恋のバトルの舞台は部隊 その1
「はぁ……」
カーリンはデスクにうつ伏せてため息をついた。
上官のランディが席を外している間に休憩しているが気分は滅入っている。その原因はこの間の会話だ。
慰霊祭からなんだかんだアレックスと会えなくなって三週間目に突入する。季節も真夏へと移り変わったある日、カーリンが今週末どうかと尋ねると
『いや、やめておこう』
― やめておこうってなんだ!? わたしに逢いたくないのか!?
などと、ちょっと小生意気な気分になってしまった。
― そりゃあ、少佐は忙しいだろうけど休みの日くらい。
休みの日くらいゆっくりしたいのだろうと気を遣ってこちらから訪ねていいかと訊いたら、『それはまずい』の一言だ。
「何がまずいんですか?」
『あとで教える』
「あとっていつですか?」
『もうすぐだ』
「具体的には何月何日ですか?」
子どもじみた質問に、アレックスは困ったのか『とにかく、来るな』みたいなニュアンスで話を強制終了させた。
― また部屋に侵入すると思われているのかなあ。あれはやむを得ずしたことで……。
今、思えば恋人の寝込みを襲うなどカーリンの祖母が知ったら卒倒する行動に反省している。
だが、規則違反だと言いつつ激しく抱く彼を思い出すだけで顔のにやけが止まらず、それはちゃっかり誰かに見られていた。
「リヒター伍長。休憩中だからといって気を抜きすぎだ」
「へ? あっ、すみません!!」
頭上から降ってくる太い声に、慌てて上体を起こして背筋を伸ばす。
更に背後から小言は続いた。
「そんな風に教育した覚えはないぞ」
― あれ? この声はカルマン大尉じゃない?
いつもの明るく張りのある声色と違って、低く澄んだそれは聞き覚えがある。
恐る恐る振り向くと、カーリンは目を疑った。
そこには、士官帽を小脇に抱えて立っている軍服のアレックスがいるではないか。
あまりの恋しさに幻覚でも見ているのかと頬をつねったが、困ったことに痛くない。
「ミュラー少佐……?」
頷く彼に、一瞬にしてカーリンの顔が輝いた。ここが部隊ではなかったら飛びついていたに違いない。
近づいてベタベタと彼の身体を触りまくり存在を確認した。
「本物だ!!」
「私の偽物がいるのか?」
真面目に答えるアレックスの後ろで吹き出す者がいた。
「ぶっ!!」
「セドリックも来てたのか!!」
「ついでにどうも。俺は眼中になかったみたいだな」
口を尖らすセドリックだが、カーリンの耳には届いていない。
「どうしてここに?」
「お、いたいた。捜したぞ」
カーリンと声が重なったのはランディだった。大量の資料を抱えていたので、慌ててカーリンが上から半分ほど受け取る。
やれやれと自分のデスクに置くとドスッと重い音を立てた。
「早く逢いたいその気持ち、よーくわかりますよ。ミュラー少佐」
意地悪い言い方になると敬語を使う親友に、アレックスは鋭く睨んだものの当たっているだけに反論はできない。
ましてや、自然と早まる歩調にセドリックが息を弾ませていたなど知ったことではない。
「あの……」
置いてけぼりのカーリンがそっと口を挟んだ。
「ああ、どうしてミュラー少佐達がここにいるかって話だったな。卒業生の追跡調査みたいなもので、この時期になると学校の関係者が各部隊を回ってくるんだよ」
「つまり今年はわたし達が対象なんですか?」
教官コンビ二人が同時に頷いたので、カーリンの顔が一気に青ざめていく。
「それってまずいです!!」
「なにがまずいんだ?」とセドリック。
「だって……」
部隊でもそれなりにこなしているチェリーと違って、今のカーリンはお世辞にも褒められたものではなかった。
勤務態度はいいが成果が伴わず、ランディを補佐するどころか逆にされている状態なのだ。
「わたし、あまり役に立っていないし」
「そんなことないよ。それなりに頑張ってるって」
何をどう頑張っているか具体的な例を挙げないのが、上官としての思いやりらしい。
先ほどの笑顔はどこへやら、すっかりしょげてしまったカーリンにアレックスの胸は痛かった。
実は、赴任先の進路で卒業試験が評価されて機動部隊の方から誘いがあったが、肩の脱臼を理由にアレックスが断ったのをカーリン本人は知らない。
前線を経験した彼の完全な公私混同で、そのため苦手なデスクワーク勤務となったのだ。連日、四苦八苦している彼女には気の毒だが、まだ軍にいるならその方がいいと思ったのも事実である。
いつまでも自分の隣に長くいるようにと。
「……なんですね」
ランディとセドリックの会話が途切れて聞こえてきた。はっとして視線を戻すとカーリンが不安げな瞳を向けている。
「心配するな。人前に出しても恥ずかしくない教育はしてきた」
彼女の肩にぽんと手を置くアレックスに、ランディとセドリックが顔を見合わせた。
「恥ずかしくない教育をしながら、ちゃっかり教え子をものにしたんだ。マーティン伍長も見習った方がいいぞ」
「俺には到底無理です。それにもうカノジョいますから」
こそこそと小声で話す二人に、アレックスの鋭い一瞥が入る。
「さて、仕事に取り掛かるか。マーティン伍長は人事部へ行って名簿もらってきてくれる?」
仕事モードに切り替わったランディの指示で全員が一斉に動き出した。
アレックスはランディの隣に用意された椅子に座って作業を始めている。デスクの位置はランディが正面にいて、カーリンはすぐ右隣だ。
つまり、上官とかつての教官が自分の評定について、目の前で話し合っている光景はさすがに心臓が悪い。
― うわぁ、やりづらいなあ。
それでも、目は自然とアレックスを追ってしまった。教官以外の仕事ぶりを拝見するのは今回が初めてかも知れない。
動き回る彼もいいが事務をする姿もなかなかインテリっぽくてカッコいい、などと眺めていたらランディの咳払いでまた視線を書類に落とした。
一時間ほどして、一通り目途が立ったのかランディが大きく背伸びをする。
「リヒター伍長、コーヒーくれる?」
そのくらい自分でしろと腰を浮かしたアレックスを制した。
「お茶出しする彼女も見てみたいだろ?」
にっこり笑って「どうぞ」と差し出すカーリンは確かに見たい気もする。顎に手を当てて催促する恋人にカーリンはしどろもどろだ。
「えっと、二人分ですね。了解しました」
当初は戸惑うことが多かったお茶出しも、今はだいぶ慣れてきた。時々トレイごとひっくり返しそうになるスリリングな場面もあるがなんとかこなしている。
だが、相手はあのアレックスだ。これも評定に入るのかと自己診断して緊張で手が震える。
といっても、ドリップ式のコーヒーメーカーからサーバーでカップに注げばいいだけの話だ。熱さだけ気を付ければなんとことはないはずだが、そこはカーリン=リヒター・ド・ランジェニエール、やらかす予感は拭えない。
「お待たせしました」
トレイを持ってやってきた彼女の手と声が震えているので、上官二人は固唾を飲んで見守っていた。以前チェリーとビアンカの巻き添えで太ももにコーヒーをこぼされたアレックスは及び腰になっている。
なので、無事手元に届いたときは三人から大きな安堵の息が漏れた。
「な。ちゃんとやっているだろう?」
ランディが引きつり笑いをして親友の肩を叩くと、アレックスの強張った顔もやっと解れる。
「接待の欄に花丸、よろしく」
「そんな項目もあるんですか!?」
「あるわけないだろう」
ケラケラと笑うランディと呆れるアレックス、抗議するカーリンは楽しそうだ。そんな三人を寂しげに見つめるセドリックがいる。
「皆さん、俺のこと忘れてませんか?」




