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論より証拠 その1

「えぇ-っ!!」

 カーリンの叫びがランディの鼓膜を直撃した。この間、アレックスとのニアミスを恐れて屋敷に避難した報いだろうか。それとも腐れ縁なのか。

カーリンは何を恐れているのか? それはランディの言葉にある。


「ただ今からシャトレーズ軍人学校へ行くから用意して」

部隊から公務で出掛けるのは珍しくはないし、以前カーリンも行ったことはある。同期や思い出多い学校へ赴ふくのはワクワクするが、問題はタイミングだ。

アレックスのホームグラウンドへ飛びこむなど、すねに傷を持つ身のカーリンにとって大変居心地の悪いこと間違いなしである。

「今、とっても忙しくて」

「あの用件は急ぎじゃないから大丈夫だよ」と、上官はつれない返事だ。

「カーリンを連れていかないと、あいつの機嫌が悪くてさ」

「少佐は公私混同しないので心配ご無用です」

「まあね。その分、こっちにとばっちりがくるんだよ」

肩を竦めるランディは、味方なのかそれとも敵なのか。しまいには命令とまで言い出してちゃっかり上官風を吹かせるのだった。

 渋々と指示された書類をかき集めてビジネスバッグに詰め込むとランディの後を追った。




 軍人学校の門をくぐっていよいよ教官室へと向かうランディとカーリンだが、ここに来るまで彼女はため息の嵐だった。

 教官室のドアを開けると、その場にいた教官達が一斉に注目する。カーリンはたじろいだが、その中にはセドリックの姿もあったので露骨に安堵した。

 椅子を引く音がしてこちらへやってくるアレックスにランディは握手を求める。

「元気か?」

「ああ」

 その際、上官の肩越しにある鋭いグレーの瞳と目が合ってカーリンは慌てて視線を外す。

「本日は、ご所望の部下をお連れしました」

「わーっ!! なんてことを仰るんですか!?」

 私情挟んだ紹介にカーリンは目を剥いたが、ランディはにやりと笑って相手にしなかった。

アレックスは一瞥するだけで、二人にソファへ座るよう促した。

 大きなソファに身を小さくして俯く彼女と、長い脚を組んで半眼でこちらを見やる親友。その対比が可笑しくて必死に笑いを堪えるランディは、課業の準備をする婚約者のビアンカと目が合った。

 挨拶代わりにウインクしたが、素知らぬふりをして部屋を出ていくところは親友に似ている。

 ランディは気を取り直して、今だけ上官のアレックスに顔を戻した。

「さて、本日の用件は……」

 目の前に座っているアレックスに気を取られて、カーリンはランディに手助けしてもらいながら話を進めるのだった。


 仕事に熱中している上官達がそろそろ休憩するので、カーリンはジュースを差し入れしようと教官室を出た。ロビーに置いてある自販機でジュースを買っていると、視線を感じて振り向くと数人の女子がどよめく。

「リヒター伍長ですよね?」

「あ、うん」

「ほら、やっぱり!!」

 女子達の表情がぱあっと輝いて、一斉にカーリンを囲んだ。

「リヒター伍長って、わたし達女子の間では伝説の人なんですよ!!」

「伝説?」

「はい!! 最初は落ちこぼれだったけど、卒業試験で見事準優勝したんですよね!!」

 カーリンは遠慮ない台詞に苦笑するしかなかった。事実だから仕様がない。

「わたしだけの力じゃないよ。班のみんなとミュラー教官のお陰だ」

「わたし達もミュラー教官に教えてもらいたかったなあ」

「かっこいいし大人って感じよね」

 ため息交じりに呟く女子に、当時の自分と重ねた。


 ― ミュラー教官を四人で独占してたんだから、今思えば贅沢な話だな。


 学校から見放されたカーリン達はすさんでいたので、新しい教官が着任すると聞いてまた『外れ』を押しつけられたとくらいしか認識なかった。

 ところが、実際に現れたのは『フラッツェルンの英雄』と呼ばれたイケメン軍人だったから驚いた。


「それにしても、リヒター伍長ってスタイルいいし綺麗ですよね。羨ましいなあ」

「彼氏いるんですか?」

質問はプライベートまで及んでいく。頷くカーリンに彼女達が興奮した。

「やっぱり!! 同じ部隊の方ですか?」


 ― 君たちが憧れるミュラー教官だよ。


そうは言えず、勝手に盛り上がる女子達に愛想笑いで誤魔化す。

一人の女子の質問がきっかけで、話題は聞きたくないあのことへと流れた。

「ミュラー教官は、その頃カノジョいなかったんですか?」

「馬鹿ねぇ。いたらカワサキ教官とどうこうなっていないわよ」

「そっか。わたしもチャンスがあるかもって期待してたんだけど」

「無理無理。歳も違うし階級もめちゃ上よ。釣り合わないって」

ケラケラと笑う彼女に、カーリンの鼓動は周りに聞こえるのでは心配するくらい高鳴った。

自分には彼は相応しくない、そう責められているようで愕然とする。

そんなことは最初から承知していた。足りない分は愛で補えると信じていた。だが、シノブの存在によってそれも揺らぎつつある。

課業開始のチャイムが鳴ったので、彼女等はペコリと頭を下げてそれぞれの場所へ戻っていった。

呆然と立ち尽くすカーリンに、女子の笑い声が遠ざかる。


昼過ぎに、アレックスがフォーメーション訓練の補佐があるということで一時中断となった。ランディはそのまま残って仕事を続けると言うので、訓練風景を見学したいと許可を請う。

 彼は快く承知してくれたので、訓練場のギャラリー席で傍観する。

 フィールドに訓練生達が現れると、黒髪を一つに束ねたシノブが続いた。決して派手な容姿ではないが、張り詰めた空気の中で物静かな雰囲気が却って目を引く。

 フォーメーション訓練にあたり、事前説明を行うシノブが顎に手を当てて考え込んだ。そして、呼ばれたのがアレックスだった。

 身を寄り添って手順書について話し合う様子に、カーリンの胸は締め付けられる。

 やがて、監督席に戻っていくアレックスはギャラリー席のカーリンを見つけた。足を止めた彼の視線を怪訝そうに辿ったシノブとも目が合った。

今、自分はどんな顔をしているだろうか。



「リヒター・ド・ランジェニエール伍長」

 長いフルネームを呼ぶ者はそういない。それにこの低くいい声は決まっていた。訓練を終えたアレックスがあとを追い掛けてきたらしい。

「お呼びでしょうか。ミュラー少佐」

 久しぶりに見る恋人は、戦闘服姿も雄々しく相変わらず格好いい。

「なぜ私を避ける?」

「避けてません」

 そっぽを向いてこちらを見ようとしないカーリンの腕を掴んだ。

「話してくれないと分からないだろう?」

 アレックスは宥めるように口調を和らげる。

 話しても無駄だと言えば懇々と諭すに違いない、彼はそういう人間だ。覚悟を決めてカーリンは重い口を開く。

「カワサキ教官と仲がいいんですね」

 アレックスは「やっぱり」と眉をしかめた。

「彼女とはなんでもないし、補佐が仕事だから仕方がない」

「仕事だったら何でも許されるんですか!?」

「そんなことは言ってない。どうしたんだ、急に」

 課業中なのに不覚にも恋人の顔になった彼に、まるで駄々をこねる子どもだとカーリンは自己嫌悪する。

「私が信じられないのか」

 もちろん信じている。だが、不安の波は次から次へと彼女を飲みこんでいった。


 ― わたしは本当に愛されているの……?

 

 疑問の火はカーリンの胸全体に燃え広がって、気が付けばとんでもないことを口にした。

「信じろと言うなら、ここでキスして下さい」

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