」
「え?」
先ほどまではしゃいでいたエンジェルが声のトーンを落とした。
「ごめんなさい。余計なことだと分かっているけど、お兄様が元気ないから」
「妹に心配させるなんて兄失格だな」
エンジェルは首を激しく横に振る。
「そんなことない。わたしにとって最高のお兄様よ」
幼かった妹が成長したと実感する。頭に手を乗せると、エンジェルは嬉しそうに微笑んだ。
ダスティンの帰宅は夜の12時過ぎとなった。エセルも待っていたが、アレックスが就寝するよう勧めると「お願いね」と寝室へ向かう。男同士募る話もあるだろうと親子水入らずの機会を作ってくれたようだ。
家族を起こさぬよう物音立てずに玄関を開ける父を出迎える。
「お帰りなさい」
やはり息子の出迎えに大きく目を見開いたがすぐに目を細めた。
「ただいま」
ダスティンはそのまま浴室へ行き、アレックスはエセルが用意してくれた料理を温めて準備をした。
やがてダスティンがソファに座りると彼も続く。
「メアリーには会ったのか?」
「家に来る前に寄ったよ」
この間でわだかまりが解けたのかアレックスの口から敬語は消えていた。
「何かあったか?」
さすが父親というべきか、会ったばかりの息子の変化を見抜いている。なかなか言い出せないアレックスに酒を差し出した。
「お前と酒を飲むのは初めてだな」
言われてみればそうだった。高校を卒業してからお互い膝を交えて話すらしたことがない。
「カーリン……だったな、彼女は元気か?」
「別れたよ」
短い間の後にアレックスが言うと、ダスティンは問うことも詰ることもせずただ静かに「そうか」と呟いた。
「今でも彼女を愛しているのか?」
肯定すれば軽蔑されるだろうか。答えを躊躇していると意外な台詞が父から飛び出した。
「想い続けるのは罪ではない」
弾かれたように顔を上げる息子にダスティンの方が驚いたようである。
「なんだ」
「ランディも同じことを言っていたから」
「ランディ? ああ、カルマン大尉か」
合点がいったのかダスティンは頬を緩ませた。
「いい友人を持ったな」
二人はしばらく酒を酌み交わしていると、ダスティンが口を開く。
「メアリーとは高校の同級生で三年ぶりに街でばったり出会った」
どういう心境の変化なのか、亡き妻の馴れ初めを語り始めた父に興味深く耳を傾けた。
高校生のダスティンは、物静かでいつも本を読んでいるメアリーが気になっていたが声を掛けようとはしなかった。
視線を感じたのか、ふと顔を上げる彼女がにこっと笑う。
その程度の関係で卒業して二人は別々の進路を歩んだ。ダスティンは士官学校を経て部隊へ配属された頃、街角で一人の女性とぶつかった。
「きゃっ!!」と短い悲鳴と共に落とした書類が道路に散乱すると女性は慌てて拾い始める。ダスティンも一緒に拾い最後の一枚で二人の手が重なった。
また短く悲鳴を上げた彼女にダスティンは真っ赤な顔で平謝りする。
「すみません!!」
「ひょっとしてダスティン?」
「え?」
「わたしメアリー・ジョーンズよ。高校で同じクラスだったんだけど覚えてない?」
ダスティンは失礼とは思ったが女性の顔をじっと見つめた。メアリーは覚えているがさらに美しくなっているのですぐにはわからなかったのである。
「久しぶりだね」
ここから二人の交際は始まり一年後に結婚した。アレックスが生まれて幸せがこのまま続くと信じて疑わなかったダスティンだが、メアリーに癌が宣告された。
余命三ヶ月、あまりにも突然の出来事で彼はしばし放心状態だった。息子と夫にできるだけ思い出を残そうと明るく振る舞うメアリーの姿がつらい。
そして、彼女は還らぬ人となった。
二年後、またもやダスティンは運命的な出会いをすることになる。
メアリーの命日に花束を買いに花屋に立ち寄った時だ。花を選んでいると、笑顔で店員が声を掛ける。
「いらっしゃいませ。どんなお花をお探しですか?」
仏頂面の軍人にも物怖じせず、ぐいぐい自分のペースに引き込む彼女にダスティンは正直鬱陶しかった。
「奥様にプレゼントですか?」
「妻の命日に供える花を選んでいる」
わざとらしく訂正する彼に店員の顔は真っ赤になる。
「ごめんなさい。わたしったら」
それからの彼女は自己分析をベラベラと喋り始めたものだから、ダスティンも苛立ちが募りしまいには何も買わず立ち去ってしまった。
それから数日後、例の花屋を通り掛かった時だ。
「軍人さん!!」
大声で呼ばれて反射的に振り向くとあの店員がにこやかな笑顔で立っている。
「この間はすみませんでした。わたしったらベラベラ喋っちゃって」
「まったくだ」と喉の底まで出かかったがこれ以上関わりたくなかったのでやめた。
「お詫びと言ってはなんですが、お花はいかがですか?」
しばらく悩んだダスティンが種類が豊富な花の中から選んだのは一本の白い百合。
「『飾らぬ愛』」
「は?」
突然呪文のように呟く店員を怪訝そうに見やった。
「百合の花言葉です。素敵ですね」
『飾らぬ愛』、メアリーに相応しい花だ。
帰ろうとするダスティンに店員は手を差し出す。
「160円です」
ダスティンは呆気にとられた。
「金をとるのか?」
「はい」
店員はにこにこと代金を支払うのを待っている。お詫びと言っていたのでてっきりタダかと思っていたダスティンは失笑した。
仏頂面の軍人が破顔一笑する姿に店員の顔が輝く。
「笑ったら素敵なのに勿体ない」
妻以外に言われたことのない台詞にダスティンは年甲斐もなくときめいた。
彼女の名はエセル・コールマン、夫を不慮の事故で亡くして娘と二人暮らしだという。
メアリーと正反対の性格で明るく無邪気で、前向きな彼女に惹かれ始めると同時にメアリーの面影を消すのでは恐れもした。
だが、エセルはこう言ってのける。
「メアリーさんを忘れないあなたが好きになったんです。だから、お二人まとめて受け入れますから結婚してください」
「普通、プロポーズは男がするものだ」
ダスティンは呆れながら承知した。メアリーの分まで幸せにしてやれる、そう思った瞬間だった。




