恋のバトルの舞台は部隊 その3
アレックスだって男だぜ。そりゃ嫉妬くらいするわ
早く謝った方がいいぞ。あいつ、マジ怖いから
ベッドにうつ伏せてカーリンはランディの言葉を思い出していた。確かにアレックスを怒らすと怖いのは訓練生の頃に経験済みだ。
怒鳴ったり暴力を振るうのではなく、言葉少なめに諭したり鋭く睨んだりと無言の圧力が多い。たださえ、あの冷徹な容姿なので迫力はある。
感情に振り回されることはないと思いきや、時々熱くなり大胆不敵になるから要注意だ。
何はともあれ、今夜中に電話で話をしなければまずいことになるというのは鈍いカーリンでも承知している。
深いため息をついて携帯電話を手に取った時だ。
タイミングよく掛かってくる電話を思わず受けてしまう。
「もしもし」
『こんばんは、カーリン』
「フィリデオ、なにか用か?」
しまったと後悔したが、話くらいはいいだろうとの自己判断に切ることはしなかった。
『用がないと電話したらだめかい?』
「そんなことないけど」
『夕方は気を遣わせたね。お陰で助かったよ』
そのお陰でカーリンは気が重いのだが。
「みんなわたしによくしてくれる。だから、誤解してほしくないだけだ」
『カーリンは相変わらず優しいな。ところで、今夜空いてる?』
カーリンは電話片手に勢いよく頭を左右に振った。
「だめだ。二人きりじゃ会えない」
『だったら』と、彼はカーリンの友人と一緒に来ればいいと提案をする。そして、婚約のことも話し合おうと言われてカーリンの心は揺れた。
全ての事情を知っているチェリーなら、フィリデオを上手く交わしてくれるかもしれない。それにご馳走にありつけるのだから喜んで来そうな予感がした。
友人に訊いてみると保留にして電話を切った。
案の定、チェリーは誘いに乗って二人はフィリデオの迎えでレストランへと向かう。貴族と参事官の肩書きの割にはさほど高級店ではなかったので、庶民のチェリーは内心ほっとした。
それでも、ジーンズでふらり入れる雰囲気ではなく、フォーマルウエアに近いものを義務付けられている。
料理の注文は彼に任せて、チェリーが第一声をあげた。
「今夜はお邪魔してすみません。わたし、チェリー・ブライアントです」
「気にしないで。こうでもしないとカーリンは僕の誘いに来てくれないからね」
「なんといっても、この子には最強の騎士が付いていますから」
― どちらかといえば、番犬だな。
あの鋭いグレーの瞳
「チェリー……だったよね? 君もミュラー班の一人?」
「ええ」
料理が運ばれてきたので一旦会話が中断された。テーブルの上に置かれる皿を三人は知らずしらず目で追っていく。
やがて、すべて並び終わるとフィリデオがカーリン達に食べるよう促した。
「じゃあ、二人がどうやって付き合ったかも知っているんだ?」
ガチャリと音を立てたのはカーリンで、荒々しくフォークとナイフを動かしている。フィリデオはそんな彼女を見てクスリと笑った。
「教官と訓練生の恋なんて、今どきあるんだね」
「そりゃ、ミュラー教官はカッコいいから人気はあります。見掛けと違って結構優しいし」
「ふうん」と相槌を打ってワイングラスに口をつける。カーリンはチェリーのチラチラと目配せして何か言いたげだ。
「だから、カーリンも好きになった。だろ?」
急に話を振られてカーリンは真っ赤な顔を上げた。
「も、もういいだろう!? 大事なのは今のことだ。わたしは少佐と付き合っているからフィリデオと婚約する気はない」
これ以上は喋らないとばかりに、カーリンは忙しく料理を口に運んでいく。正面にいる彼が頬杖をついてカーリンの瞳をじっと見つめて一言言った。
「彼と結婚するの?」
「えっ?」
目を白黒させて止まったカーリンのフォークから肉がポロリと零れ落ちると、チェリーが短い悲鳴を上げる。
「何してんのよ!! シミになっちゃうわよ!!」
たっぷりとソースが付いた肉は、彼女の淡い色のスカートへと滑っていき汚れが目立ってしまった。急いで水で湿らせたナプキンで拭ったが広がる一方で、二人は慌ててトイレへ駆け込んでいく。
やれやれと独り残されたフィリデオが軽く息をつくと、どこからか携帯電話の着信音が聞こえてきた。辺りを見回すと、カーリンが座っていた椅子の上に置いてあるそれだった。
表示を確かめてフィリデオが手に取る。
「こんばんは、アレックス・ミュラー少佐」
『フォン・メレンドルフ参事官!?』
第三者の登場に動揺している様子で、少し声がうわずっていた。
「ぼくの声を聞き当てるなんてさすがですね。今はプライベートなのでフィリデオで構いませんよ」
『なぜ彼女の携帯に?』
「カーリンと食事していたんです。チェリーも一緒なのでご安心を」
アレックスの心を先読みした台詞に苛立ちは隠せない。
『カーリンに代わってもらおうか』
「今、席を外しているので戻ったら折り返し掛けるよう伝えておきます」
『どういうつもりだ』
「仮にも僕たちは婚約している仲だ。食事に誘ったところで問題はないでしょう?」
電話を切ってテーブルの上に置いたところへ、カーリン達が戻ってきた。
「もう!! すぐクリーニングに出さないと」
「落ちるかな? これ、買ったばかりだぞ」
まだ目立つシミを顔を突き合わせている二人を眺めているだけで、とうとうフィリデオはアレックスからの電話を、カーリンに伝えようとはしなかった。
夕方は感情に任せて少々乱暴だったと反省したアレックスは電話を掛けた。しばらく呼び出し音が続いてやっと出たかと思ったら、聞き覚えのある男の声に動揺する。
相手はフィリデオ・フォン・メレンドルフ。
カーリンの電話に彼が出て食事をしていると言うではないか。
彼女に代われと頼んだが、席を外していると断れた。しかも、婚約しているから問題はないと言い出しす。
大ありだと今すぐ彼の元からカーリンを連れて帰りたかったが、それも叶わない自分がもどかしかった。
相手の姿が見えない分、不安だけが募る。呆気にとられて取り次ぐ言葉も見つからない自身にも腹が立った。
― まさか、そのまま……ってことはないだろうな!?
にわかに心がざわつくも、今は二人きりでないと言っていたフィリデオの台詞を信じるしかないのだ。
居ても立ってもおられずまた携帯電話を手にすると、祈る思いで呼び出し音を聞いていると
『もしもし、少佐ですね。さっきはフィリデオが勝手に電話を出てすみません』
間違いなく恋人の声に心底安堵した。
「彼と一緒だったのか?」
我ながら嫉妬丸出しの質問に、彼女は口ごもりながら答える。
『婚約のこと話し合おうと言われて、チェリーもいるから大丈夫と思ったんです。ごめんなさい』
「謝るな」
カーリンと話している間に、冷静さを取り戻したアレックスが静かに息を吐いた。カーリンとフィリデオは家同志で繋がっていて、この先二人で会う機会も多くなる。
その都度、嫉妬と不安に胸を焦がす日々を覚悟しなければならないのだ。
『怒ってますよね。わたし、鈍いから少佐を傷つけてばかり……』
彼女にそんな風に感じさせているのかと自嘲する。
「怒ってもいないし傷ついてもいない。ただ……」
『ただ?』
「俺を煽るな」
短い沈黙のあと、カーリンがぼそりと呟いた。
『逢いたい』
「さっき会ったばかりだろう?」
『少佐こそわたしを煽らないで下さい』
恐らく真っ赤な顔で涙目になっているに違いにない。その証拠に声が震えていた。
「煽らないとお前は気付いてくれないからな」
やっと彼女の笑い声が聞けて、安堵するアレックスは恋人の存在の大きさを改めて思い知らされた。




