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アレックスの休暇 その1

 次の朝、いつも通りに教官室に現れたアレックスに主任のフレッドが呼び寄せた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「随分と無理をさせてしまったようだ。休養も兼ねて二、三日休暇をとってみたらどうかね?」

 戦力外通知と受け取った彼を察したのかフレッドが肩に手を置く。

「君はやがてこの学校の中心になる男だ。ここで潰れてしまっては困るからな」

 彼の言葉を聞いて人知れず胸を撫で下ろした。


 話がすんで自身のデスクに戻るとビアンカが紅茶を差し出した。話した内容はとっくに察しがついているようである。

「休めって言われたでしょ?」

「ああ。急に言われても何をすればいいのか」

 以前ならカーリンに逢って……と楽しみもあったのだが今は独り身、学校にいても仕様がないし旅行に行くあてもない。

 いや、一つだけ用があった。もうすぐ母メアリーの命日である。


 ― 久しぶりに帰ってみるか。


 

 

 学校から特急で二時間半の所にアレックスの家があった。車でもよかったのだが、昨日の今日ということで皆から止められて電車での移動となる。

 父親のダスティンとの確執以来帰省するのは久し振りで、近々カーリンと来る予定だった。

 最寄りの駅で降りたアレックスはすっかり変わってしまった街の賑やかさに驚きを隠せなかった。学生時代は閑散なただ住まいだと記憶していたが、あれから十年近く経っているのだから無理もない。

 『フラッツェルンの英雄』が育った町として一時期有名になったので、銅像の類があったらと危惧したが見当たらずほっとした。

 ここからバスで移動となり、先に向かったのは閑静な場所に建てられた母メアリーの墓だった。

「ただ今、母さん」

 街の花屋で買った白い百合の花束をそっと墓標に置く。先客がいたのか真新しい花束が既にあった。恐らく、義理の母エセルに違いない。荒れた様子もなく手入れが行き届いているところからこまめに世話をしてくれているのだと感謝した。

「カーリンと一緒に来るつもりだったけど」

 切ない笑みを浮かべて亡き母に淡々と語る。

「母さんにも会わせてあげたかった。明るくて純粋で綺麗な子だったよ」

 生前母親が好きだった百合の花が風で揺れる様をアレックスは切なく見つめた。


 墓をあとにしていよいよわが家へ到着となるのだが妙に緊張する。ひと騒動になると見越して帰省は告げていないので留守かも知れないと今頃不安になった。

 玄関の前に立ち呼び鈴を鳴らすと、間もなく中から「はーい」と間延びした声が聞こえる。ドアを開けて現れたアレックスにエセルは目を丸くした。

「アレックス?」

「ただ今、義母さん」

「まあ!! お帰りなさい!! どうしたの!? わたしったら連絡メール見落としてた!?」

 ふらりと帰ってきた息子に非常に驚いたようで矢継ぎ早に言葉を繰り出す。

「休暇をもらったから帰って来たんだ。メアリー母さんの命日だから」

「そう。中に入ってお茶でも飲みましょう」

 エセルのあとに続いて入る我が家は高校を卒業してから少しも変わっていなかった。

 彼女はパタパタと慌ただしくお茶の支度を始める。

「ダスティンは知ってるの?」

「いや、誰にも知らせてない」

「エンジェルもびっくりするわよ。今、学校だから帰ってくるのは夕方頃ね」

 エンジェルとは、十七歳になるエセルの実子である。アレックスが臨時勤務で教官になって学校へ一度来たことがあった。ここでもひと悶着あってミュラー班を巻き込んだのだ。

 そして、当然の流れてとして話はあの話題へと移る。

「カーリンは元気?」

「ああ。元気だよ」

「今度、うちに連れていらっしゃい。ごちそう作って待ってるから」

「……彼女とは別れた」

「え?」

 息子の思い掛けない告白にエセルは返す言葉がない。アレックスは感情をあまり出さないが、カーリンを語る電話の声はとても嬉しそうだった。だから、こうして平気な顔をしているが内心はつらいのだとエセルは胸を痛める。

「父さんに大口叩いておいて情けないな」

「そんなことないわ。ここだけの話、わたしも結構失恋したのよ」

 明るく笑うエセルに気が少しだけ軽くなった気がした。

 すると、また呼び鈴が鳴ってエセルが玄関へ向かう。アレックスが紅茶を飲んでいると、彼女はフラワーアレンジメントを胸に抱えて首を捻りながらリビングに戻って来た。

「誰から?」

「宛名はセバスチャン・モールって方なんだけど、ダスティンの仕事関係かしら? メアリーさんの命日にってメッセージカードが入っているのよ」

「セバスチャン?」

 アレックスの予想が正しければカーリンの屋敷で執事をしている元軍人の男だ。エセルから送り状を受け取るとやはりリヒター・ド・ランジェニエール家の住所になっている。

 それにしても何故彼がと疑問に思いながら電話をかけてみた。

「ご無沙汰してます、アレックス・ミュラーです」

『いえ、こちらこそ。しばらくですね』

「花が届いたので礼も兼ねて電話しました」

『実はカーリン様が屋敷に戻られた時に、私の名前で花を届けてほしいと仰いまして」

「カーリンが?」

『はい。なんでもミュラー少佐のお母様の命日だとか」

 

 ― 覚えていてくれたのか。


 アレックスは胸が熱くなる。

 

 それは二か月前のことだった。秋になったら旅行に行きたいとカーリンが提案した。

「ね、いいでしょ?」

「そうだな。だったら俺の家に行くか」

「え? 少佐の実家? それって……」

 結婚を決めたカップルが両家に挨拶に行くあの儀式かと強張る彼女にアレックスが苦笑する。

「そんな堅苦しいものじゃない。母の命日に合わせて家族にも紹介しておきたいから」

「お母様の命日……」

 カーリンの脳裏に彼の部屋に飾られた写真立ての女性が浮かんだ。静かに微笑む美しい人。

「分かりました。その日に向けて頑張ります!!」 

 彼女が妙に張り切るものだからアレックスは怪訝そうに訊ねる。

「何を頑張るんだ?」

「少佐に恥じない大人になるんです」

「カーリンはそのままでいい」

 気持ちだけが空回りするカーリンの行動は教官をしている頃からお見通しだ。こちらの考えを察したのか拗ねた顔をしている。

「少佐はいつもそうやって甘やかすから、わたしはダメダメになっちゃうんですよ」

「お前が駄目とは一度も思ったことがないが」

「ほら、また」と吹き出す彼女にアレックスもつられて微笑んだのは懐かしい思い出だ。


『ミュラー少佐?』

 電話の向こう側で名を呼ばれて現実へ戻る。

『内緒だときつく言われましたが、ご覧のとおり口が軽いものですからご報告しておきます』

 この男はカーリンと別れたことを知っているのだろう。だから、敢えて言いつけを破ってアレックスに伝えたのだ。カーリンはこんなにもあなたのことを想っているのだと。

 今一度、礼を述べて電話を切った。後に残ったのは、ほのかな温かさとほろ苦い思い出。

 カーリンらしいと思った。

 約束は果たせなかったがせめてメアリーには花を贈ってあげたい。しかし、差出人が別れた相手では気まずい。さて、ここで誰の名前にするかと悩んだはずだ。

 そして、苦しまぎれに出た名前が執事のセバスチャン。確かに彼とは面識はあるが交流はない。


 ― 意外な人物から贈られたらふつう警戒するぞ。


 突拍子もないカーリンの考えに口元が綻ぶ。そんな息子の様子をキッチンから眺めるエセルは料理に取り掛かるのだった。

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