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駆け引き その1

 取材陣の波は案の定フィリデオにも押し寄せていたが、国家機関が防波堤となり本人への影響は少なかった。

 肩書と華麗なる一族ということを除けば、お互い独身なのだから特に問題はない。身辺は気を付けろと先輩方の厳重注意を受けて、フィリデオはいつも通り勤務に従事する。


 ― カーリンも大変なことになっているだろうな。


 彼女の身を案じて携帯電話を持とうとしたが、腕に鋭い痛みが走って顔が歪んだ。

 軍隊で訓練は受けない一般人が、物を持った相手に立ち向かうなど無謀な行為である。

 それなのに、咄嗟に彼女の前に体を投げ出していた。結果として残ったのは、名誉の傷とカーリンへの深い想い。

 恋人とデートだと言ってはにかむ笑顔、送っていくとの申し出に困惑した顔、負傷したフィリデオを置いてはいけないと涙する顔。

 たった一時間足らずで様々な表情を見せる彼女が、そばにいたらさぞ飽きないだろうと頬が緩む。

 貴族も参事官という立場も、本音と建前が混沌とする世界だ。偽りのない真っ直ぐな心を持つ彼女の存在がどれだけ貴重なことか。

 この騒動を機に、カーリンとの婚約を進めてもよかったが男としてフェアではない。奪うなら堂々と……と考えを巡らしていると、携帯電話のバイブレーション機能が着信を告げた。

『フィリデオ・フォン・メレンドルフ参事官殿の携帯電話で間違いないですよね?』

 電話に出た早々不躾な物言いに、不快に感じたが冷静に対応する。

「まずはそちらから名乗るのが礼儀では?」

『これは失礼しました。わたしはジェロニモ・マルッシというカメラマンです。リヒター嬢とのことで少々お時間をとって頂きたいのですが』

 やけに遜ってはいるが絶えず相手の出方を探っていた。

「申し訳ないが、あなた方のお陰で忙しいので失礼する」

 電話を切ろうとするフィリデオに、ジェロニモが大声でまくしたてる。

『彼女は別の男性と交際しているとご存知でしたか? こちらも結構有名人ですがね』

「別の男性?」とわざととぼけてみせた。

『電話ではなんですから、直接会って頂けませんか?』


 ― ミュラー少佐が矢面に立つのは構わないけど、カーリンが巻き込まれるのはごめんだ。それに、今この男に騒がれて二人の仲が深まるのも頂けないな。


ほんの少しの間で、あるゆる可能性をはじき出した結果は……。




 街が煌びやかなネオンに包まれる頃、赤いスポーツカーがあるレストランの前に停まった。そこへ降り立ったのはフィリデオだ。

 フォン・メレンドルフ家がよく利用しているこのレストランは、郊外の閑静な場所にある。

 店に入ると、オーナーが奥にある個室を案内した。

「待たせて申し訳ない」

「こちらこそお忙しいのにすみませんねえ」

先に来ていたジェロニモが薄笑いを浮かべて出迎える。

歳は四十代前半で、上目遣いで相手を探るような細い目だ。細身で頬がこけて、しわだらけの服のせいか貧相に見える。

品のいいブランドの服装のフィリデオとは大違いだ。

「予約なしでこんな高級な所が取れるなんてさすがですね」

「僕に限ったことじゃない。先輩方はもっといい場所を準備出来るんじゃないかな?」

ウエイターがグラスにワインを注ぐ動作を二人は見つめている。

ジェロニモがグラスを合わせようとしたが、フィリデオは目の高さに持ち上げるだけに留まった。

そんな彼に、ジェロニモは肩を竦めてワインを煽る。

 

 会ってくれと頼んだくせになかなか切り出さないジェロニモを、フィリデオは焦らずじっくりと機会を窺った。

 交渉術は心得ている。そうでなければ、この若さで参事官は務まらない。

「こう言っちゃなんですがね、参事官モテますよね?」

 仕掛けてきたのはカメラマンの方だった。「どうかな?」と流して食事の手は止めない。

「その中でも、リヒター嬢を選んだ決め手は何です?」

「彼女とは遠縁で幼い頃からよく知ってるし、決め手になるようなものは特にないよ」

「婚約の件はお認めになるんですか?」

「まだ正式には発表していない。勇み足だったようだね」

「電話でも話しましたが、リヒター嬢には現在付き合っている男性がいるのはご存知でしたか?」

 ジェロニモを一瞥すると、フォークとナイフをそっとテーブルへ置いた。口をナプキンで拭うとワインのグラスに手を伸ばす。

「アレックス・ミュラー、『フラッツェルンの英雄』」

 ジェロニモはわずかな反応も見逃さないよう、目の前の青年に神経を注いだ。


 彼がアレックスに辿り着いたのは偶然だった。カーリンの身辺を探っていたら卒業生から興味深いネタを手に入れる。

 当初は訓練生や教官側には緘口令が敷かれているのか、取材に応じる者はいなかった。ならばと別の角度から崩しに掛かる。

 今年度の卒業生で直接カーリンと関わりのない女子二人と接触した。突如現れた胡散臭い中年に警戒していた彼女等だが、そこは各方面の曲者を相手しているジェロニモだ。世間を知らない少女に取り入ることなど朝飯前である。

 昼休みにファミレスへ呼び出して、今どきの女子が好きそうなスイーツを注文するとたちまち彼女等は打ち解けた。

「君たち、リヒター嬢と同期だよね?」

「リヒター嬢? ああ、カーリンね。今、大騒ぎになっているけどおじさんもその取材?」

「そんなとこだ。彼女と婚約者ってどんな感じだった?」

「カーリンに婚約者がいたなんて初耳よ」

「ねえ」と女子は顔を見合わせる。

「へえ。じゃあ、在学中は誰かと付き合っているって噂はなかったのかい? あれだけの器量だ。男は放っておかないよね?」

「本人が恋愛に鈍くて、結局セドリックもダメになったみたい」


 ― セドリック? ああ、マーティン社の御曹司か。


 ジェロニモの頭には、次々と見出しが上書きされていた。それにしても、この女子達は人の驕りだと遠慮なくスイーツを平らげる。

 ありきたりな子どもの恋愛と諦めていた時だ。一人の女子が「そういえば」とようやくスプーンを口から離した。

「カーリン、ミュラー教官と仲が良くなかった?」

「そう? ケンカばかりしていたわよ。もっぱら、チェリーの方がベタベタしていたし」

「ミュラー教官? アレックス・ミュラー?」

 ジェロニモが聞き返したが、既に二人だけの世界に入り込んで勝手に盛り上がっている。だが、彼は口を挟もうとはしなかった。何故なら、傍から聞けば下らない会話でも思い掛けないヒントが転がっているからだ。

「だって、合同訓練でカーリンが倒れたときお姫様抱っこしたじゃない?」

「あれ、凄かったよね!!」

 二人のテンションと声量は更に上がる。

 教え子が卒倒したら、誰でもそのくらいはするだろう。ジェロニモが知りたいのはもっと決定的なものだ。

「訓練中に抱き合ってたって噂もあったよ」

「あれは事故みたいなものね。チェリーが悔しがってたもの」

 しばらくは昔話で盛り上がったが、そろそろお開きの時刻を迎えた。勤務に戻る彼女等を見送ったジェロニモは口角を上げる。


 ― 貴族の令嬢と英雄と呼ばれた軍人のロマンスか。悪くないな。


 女子の会話で確証は得ていないが、追々固めていけばいい。他にもマーティン社の息子との噂はあったようだが、ジェロニモは興味をそそらなかった。

 セドリックと恋仲になったところで、単なるカップルに過ぎない。だが、フィリデオとアレックスは違う。

 そうなると、フィリデオの立場はどうなるのか。恋人と婚約者、意味合いは大きく変わってくる。

 華麗なる三角関係に、ジェロニモの血はふつふつをたぎるのも実感した。


 


 

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