再来の夜 その1
それは一族で祝う誕生パーティーも済んで、ほっとする間もない一本の電話からだった。
アレックスに今週末は空いているかと尋ねられて、答えはとっくに分かっているのに一応スケジュールを確認する。
「大丈夫です!!」
これから彼の続くであろう台詞に身構えていると、意外にもポツリと一言。
『そうか』
― あれれ? それだけ?
てっきり、あの夜のやり直しと確信していたカーリンは肩透かしを食らって呆然とした。
「逢えない?」
『いや、逢えるさ』
一体どっちなんだと首を傾げていると、アレックスが言いづらそうに言葉を続ける。
『ホテル、予約するけどいいか?』
― ほらきた!!
カーリンはつばを飲みこんで蚊の鳴くような声で「はぃ」と返事をした。
『急ぎの仕事があるから、迎えに来るのは夕方ごろになるかも知れない』
夕方となれば、行ってすぐ……?などといやらしい妄想を慌てて振り払うのだった。
カーリンは、遠足の前日みたく胸が高鳴り一睡もできずに朝を迎えた。チェリーは前日から実家へ帰省していたので、余計独りで悶々とした夜を過ごす。
朝陽が明るくなった窓を確認していそいそと身支度を始めた。一泊なので持っていく物もさほどないのだが、復唱しながら小ぶりの旅行バッグに出したり入れたりしている。
「覚悟しろよ」と悪戯っぽく笑うアレックスが脳裏に浮かび、全身から熱く火照る。なにしろカーリンにとって今夜が正念場なのだから。
― 少佐に任せたらいい? ……怖い。やっぱり断ろう。
今になって怖気づく自分が情けない。そして、夕方までの数時間も恐ろしく長い。
「予約していたミュラーですが」
「承っております。こちらでお手続きをお願い致します」
踏ん切りがつかないまま夕方アレックスが車で迎えに来て、そのままホテルのフロントまでついてきてしまった。
彼が宿泊の手続きをしているあいだカーリンは辺りを見渡すと、広々としたロビーの天井にはクリスタルガラスの照明が光を反射して煌めいている。
― あれより一回り大きいのがうちにもあったな。
などと、暢気なことを考えていたらアレックスが手を握って歩き出したので、たたらを踏むカーリンが広い背中に鼻をしたたかにぶつけた。
「ぶっ!!」
「なにやっているんだ」
「少佐がいきなり歩き出すから」
「いきなりではないのだが」と、ぼやく彼を横目にカーリンは鼻をさする。
― なにやってんだ、わたし。
初っ端からこんな調子で先が思いやられると自分でも呆れた。
アレックスが部屋へ入っていくと、カーリンも恐る恐るその後をついていく。
「わあー、綺麗な夜景!!」
夜の闇に色とりどりに煌めく街の灯りに、カーリンは思わず大きなガラス張りの窓に駆け寄った。
「少佐、凄いですよ!!」
興奮して窓にへばりついて離れない。
「この前の部屋も綺麗だった」
「あっ」
みるみるしょげていく彼女に、気を取り直してもらおうとアレックスがあらかじめ頼んでおいたルームサービスの電話をフロントに入れた。
「ここで食事を?」
「酔い潰れても安心だろう?」
口角を上げてこちらを見やるアレックスに、反論しようにも事実なので言葉が出ない。
やがて部屋の中に料理が運び入れられている間、カーリンは緊張からかずっと俯いていた。これではあまりにも彼女が気の毒なので、乾杯だけとグラスにワインを注ぐ。
今回はゆっくり飲んで、やっと落ち着いたのか料理に手を伸ばした。
「美味しい!!」
喜んで食べるカーリンの口をアレックスが指で拭う。
「ソースが付いてる」
「あ、どうも」
― ひえぇぇっ、わたしって子どもみたい。
今更だが、色気より食い気の自分が恨めしかった。
食事も終わって紅茶とクッキーのティータイムで一息ついたが、カーリンの心は落ち着かない。
あのタイミングをいつかいつかと見計らっていると、自然と無口となり静寂がやってくる。上目遣いで恋人を窺うと平然として紅茶を飲んでいた。
― こういうのって相手から? それとも、わたしから?
経験のないカーリンが頭を抱えていると、しばらくしてアレックスが席を立って手を差し伸べる。
「おいで」
「は、はい!!」
勢いよく立ち上がったものだから、椅子が倒れそうになるのを慌てて押えた。
二人手を取って向かった先は広いダブルベッド。
アレックスが抱き寄せると、彼女も強張りながら身を委ねた。促すグレーの瞳と戸惑うグリーンの瞳が交じり合って唇を重ねる。
カーリンの腰を抱くとゆっくりと押し倒してベッドへ体を沈めた。服越しに互いの体温を感じていると、震える声が漏れたのでアレックスがわずかに体を離す。
「しょ、少佐?」
「なに?」
「わたし……」
彼女は唇をキュッと噛んで小刻みに震えていた。
「怖いか?」
カーリンが首を縦に振りかけて慌てて左右に振った。怖くないと言ったら嘘になる。だけど、恋人の想いには応えたいし自分も望んでいる。
カーリンの葛藤が手に取るように分かったアレックスは、自ら贈ったネックレスを弄びながら不安に揺れる彼女の瞳を覗いた。
「俺もだ」
再び組み敷いて伝わる彼の鼓動は、全速力で走ったみたいに激しく高鳴っている。
― 少佐もドキドキしているんだ……。
いつも大人の余裕とばかりに表情を崩さない恋人が、自分と同じと知って少し気が楽になり力も抜けた。
服に手が掛けると、カーリンはたまらずぎゅっと目を瞑る。
アレックスが初々しい反応の彼女を堪能しながら脱がせていくと、想像以上に美しい裸体に目を細めた。
くびれた細い腰、すらりと伸びた手足、着痩せしていたのか重量感ある胸。
ほのかな明かりで浮かび上がるそれに見入っていると、彼女が両手で胸を隠して身をよじった。
「恥ずかしいから、あんまり見ないで下さい」
羞恥心で白い肌がほんのりピンクに染まる様子が薄暗がりでも分かる。
「こんなに綺麗なのに?」
「意地悪!!」
アレックスの胸を押しのけようした瞬間、素肌の感触に慌てて手を引っ込めた。初めて見る恋人の引き締まった身体に目を奪われる。
割れた腹筋、太い腕に厚い胸。鍛えられた筋肉は、無駄な贅肉を一切寄せつけない完璧なものとなっていた。
所々にある傷跡は紛争の激しさを物語っている。
「恥ずかしいからあまり見るな」
彼女の台詞のそっくり引用して耳元で囁いた。
やがてアレックスの唇が額、唇、首筋をなぞっていくとカーリンがびくっと反応した。
「やっぱり無理です」
「覚悟しろって言っただろう」
熱い眼差しに熱い吐息。
体が痺れて力が入らず観念した彼女が、涙目で初めての経験だと告白した。一瞬驚いた表情のアレックスが「見てたら分かる」と小さく笑う。
そして二人が一つに繋がった時、カーリンは痛みで悲鳴を上げると逞しい肩に力一杯しがみついた。
「大丈夫か?」
アレックスが不安げに尋ねるとカーリンは頷く。
痛みと恥ずかしさと嬉しさで、頭がぐちゃぐちゃになって涙が溢れて止まらない。
「頼むから泣くな」
「だって……、グスッ……」
「笑ってくれ。お前の笑顔が好きだ」
「こんな状況で笑えません」
涙で顔中濡らしたカーリンが口を尖らすと、真上にある彼の顔が一瞬にして崩れた。かつてない破顔一笑に、彼女の胸がキュンと高鳴る。
「お前らしいよ」
アレックスは金色の前髪をかき上げて額に口づけをした。
二人は静かに体を重ねて夜を過ごしていく。




