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後悔 その2

 カーリンは、フィリデオに食事も兼ねてホテルのラウンジに誘われたので言われるがままついていった。

「もう大人なんだから、飲んでも大丈夫だよね?」

「お酒は弱くて」

 ワインを差し出されて、おずおずと答える彼女にフィリデオがにやりと笑った。

「へえ。立証済み?」

 カーリンが真っ赤な顔で俯いてしまうと、今度は声を立てて笑い出す。

「相変わらず、嘘はつけないね。まあ、そこがカーリンのいいところだけど」

気恥ずかしさに耐えかねてカーリンはグラスを一気に煽った。ワインが喉を通っていくと体がかっと熱くなる感覚は、まさしくアレックスが誕生日を祝ってくれたあの夜と同じだ。


「だからー、少佐はねえ」

 既にろれつが回らず目が座っているカーリンに、フィリデオは苦笑する。


 ― 弱いってほどではなさそうだ。


 あれからカーリンは、彼が止めるのも聞かずワインをボトル半分は飲み続けた。確かに酒癖はいい方ではなく、くどくどとアレックスの愚痴と惚気を聞かされる羽目となる。

「結局、彼が好き? 嫌い?」

「好きに決まってるでしょー!! ん? 待てよ。今は嫌いかも」

「じゃあ、僕にする?」

「んー」

 酔っ払い相手にまともな会話が成り立つとは思わないが、これまでに見たことのない彼女が楽しくてつい構ってしまう。

「フィリデオは好きだよ。一緒にいると気が楽だし、同等でいられる」

 急に声のトーンが落ちたのでカーリンを見ると、グラスの中で溶けていく氷を眺めていた。結露を指ですくうとテーブルに何やら書き始める。

「彼とは同等じゃない?」

「だって、わたしは未だに階級で呼ぶんだ。恋人ならファーストネームで呼び合うのが普通なんだろ? でも、わたしにはできない」

 本音を語るカーリンをしげしげと見つめた。いつも幸せそうにアレックスに寄り添っているが、実は彼女なりに悩みを抱えていたとは意外だった。

 尚もカーリンは続ける。

「少佐はとっても大事にしてくれる。優しいし頼りになる最高の彼氏だと思う。でもね、時々遠いく感じるんだ」

「その言葉、ミュラー少佐に直接伝えたことは?」

 カーリンは首を横に振って長いまつげを伏せた。

「伝えれば少佐はすごく悩んでしまう。相手が悪いと考えるより自分を責めるんだ」

 ぽつりぽつり語ると、彼はすべてを受け止めるように穏やかな表情で聞いている。だからだろうか、溜めこんでいた思いをフィリデオに吐き出した。

 今、思えば学校にいた頃はお互い本音を言っていたが、付き合い始めてからそういった場面が随分減った気がする。

 愛だの恋だのと浮かれて、現実やこれから起こり得る問題を避けていた。アレックスは考えていたかもしれないが、少なくともカーリンは予想だにしていない。

 法律上成人になったが、まだまだ子どもだとまたもや思い知らされた。

「カーリン?」

 膝の上に置いた手に雫が落ちた。顔を上げたカーリンは濡れた頬で笑顔を作る。

「すぐ泣くのってズルいよな。男の人って一番嫌がるだろ?」

 そうやってアレックスに気を遣って傍にいたのだろうか。だから、彼も大切にし過ぎて互いの気持ちがすれ違う。

 立場も境遇も違い過ぎる二人が埋めるべき溝は思いの外深かった。

「思い切り泣いたら? 幸いここには『フィリデオお兄様』しかいないんだから」

 フィリデオの言葉に、笑顔が崩れて嗚咽するカーリンが不憫でならない。

「そんなにつらいなら別れなよ」

 禁断の台詞が喉まで出かけたがぐっと飲みこんだ。言えば、悲しむのは彼女なのだから。



  

 一方、アレックスは元教え子とのデートを終えると夕方には部隊へ戻ってきた。

「教官、今日はごちそうさまでした」

「カーリンが世話になっているからな」

そう言う彼はやはり寂しげで、チェリーは辺りを見渡して提案した。

「もう少し待ってみませんか? ひょっとして戻ってくるかも」

「そろそろ帰らないと仕事がある」

アレックスは小さく笑うと、部屋に戻るようチェリーを促した。何度も振り返る彼女とカーリンを重ねる。

結局、カーリンとは会えなかった。一度狂い出した歯車はなかなか噛み合ってはくれない。


 チェリーが部屋へ戻ると早速携帯電話を手にした。

「セドリック、元気?」

『今日は行けなくてごめんな』

「いいわよ。その代り教官とデートしたから」

『ホントか!?』 

 セドリックの驚いた声にチェリーは少しだけ焦った。アレックスに片想いだったのは彼も知るところだが、いくら過去のこととはいえ自分の立場でもいい気はしない。

 チェリーは言い訳がましく説明した。

「本当はカーリンに会いたかったんだけど、約束していなかったみたいであの子出掛けちゃってたの」

 だが、彼が驚いたのは他の理由だったようで

『ミュラー教官、ここのところ徹夜まがいの生活が続いてさ、今日は部屋でゆっくり休んでいるとばかり』

 アレックスは元々表情や態度に出さないタイプなので分かりづらいところもあるが、言われてみれば少しやつれた感じではあった。

 そんな事情なら、デートせず早目に学校へ帰した方がよかったと今更だが後悔した。


 ― 時間が空いたからって嘘だったんだ。


 チェリーは、シノブとの噂がまだ尾を引いていたらしく誤解を解こうとわざわざやってきたのだだと考える。

「そんなに仕事、大変なの?」

『次期主任候補だからな。教官の補佐も兼任しているから、いくら有能でも限度があるよ。それにカーリンのために時間を作ろうと頑張っているから、体を壊すんじゃないかって心配しているんだけど』

「あんたも手伝いなさいよ」

『俺だってしたいけど、書類を集めたりとかほんとに手伝い程度しかできなくてさ』

 悔しさが交じる声にチェリーは口を噤んだ。彼女自身もせいぜい上官の指示をこなすくらいしかできない。処理が早いか遅いかだけの違いで、内容までは深く知り得ない。

「セドリックがそうなら、他の人には無理ね」

 彼女なりのフォローに電話の向こう側でくっくと笑い声がした。

「なによ」

『褒めてくれて光栄だよ』

 チェリーは、悪いと思ったらすぐフォローに入る。ただ素直ではないので憎まれ口になるのがオチである。

 もう慣れたセドリックはそこが可愛いとつい笑ってしまったのだ。

 なにか言い返そうとした時に、部屋にカーリンが戻ってきたのでセドリックに事情を話して通話を終えた。

「お帰り」

「ただ今」

 近くに寄るとカーリンから酒の匂いがしたので、チェリーは顔を顰めた。

「お酒飲んできたの? 一人で?」

「フィリデオと少しだけ」

「フィリデオってあの参事官!? あんた、なに考えてんのよ!!」

 チェリーは呆れるやら腹立たしいやらで気持ちの整理が追いつかない。脳裏に浮かんだのは、アレックスの寂しげな表情だった。

「教官、今日来たのよ」

「え……?」

 カーリンが一瞬戸惑い、顔が強張り緊張が走った。

「聞いてないよ」

「約束はしてないけど時間が空いたからって言ってたわ」

「だったら仕方ないよ」

 いつになくあっさりと引き下がるカーリンに苛立ちが募る。

「教官だって暇じゃないのよ。今日だって、ちゃんと連絡取り合ってたら分かることでしょう!?」

 すると、カーリンの態度が一変して険しい顔になった。

「みんな少佐ばかり味方して!! もう放っておいてくれないか!!」

 こんなに怒鳴られたのは初めてで、チェリーは目を白黒して呆然とする。着替えもせずベッドへ潜るとチェリーに背を向けた。

 アレックスが逢いに来てくれた事実がカーリンの胸に重くのしかかる。


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