ゴシップ その3
カーリンの恋人は自分だと公表すれば、たちまち三角関係だのネタを提供するようなものである。アレックスは拳と唇を固く結んでひたすら耐えた。
「ミュラー少佐!!」
ひと際甲高い声にアレックスが振り向くと、人垣をかき分けてくるレイアーカットの女性と目が合った。
彼女の名はキャロライン・ラッセル。
以前、リヒター・ド・ランジェニエール家の黒歴史を追究して、アレックスに叱責された女性記者だ。
必死に伸ばす彼女の手にはメモ紙が握られている。彼が受け取ると同時に、十数人の警備兵によって報道陣は玄関の外へ追い出された。
アレックスがその足で向かった先は食堂の外で、そこに待っていたのはキャロラインである。メモには待ち合い場所が書かれていたのだ。
「久しぶりね」
「こんな形で再会するとはな」
「ほんと、よほど縁があるみたい」
キャロラインは苦笑した。
「それにしても、厄介な相手にスクープされたわね」
口ぶりからすると、彼女はその人物に好意的でないように思える。
「どんなやつだ」
ジェロニモ・マルッシ。フリーのカメラマンで、政界から日常生活のいざこざまで金になるネタならなんでも拾う。
キャロラインに言わせれば、信念がなくハイエナみたいな男だそうだ。ハイエナだけに鼻が利くとそれこそ彼女が鼻でせせら笑う。
「会って話がしたい」
すると、キャロラインが大きく目を見開いた。
「やめておいた方がいいわ。あなたまで痛くない腹を探られるわよ。いくら教え子だったからってそこまでする必要が……」
と、ここまでまくしたてて彼女が口を噤む。顎に手を当ててアレックスを横目で窺った。
「まさか、あなたとあの子ってそういう関係?」
職業柄か、短いやり取りでカーリンとの関係を見抜くところはさすがである。同業者のキャロラインに明かすのは気が引けるが、今は情報と味方が欲しい。
「だとしたら?」
「だったらなおさらね。面白おかしく書かれて終わりよ」
「君は書かないのか?」
以前、アレックスにきつく咎められたことを思い出したのか、キャロラインが顔を顰めた。
「わたしの目指すところと違うもの。それにまた手荒な真似されるのはご免だわ」
更に彼女は続ける。
「彼女は軍から、参事官は政府からマスコミ関係に圧力がかかっているから、放っておけばそのうちほとぼりが冷めるでしょう」
「そのうちっていつだ」
「早くて二週間、遅くて半月かしら」
― 冗談じゃない。その間、カーリンを好奇の目に晒せというのか。
かつて、自身が味わった苦悩を恋人にさせたくない。
「ところで、カーリンは参事官の婚約者って聞いたけど?」
家同志の約束だけ言うとアレックスが黙ってしまったので、キャロラインは隣で次の言葉を待った。
初めて会ってから一年近く経つが、相変わらずいい男だと彼女はしげしげとアレックスを見つめる。
ただ、鋭さだけではなく雰囲気が柔らかくなったのは恋をしていたからか。いつの時代にも恋が人を変えるらしい。
「あなたには迷惑掛けたから、ジェロニモはなんとかしてみる。だから、下手に動かないで。いいわね?」
念を押してキャロラインは、取材一式が入ったバッグを重そうに担いだ。ここは同業者の彼女に任せた方が得策かもしれない。
ひとまず記事の方はキャロラインに任せて、アレックスが携帯電話を取り出すとまたもや彼女が制した。
「電話も控えた方がいいわよ。最近の盗聴器は軍使用が多いから」
連絡を取りたいのに、逢うことも話すこともできない。ならば、伝書バトでも飛ばせというのか。
一方、騒ぎの渦中にいるカーリンもやっと報道陣の嵐をかいくぐってげんなりだ。こちらはチェリーの一報で早目に対処できたが、ランディの逆鱗に触れた関係者が何人か犠牲になっている。
「まったく。事件解決に尽力したのに、まるで犯人扱いだ」
腕を組んで勢いよく座るランディは非常に機嫌が悪かった。カーリンは恐る恐るコーヒーを差し出す。
「フィリデオも大変だろうなあ」
「フィリデオ? アレックスの心配しろよ。学校にも押しかけたらしいぞ」
「少佐にも取材がきたんですか?」
恋人の関係がばれたのかと肝を冷やしたが、ランディは先回りして「元教官として」と添えた。
「『フラッツェルンの英雄』が教官だったんだ。しかも、顔がいいからうってつけだろうよ」
現在の上官は自分なのに、取材対象にならなかったせいかランディは機嫌が悪い。
「電話はしない方がいい」
ちょっと逢うくらいならいいかと訊くと、「しばらくは外出禁止だ」と彼に睨まれた。
昼食をとろうと食堂へ向かうカーリンだが、一夜にして時の人となり一斉に注目を浴びる。
「やっぱり、あの人とはそういう仲だったのね」
「違うよ。フィリデオとは親戚で」
「もうすぐ結婚ですって?」
「だから、それは……」
カーリンは、朝から会う人会う人同じ台詞を繰り返しているのでうんざりした。
最近、フィリデオがカーリンを訪ねてきたのは皆の記憶に新しく余計想像をかき立てる。
「わたしにはミュラー少佐がいるんだ!!」
そう叫びたい衝動に駆られたが、この状況では火に油を注ぐものなのでぐっと堪えた。
― 少佐も困っているだろうなあ。怒ってるかな?
などと思いを馳せる。フィリデオとデートと報じられて、誤解も解けず仕舞いだ。
「お困りのようね」
「チェリー!!」
親友の登場にカーリンの顔が一気に輝いた。今朝会ったばかりなのに、なんだか懐かしい感じがする。それだけ午前中は慌ただしかったのだ。
「参事官も軍もお偉いさんが動いているから、もうすぐ静かになるわよ」
アンテナの広さではそこらの記者に負けずと劣らないチェリーだ。信じてもいいと思った。
「教官、かなりご立腹みたいよ」
やっぱりと天井を見上げてため息をつく。無理して日程を合わせたデートなのに、他の男と一緒にいたとなると気分を害しても仕方がない。
「そっか。当然だよな」
「よりによって、なんでフィリデオと一緒にいたのよ?」
「待ち合い場所まで送ってくれたんだ。駅で別れたんだけど、わたしがあんなことになったから引き返してくれたみたい」
「ふうん。カルマン大尉にも釘刺されたと思うけど、しばらく大人しくしてなさい。今度の相手はタチ悪いってキャロラインさんが教えてくれたわ」
「キャロライン?」
「ほら、あんたのお家事情を探って教官にこっぴどくやられた記者よ」
そんなこともあったなと遠い記憶を呼び起こして頷いた。それにしても、情報交換ができるほどいつ親しくなったのか、チェリーの情報に対する貪欲さに舌を巻く。
「そいつが個人的に接触してきたら、根掘り葉掘り聞き出されるのがオチね」
「少佐は大丈夫だよね?」
「普段は沈着冷静だけど、カーリンのことになると必死だから。まあ、手荒な真似はしないと思うけど」
平然と言ってのけるチェリーに、カーリンは慄いた。慰霊祭で他の教官に殴りかかった光景が蘇り青ざめる。
「それはマズいよ!! どうしよう!!」
「向こうにはバルバート教官や及ばずながらセドリックもいるし大丈夫よ」
― そうだよな。あの二人がいれば安心だよな。ん? なんか大事なことを忘れているような……。
難しい顔をして考え込むカーリンが突然大声を上げた。
「ああっ!!」
「なによ、びっくりするじゃない!!」
― カワサキ教官もいるじゃないか!!
精神的に参っている場面でそっと支える女性が隣にいたら、ぐらっと心が傾く展開が無きにしも非ず。
アレックスを信じているがやりどころのない不安に、いきなり美しい金髪をかき乱すとチェリーをぎょっとさせた。




