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想いと思い

 アレックスの言葉通りいい子にしていたかどうかは疑問だが、夕方になったので部隊へ帰ろうとした時だ。

見送るヘレーナと一緒に玄関へ出ると赤いスポーツカーが停車した。颯爽と降り立ったのはフィリデオである。

「こんにちは、ヘレーナおば様」

「元気そうね。あなたの活躍は主人から聞いているわよ」

「恐縮です」

「なんの用さ」

 自分抜きで会話が弾んで、カーリンとしてはいささか面白くないので言い方もぶっきらぼうだ。

「部隊へ帰るんだろ? 送っていくよ」

「いいよ。一人で帰れる」

 居所さえ筒抜けだと警戒するよりも早く、申し出を断った。

 しばらく送る送らないのやり取りが続いたが、結局カーリンが押し切られるとヘレーナに見送られて我が家をあとにした。



 車が走り出して間もなく、カーリンはようやくあの疑問を思い出した。

「ところで、なんでわたしの居場所がわかったんだ?」

 彼女の祖母が連絡をくれたと、フィリデオが種を明かす。


  ― おばあ様の仕業か。どうしてもフィリデオと婚約させる気だな。


 保守的なフリーデルは、リヒター·ド·ランジェニエール家の一人娘には然るべき人物を婿にと考えていた。

 もちろんその人物とは貴族出身であって、いくら軍人としての名声があっても庶民のアレックスは受け入れ難いらしい。

「例の件、ちゃんと彼に話した?」

「例の件?」

「ほら、どうやってあのカメラマンの気を逸らせたかってやつさ」

 フィリデオから言われて、アレックスとギスギスした空気はそこから始まったのだと再確認した。

 ジェロニモを欺くためとはいえ、一言の相談もなくシノブと噂になるとはいい気分ではない。隣でむくれるカーリンが答えだとフィリデオは受け取った。

「僕が聞こうか? ミュラー少佐とはもう一度話がしたいし」

 それこそいらぬお節介だとカーリンは首を激しく横に振る。

「これはわたしの問題だ。自分で解決しないと意味ないんだよ」

「へえ、随分前向きなんだね。それでこそカーリンだ」

 カーリンが胸元のネックレスをぎゅっと掴んだ。落ちこんだ時や悩んだ時に、アレックスが贈ったそれを触るのが癖になっていた。




「ただいま」

 フィリデオに部隊まで送ってもらったカーリンが部屋に戻ってくると、チェリーが開口一番

「カーリン、教官さっきまで待っていたのよ」

 ランディが気を利かせてあれこれ用を作って、帰る時間を引き延ばしていたがついに時間切れとなったとのことだ。

 チェリーもセドリック達の見送りに行ったが、門の方を見つめるアレックスが寂しげだったとも言った。

「少佐とは昼に電話で話したよ」

「怒ってたでしょ?」

「いい子でいろって子ども扱いされた」

 カーリンが着替えもせずベッドに寝転んだので、チェリーは端に身を乗り出す。

「取り敢えず言葉を交わしたんだ」

 母親のせいで不可抗力とはいえ久々に恋人の声を聞いた。部隊にいたので声色は軍人のものだったが、低く澄んだそれはたまらなくカーリンの耳に木霊す。

 悔しいがこんなわずかな瞬間もアレックスが好きだと思い知らされた。

「カーリンは初めての恋人だから分からないだろうけど、やきもきする場面って結構あるんだから」

 すると、カーリンがくるりとこちらへ寝返りを打つ。

「そんなものなの?」

「ええ。彼氏が浮気しただの横取りされただの」

「チェリーもそんな目に遭った?」

「わたし? そこは女の勘で回避したわよ」

 恋愛では大先輩の話は、未知の世界でカーリンは興味津津で聞いていた。

「まあ、恋のハードルが高すぎたわよね。初恋が年上のイケメン教官で中距離恋愛」

「どうせ、子どもだよ」

「ほんと、こんな子を好きになったのかしら。ほかにもいい女はいっぱいいるのに」

 それを言われたら返す言葉がない。


 《わたしのどこを好きになってくれたんですか?》 


 卒業式にアレックスに尋ねたことがある。悔しいかな今のチェリーと同じ疑問を彼にぶつけたのだ。

 すると逆に「俺のどこが好きなんだ?」と聞き返された。言葉を選んで間が空くと「恋愛とはそんなものだ」と笑うアレックスが印象的だった。

 珍しく難しい顔をするカーリンにチェリーがすかさずフォローに入る。

「もちろんカーリンにもいい所はあるわよ。運動神経がいいとか私には負けるけど美人だとか」

「ありがとう。少佐に会ってみるよ」

 チェリーのお陰で大切なことを思い出した。恋したてのあの純粋な想いを。



 翌日、部隊の各班で月に一度の強化訓練が行われた。事務が多いカーリンは待ってましたとばかりに朝から機嫌がいい。

 しばらくご無沙汰だった戦闘服に着替えると、訓練生として過ごした日々が蘇る。落ちこぼれの班を救ったのが臨時教官アレックス・ミュラー少佐だった。

 そして、卒業試験では見事準優勝を成し遂げたまさに奇跡のミュラー班だったのである。

 その噂はここにも届いているようで、彼女の実力を測ろうと周りに数人集まり始めた。もちろん、彼らの目的はそれだけではなく多少の下心もある。

「リヒター伍長、俺と組むか?」

「えっ?」

「いやいや、俺としよう」

 誘いがあるのは男ばかりで女性は敵わないと遠巻きから見ていた。組み合えるのは嬉しいが卒業試験の最中に肩を脱臼したので、アレックスから無理するなと釘を刺されている。

 返事に困っていると、オレンジの髪の上官が彼等の誘いを一蹴してくれた。

「ここは直属の上官である俺に権利があると思いますが?」

 口調は軽いが有無を言わせない迫力がランディにある。仕方なく彼に譲って軍人達は傍観者のを決めこんだ。

「というわけでいいかい?」

「お手柔らかにお願いします」

 相手は恋人も一目置いているランディだ。カーリンの顔が一気に引き締まる。

 三十分一本勝負で始まった二人の戦いに他の者達も自然と目の端で行方を追った。


 ランディとカーリンは男女の体格差や筋肉の質も違う。それは教官だったアレックスに叩き込まれている。

 彼の蹴りを体を反らせて交わすが体勢は一切崩さない。バレエで養ったバランス感覚としなやかがカーリンの武器である。

 最初は手加減をしていたランディも次第に本気になってきた。繰り出す攻撃を回避して機会を窺うカーリン。

 彼女の性格から突っ込んでくる攻撃型と読んでいただけに、ランディは肩透かしを食らった。


 ― へえ。随分鍛えられたな。


 組み合っていると親友の姿を彷彿とさせる。型や動作はまったく違うが、アレックスがどれだけカーリンを大切に育ててきたかが分かったからだ。自分の手を離れても強く生きていけるように、と熱い思いがひしひしと伝わってくる。

 それはカーリンも組み合っている最中で感じ取っていた。思い起こせば、教官のアレックスと組み合う時が一番充実していた。

 互いに目を離さず一心不乱に相手の心を探る。カーリンの攻撃が決まるとふっと笑う彼が好きだった。それだけ余裕があったのかも知れないが認められた気がして嬉しかった。


 無我夢中で組み合って終了を告げる声があがった。肩で息をする部下にランディが拍手をする。

「正直驚いたな。さすがアレックスの教え子だ」

「カルマン大尉が手加減してくれたお陰です」

「途中から真剣だったんだけどね。肩は大丈夫か?」

「肩?」

「脱臼してたんだろ? 再発させたらあいつにどやされるからな」

 そういえば、と左肩をグルグルと回すカーリンに彼は呆れた。確かに一つのことしか目に入らないタイプなので、学校在籍中はさぞハラハラしたに違いないと親友の心労をねぎらうのだった。


 

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