恋のバトルの舞台は部隊 その2
シャトレーズ軍人学校から赴任してきた訓練生はなにもカーリンとチェリーだけではない。十数名はいるので配属された先に出向くとなるとかなり時間がかかる。
ようやく半分の数をこなしたところで昼食となり、アレックスは士官食堂へセドリックは一般食堂へ出向いた。
セドリックが料理をトレイに載せて進んでいくが、周囲の視線は明らかにこちらへ集中している。
金髪と青い瞳の華やかな顔立ち、シャトレーズ軍人学校の部隊章とくれば嫌がおうでも目立つのだ。
― うわー。嫌だなあ、この雰囲気。
学校と違って様々な年齢層と階級が多数存在している。圧倒される部隊の空気を改めて感じたセドリックは少し気後れしていた。
そんな彼を呼ぶ声に振り向くと、見覚えある人物に顔がパアッと輝く。
「セドリック、こっち」
ナチュラルボブのチェリーが大きく手を振り合図を送っていた。
内心ほっとして彼女の向かいに座る。
「チェリーがいてくれて助かったよ」
「心細かった?」
チェリーがからかい半分に言った。「そんなことない」と憎まれ口が聞けるかと思いきや、意外にも彼は笑顔で頷いてくる。
予想外の反応に、チェリーの方が赤面した。
「よくこんな所でやってられるよな」
「要は慣れよ。ところで、もう仕事は終わった?」
何の用でここにいるの訊かないのをみると、情報は既に得ているようだ。
「だいたいな。日帰りだから大変だよ」
ランディが担当なら無理矢理こじつけて泊まりにするのだが、実直なアレックスは今日中に終わらせるという。
上官の性格で、部下に及ぼす影響がこうも違ってくるのかとチェリーはため息をついた。
ー 少しは部下の恋愛事情も考慮してよね。
と、不満に思っていたら午後から部隊見学という名の自由行動だと聞かされる。しかも、広報のチェリーの案内で。
「ミュラー教官が調整してくれたんだ。せっかく来たんだから短いけど一緒に過ごせって」
上官の計らいに、セドリックは照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。
「そう言えば急な依頼があったけど、あれミュラー教官だったの!?」
前文訂正。
優しいミュラー教官は部下の気持ちをよく理解していた。
セドリックがチェリーの案内で部隊を歩き回っている頃に、アレックスは走り回ってどうにか日程を終えた。
夕方、学校へ帰る二人を見送るためカーリンとランディも玄関ホールに駆けつけた時である。
「やあ、カーリン。今、勤務終わったの?」
偶然と言うべきか必然なのか、にこやかな笑顔のフィリデオが現れた。
「珍しい所でお会いしますね」
笑顔は挑発的なものへと変わり恋敵に挨拶をする。もちろん、アレックスも礼儀として敬語で答えた。
「ええ。こちらに用がありましたので」
無表情だが、この場にいる全員が機嫌の悪さを認識している。
「このあと予定がなかったら食事でも行かない?」
フィリデオの誘いにカーリン以外が反応した。
「カーリン、わたしと約束があったわよね」
「まだ仕事が残っているぞ」
「そうだよ。部隊は厳しいんだろ?」
断る理由を口々にするアウェー状態に、さすがのフィリデオも少し戸惑っている様子だ。
「今日は無理だけど、そのうち……」
それを見たカーリンが孤立する彼を気の毒に思って庇護する発言をするものだから、アレックスの眉間のしわは更に深くなる。
「リヒター伍長、彼に渡す書類デスクに忘れたから取ってきてくれる?」
気を利かせたランディの命令で、カーリンはまた仕事場に駆け足で戻っていった。
目的の物を胸に抱えて皆の元へ急いだカーリンにアレックスが立ち塞がる。
「ミュラー少佐も忘れ物ですか?」
いきなり彼女の腕を掴んで大股で歩き出すアレックスにたたらを踏んだ。
「痛いですって」
だが、こちらを振り返ることはせずしばし無言だ。やがて、人気のない階段の下に連れ込まれると、カーリンを壁に押しつける。
「ミュラー少佐?」
両肘を壁につけて、体を被せるアレックスの影が彼女を覆った。ジロリと睨むグレーの瞳に思わずカーリンが喉を鳴らす。
― わたし、なにか怒らせることしたかな……?
鈍感な彼女は自分の一言で恋人を嫉妬させたと気付くはずもなく、首を傾げていると不意に顎を掴まれて唇を奪われた。
「うぐっ」
色気のそっけもない間抜けな声をあげた彼女を、責め立てるように激しくキスをする。
この感覚は初めての時と似ている、などと暢気なことを考えていると息が限界に達した。厚い胸を叩いて訴えること数回、アレックスの唇が離れて大きく深呼吸する彼女のそれをまた塞ぐ。
― ちょっと!! 今回は激し過ぎます、少佐!!
頭の芯が痺れて意識が朦朧とすると膝が崩れた。咄嗟に抱き締められて体がしなるほど続けられる。
ようやく長く情熱的なキスが終わり、力が抜けたカーリンは床へへたりこんだ。
「取り敢えず逢えなかった分だ」
手の甲で口を拭うアレックスをカーリンは涙目で睨む。
― 取り敢えずってなんだ!! まだ、ほかにもあるみたいじゃないか!!
「いつも少佐は強引でずるいです!! それにまだ課業時間ですよ!!」
やられっ放しでは気が済まないとカーリンは怒りを込めて文句を言うと、彼は口角を上げて自分の腕時計をカーリンの目の前に突き出した。
「三分過ぎている」
「……」
全ては計算づくめだったのかと、恋人のしたたかさに憮然とする。
「遅かったな」
セドリックが、なかなか帰ってこない二人を心配していた。チェリーは彼の無粋さに肘で脇を小突く。
「書類、あった?」
「これですか?」
「そうそう。サンキュー」
ランディが中身を確認してアレックスに手渡した。
「じゃあ、カーリン。食事はまたの機会にしよう」
今回は姫を護る騎士が多すぎるので、フィリデオには分が悪い。悠々と退散する彼を見送って、いよいよアレックス達も学校へと戻って行った。
「二人で何してたの?」
「なにってなに?」
「カルマン大尉のお使いの時よ。カーリンが行った後、教官も怖い顔で後を追ったんだから」
「べ、別になにも」
ミュラー少佐に熱烈なキスをされました、とは上官と親友に言えやしない。
「まあまあ、ブライアント伍長。世の中には無理に暴かなくてもいい真実もあるんだよ」
「さすがカルマン大尉!! 名言ですね」
「そうだろう? この間、あいつに言ったら『それは真実と言えんだろう』だって。頭硬いよな」
笑う二人を横目で見て、この人達は気楽でいいとカーリンはため息をついた。
「少佐を怒らせることしたかな」
ぼそりと呟いたカーリンにチェリーは目を剥く。
「あんた、本当に気付いてないの!? フツー、彼氏の前でライバルを庇う?」
「庇っちゃいないよ」
「自覚なし? カルマン大尉、この子にどういう教育しているんですか!?」
「ええっ!! 俺!? そこは教官だったアレックスだろ?」
とんだとばっちりにランディはげんなりすると、カーリンの両肩に手を置いて正面を向かせた。
「とにかく電話で謝りな。『少佐、やきもち妬かせてごめんなさい』ってな」
「へ? やきもち?」
キョトンとしている部下に今度こそランディは盛大なため息をつく。
「アレックスだって男だぞ。そりゃあ、嫉妬くらいするわ」
肩を竦めた彼に、カーリンの頭はぼやけていた風景に次第にピントが合っていく気がした。
つまり、あのキスはアレックスの怒りも含まれていて「取り敢えず」と言ったのは、嫉妬させた分は次の機会に……ということらしい。
「早いうちがいいぞ。怒らせたらマジ怖いから」
― それを早く言って下さいよ!!
自分の鈍さを棚に上げて、上官を恨めしい目で見るカーリンだった。




