思い立った日が吉日 その2
※ この物語はフィクションですが、当時を忠実に再現するため、ありのまま事実をお送り致します。
《人には触れたくない過去がある》
士官学校時代に何があったのか、カーリンがアレックスの部屋に潜入した日以来気になって仕様がない。
ここは親友でもあり同期でもあるランディに訊くのが一番と、仕事がひと段落つく機会を待って話を切り出した。
「カルマン大尉」
「なに?」
「ミュラー少佐が触れてほしくない士官学校時代のエピソードってありますか?」
「そんなのないよ。アレックスと俺は誇れる思い出ばかり……」と、言い掛けると顔を顰めて、やはり彼も口を噤んでしまう。
結局、二人の上官は教えてくれずじまいで会話は強制終了した。
その日の夜、早速ランディはアレックスに電話を掛けた。
「アレックス、カーリンになに言った?」
『なにか訊いてきたのか?』
「お前と俺の人生の汚点を探っている」
『あれはお前が言い出したことで、俺は被害者だ』
「仕方ないだろ? あの時はあれが最善の方法だと思っていたんだからさ」
二人は電話口で盛大なため息をつく。
『カーリンに喋るなよ』
「頼まれても喋るもんか、あんなしょっぱい出来事を」
頼まれても喋りたくないしょっぱい出来事とは、ランディとアレックスが士官学校の四年生の頃である。
アレックスが班長、ランディが副班長となり、班を取りまとめていた。
冷徹かつ沈着冷静なアレックスは班長としてうってつけで、規則を守り問題を即座に解決する姿勢は教官達の信頼を受けている。
それだけでは学生の反発も出てくるのだが、そこはランディのくだけた性格で丁度バランスが取れていて、唯一問題を起こさない模範的な班と誰もが認めるそんな時だった。
アレックスの班の一人が民間人の女性を学校へ連れこんだのが発覚する。聞けば恋人同士で、会うのもままらず我慢の限界だったという。
なぜバレたか、それは呆れるほど短絡的な行動だった。
「よりによって当直室でイチャつくやつがいるか!! やるならもっと上手くやれ!!」
問題の青年を怒鳴るランディの隣でアレックスは眉を顰める。
「ランディ、指摘するところはそこじゃない」
上手くやるとか場所がどうのと言う以前に、部外者を無断で施設内に入れたことが問題なのだ。
事件の詳細はこうだ。
当日当直だった彼は、皆が寝静まったのを見計らって当直室へ恋人を招き入れる。基本部屋は一人で、これから訪ねてくる者もいないと高をくくっていたのが大きな間違いだった。
事に及ぼうとしたまさにその時、いきなりドアが乱暴に開いて二人を慌てさせる。
「なにをしている!?」
「教官!? どうしてここへ!?」
「巡回していたら不審な物陰を見つけて追ってきた。誰だ、そいつは」
青年が背中に隠した人物に近寄ると、服を胸に抱いた下着姿の女性だった。
連絡を受けたアレックスとランディが駆けつけると、強面の教官に睨まれて露わな格好の彼女がブルブルと震えている。
「一旦出ましょう。話はそれからで」
アレックスが教官を促して部屋と出るとすぐに、号泣する女性の声が聞こえた。
今度はちゃんと服を着た女性と同期が、三人の前で体を縮こまらせて椅子に座っている。
「関係者以外の立ち入りは禁止されていると知っているな?」
神妙な顔でこくりと頷く同期に、ランディは同情の目を向けた。班長の肩書と同期の切実な想いも察してやりたいアレックスとしては複雑な立場である。
「若気の至りってやつです。大目に見て下さい」
色恋沙汰が盛んなランディの意見はあえなく却下された。
「卒業までなぜ待たなかった!?」
「ごもっともの意見ですが、教官も奥さんに会いたくてたまらない時があるでしょう?」
「妻とは先月離婚した」
「あちゃー」とランディが額をピシッと叩く。
とうとう青年まで泣き出して、ランディが慰める役に回る。
「アレックス、これを見て心が痛むよな?」
「心は痛むが規則は規則だ」
― このわからず屋め。一体お前はどっちの味方なんだ!?
このままいけば、同期は退学も免れない。卒業まであと数か月もないというのにそれではあまりにも忍びない。
「問題はなんですか!? 不法侵入? 淫らな男女間行為?」
「どっちもだ!!」
口調を荒げる上官を睨みつける親友に、たまらずアレックスが仲裁に入った。こうなったらランディは徹底的に教官とやり合う心構えで後には引かないと分かっている。
「軍人で男同志なら問題ないんですか?」
ランディがこちらを向くとにやりと笑ったので、アレックスは悪寒が走った。また何かを企んでいると警戒していた時である。
「なっ!?」
一瞬の出来事だった。
足を掛けられたと思ったアレックスは、気が付いたらベッドの上でランディに組み敷かれていた。信じられないと目を見開くアレックスが彼を見上げる。それもそのはず、後にも先にも押し倒されたのはこれが初めてなのだ。
「なんの真似だ!!」
体を被せる副班長と跳ね除けようともがく班長の図に一同は唖然とする。
「あいつらのためだ。我慢しろ」
耳元で囁かれてアレックスは動きを止めた。
「どういうことだ」
「俺に任せろ。だから、犠牲になってくれ」
言い捨てて抱き締める親友の力は強く、さすがの彼も簡単に振りほどけない。
いかなる場合でも沈着冷静と思われた班長の狼狽ぶりと、目の前で繰り広げられるロマンスに一同は生唾を飲んで見守っていた。
「理由になってないぞ、ランディ・カルマン!!」
親友の機転で数々のピンチを乗り越えてきたが、今回は単に悪乗りとしか言いようがない。
暴れるアレックスの両手首をベッドに押えつけると、ランディの声が低くなり真剣な眼差しを向けた。
「アレックス」
「なんだ!!」
「女とキスしたことあるか?」
「お前に言う義理はない」
「教えたら、このバカ騒ぎをやめてやる」
この状況から逃れられるなら自身の恋愛経験を語ったところで背に腹は代えられない。
「……ある」
「では遠慮なく」と唇を重ねるランディと今までになく目を剥くアレックスに、場が騒然とする。
― くそっ!! 覚えてろ、ランディ!!
同期を救うためとはいえよりによって男に組み敷かれた挙げ句、唇を奪われる暴挙に甘んじている自分が情けない。
屈辱と窒息でアレックスの顔色が真っ赤になったところで、ようやく教官が二人を引き離した。
「分かった、分かった!! カルマン、そのくらいにしとけ!!」
やっと体を離したランディがにやりと笑う。
「じゃあ、この件は俺達に預けてもらえますね?」
「ああ。二度目はないからしっかり指導しておけ」
いそいそと引き揚げる上官を、ランディはわざとらしい敬礼で見送るとしたり顔で同期達に振り向く。
「どうだ!! 『ショック療法&すり替え』作戦、上手くいっただろ?」
だが、三人は様子からとてもそうは思えなかった。
窮地を救われたはずのカップルは感謝するどころか後退りして遠い目でこちらを見ている。
「前から感じていたんだが、やっぱりお前達……」
「おいおい、今のは作戦だって。まさか本気にしてないよな?」
さすがのランディも焦って親友を見やると、手の甲で唇を拭って物凄い形相で睨んでいる。
「違う!! 俺だって女の方が好きなんだ!! おい、アレックス。お前からも何か言え!!」
同期のピンチを救ったヒーローは、一瞬にしてと親友との友情を恋愛として勘違いされる羽目となった。
― ああ、しょっぱい……。
今ならもっと上手い手を思いつくのに当時はまだ若かったとランディは苦笑する。
「アレックス」
『なんだ』
「お前の唇、荒れていたぞ。カーリンに嫌われるからちゃんと手入れしとけよ」
『……』
突然切れてしまった電話にランディは肩を竦めた。




