ランディとカーリン
「リヒター・ドランジェニエール伍長、ちょっといい?」
隣へ寄って来たカーリンにランディはドキッとした。
元気なイメージの彼女が、ここ最近しっとりとした色気が漂っている。口を開けば相変わらずの男言葉だが、ふとした仕草が色っぽくなっていた。
女は恋をすると綺麗になるとう噂はまんざら嘘ではないと目の前の部下が実証している。だから、アレックスに片想いだった婚約者もずっと美しかったのかと妙に納得した。
「今夜、飲みに行かない?」
「カルマン大尉と……ですか?」
「考えてみたらリヒター伍長と二人っきりで飲んだことないんだよね」
カーリンは少し困った顔をして「わたしお酒飲めなくて」と申し訳なさそうに断ってきた。
「もう成人なんだから少しくらいはいいだろう?」
「それに男の人と一緒に飲んじゃダメって少佐から止められているんです」
― アレックス、お前はカーリンの父親か!!
若くて美しい恋人の心配をする気持ちは分かるが、そこまで口を出さなくてもと内心呆れる。
「恋人の昔話に興味はないかい?」
ランディという悪魔からの囁きに、カーリンの瞳が輝き始めた。そして、アレックスには内緒にしておくと殺し文句につい頷いてしまう。
ランディに連れてきてもらった場所は、人の声と音楽が鼓膜を刺激する賑やかなショットバーだった。
彼が客の間を縫って奥のボックス席へと向かっていくと、その後ろをカーリンがきょろきょろと物珍しげに辺りを見回してついてくる。
「こういうところは初めて?」
「はい」
「アレックスは静かな所が好きだから。士官学校の頃は二人でよく来ていたよ」
あの雰囲気から想像もできないが、きっと当時もモテていたに違いない。
二人が座ると、ランディが大きく片手を挙げてボーイを呼び寄せた。
「俺はいつもの。彼女にはカクテル作ってくれる? あまり強くないやつ」
常連なのか、手慣れた様子で注文するランディにカーリンは目を輝かせる。
「カルマン大尉、カッコいい」
「プライベートだからランディでいいよ」
くすっと笑ってランディは彼女を見つめた。明るいオレンジの髪にブラウンの瞳、彼もまたいい顔立ちをしている。
アレックスと並んで歩けば、必ず通行人が振り返るいい男コンビだとビアンカに聞かされていたので改めて納得した。
「時々少佐と一緒にお酒を飲むんですか?」
「ああ。ご婦人には聞かせられない話もあるんでね。これは極秘事項だからいくらカーリンでも教えられないので悪しからず」
そう言って片目を瞑るとランディにカーリンは羨ましいと感じた。冷徹なアレックスと楽天的なランディ、この二人がいなかったらフラッツェルン紛争は最も悲劇的な結末を歴史に残すところだったのである。
親友から生死を共にした戦友へと絆もより強くなった二人に、カーリンが入り込む隙間はない。もちろん、男との友情と女への愛情は別なのだが。
会えば軽口の応酬だが、誰よりも信頼して分かり合っている上官達に少しだけ嫉妬する。
「カルマン大尉はミュラー少佐のこと、すごく好きなんですね」
「好きだよ。あんないいやついないからね。だから、カーリンも惚れたんだろ?」
図星だった彼女が顔を赤らめて頷いた。
「アレックスがいなかったら、今の俺はない。あいつだから、生死を共にしようと決心できたんだよ」
そこには飄々としたランディの姿は潜めて、友を想う一人の男だ。
「少佐も同じことを言っていました。カルマン大尉がいたからこそ自分は揺らぐことなく進めたと」
「そういうことは本人の前で言ってほしいものだな」
親友には一言も言わないくせに恋人には本音を語るんだな、とランディもまた少しカーリンに嫉妬する。
「俺はカーリンとアレックスが愛し合っていると知って「ああやっぱり」と思ったんだ」
カーリンは目を丸くしてこちらを見つめていた。
「どうしてですか?」
「前に一度、俺が学校へ来ただろう? あの時になんとなく二人を見ててそう思ったんだよ。もちろん、あの頃は教官と訓練生の関係だったけど、少なくともカーリンは好きだったよね?」
しっかりとばれていたとは夢にも思わなかった彼女は口をあんぐりと開けて固まっている。笑いながら尚も言葉を続けた。
「アレックスも心のどこかで君を好きだったんだよ、あの頃からさ」
「教官がわたしを……?」
当時の記憶が蘇り、いつの間にか「教官」と呼んでいることに気付いていない。
そんな素振りは一切見せなかった。チェリー達に囲まれて無表情で輪の中心に常にいた彼が既に自分を好きだったとしたら……。
「見送りにカーリンが来てくれたよね。あいつは義理堅いから自分が無理な時は代わりをよこすんだ。そしてカーリンが来た」
「でもそれは、たまたまわたしが暇だったから」
「無意識に君を選んだと言ってたけど、それこそ誰でもよかったんじゃない? 大切な人の見送りには自分の大切な人を。これ、カルマン家の家訓」
にやりと笑って空になったグラスに酒を注ぐ動作を、カーリンも知らず知らず目で追った。
やはり、恋人のすべてを知り尽くしているこの人が羨ましい。どうあがいても自分は彼の心を知り得ないのだから。
「俺はカーリンが羨ましい」
「え?」
嫌な感情を見透かされたと焦る彼女にランディは小さく笑った。
「あんな幸せそうな顔をするのはカーリンだけなんだからさ」
お世辞でもなく同情でもなく本心からの言葉だと分かったカーリンはにっこり微笑んだ。
そのあとは約束通り、アレックスとのエピソードを語っていると二人のテーブルに賑やかな集団がやってきた。
「なんだなんだ。恋人に内緒で可愛い子ちゃんとデートか?」
同じ部隊の知り合い三人が勝手に椅子を持ち出して同席する。
「ああ。だからお前等、邪魔するな」
せっかくのいい雰囲気で飲んでいたのにぶち壊されてランディはご機嫌斜めだ。
「お、カーリンじゃないか!!」
名前を呼ばれたカーリンは記憶の手繰るもこの人物に思い当たらず戸惑っている。
「ちょうどいいや。一緒に飲もうぜ」
「よせ。彼女は酒が弱い」
すかさずランディが釘を刺したが、まったく意に介さなかった。
「せっかく会えたんだ、少しくらい話させてくれよ」
カーリンは上官と男達を見比べて愛想笑いで頷くと、ランディは「ったく!!」とボーイに人数分のグラスを頼んだ。
「こうして近くにいるとホント綺麗だな。俺達の間で噂になっているんだぜ」
「ドジばかりしているとか……ですか?」
「いやいや。誰がモノにするのかってね」
「へ?」
「おい!!」
鋭く睨むランディに男達が口ごもり話題を変える。
「今度ダンスパーティーがあるんだけど、カーリンも参加しれくれないか?」
「わたし、ダンスは苦手で」
「大丈夫って。ほら、教えてあげるから」
カーリンの腕を掴んで立たせようとした男の肩をランディが押し戻す。
「彼女は売約済みだ」
「お前は婚約者がいるだろうが」
「俺よりももっと怖い恋人がいる。冗談と思うなら電話しようか?」
彼等の返事も待たずに、携帯電話を取り出して履歴を呼び出した。どうやら本気と悟った三人はすごすごと退散する。
「気を悪くさせたな。アレックスの忠告を聞くべきだった」
器量よしスタイルよしのカーリンを酒場に連れてくること自体問題だったのだ。しかもここは軍人達の姿もちらほら見える場所である。
「いいえ。カルマン大尉と一緒だから大丈夫です」
無垢な笑顔に、ランディはビアンカがいる身でありながら心が揺らいだ。
― アレックス、彼女こそ小悪魔かも知れんぞ。




