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セドリックとチェリー

 部隊から少し離れた場所で、セドリックと待ち合わせしているチェリーの前に一台の乗用車が止まった。

 運転席から降りてきたのはそのセドリックである。

「車、買ったの!?」

「これはじいちゃんからのプレゼント」

 目下父親とは冷戦中だが、祖父は孫に無条件で味方している。卒業祝いと免許取得祝いを兼ねて最近贈ってくれたとのことだ。

 これで行動範囲は広がるが、いつ彼女から非常呼集がかかるのかとセドリックは冷や冷やしている。


 ― さすが、マーティン社の御曹司。お祝いでポンと車くれるんだ。


 チェリーは感心するやら呆れるやら、車の周りをうろつく彼を見ていた。


 早速、車で移動して来たのが今女性に人気のオープンカフェだ。

 二人向き合っておしゃべりするがやはり話題はあのカップルとなる。

「カーリン、誕生日プレゼントって豪華ホテルでミュラー教官と一泊したんですって」

「ええ、いつ?」

 寝耳に水とセドリックが目を丸くした。チェリーは、勿体ぶってジュースのストローを口にくわえた。

「いつも一緒にいるのに知らなかった?」

「俺だってミュラー教官のプライベートまで把握してないさ」

「それもそうね」

 セドリックもカプチーノのカップに手を伸ばしたが、衝撃的な事実に熱さも感じない。


 ― そっか。カーリンとミュラー教官ってもうそんな関係か。


 この間の野良犬騒動はセドリックの早合点だったが、今回は情報屋のチェリーからのネタだ。間違いない。

 遠い目に気付いたのか「何もなかったみたいよ」とチェリーが付け加えた。

「ワイン飲み過ぎて気が付けば朝だったんですって」

「え?」

「だから何も起こらなかったっていうこと。安心した?」

 心を見透かされて、動揺したセドリックはカップが顔から外せない。今度はしっかりと熱さを感じた。

「別に俺には関係ないし」

「あと、ネックレスも貰ってた。カーリンの誕生石が付いててオリジナルっぽい高そうなやつ。さすが高給取りよね」

「ペーペーで悪かったな」

 手続きさえ間違えなかったら自分も今頃は士官学校を卒業して少尉なのに……と今になって悔やまれる。

 だが、考え方を変えると士官学校へ行っていたらチェリーやカーリン、そしてアレックスとも出会わなかったかもしれない。

 だったら間違えて良かったのか?


「わたしの誕生日過ぎたんだけど、誰かさんはお祝いの言葉すらくれないし」

「うそ!? まじ!?」

 ぼそりと呟いたチェリーの台詞に仰天した。


 ― ミュラー教官も元教え子なんだから教えてくれたっていいだろう!!


 と、尊敬してやまない上官に理不尽な不満がこみ上げる。

「いつだったっけ?」

「カーリンと一週間違いなの。それなのに、あの子ったらお姉さんぶっちゃって」

「そうか。ごめん、バタバタしてて忘れてたよ」

「『忘れてた』じゃなくて『知らなかった』んでしょう?」

「そんなことだろうと思ってた」とチェリーが頬を膨らませた。

 彼女には申し訳ないが、セドリックには彼女の誕生日は大して問題ではない。いつも一緒にいて喜怒哀楽を分かち合えれば事足りていたからだ。


 ― そうはいっても女の子って記念日が好きだからな。せめてプレゼントでもしなきゃ。


「プレゼント、何がいい?」

「いいわよ。なんか催促してるみたいで」

「ミュラー教官みたいな高価なものは贈れないけど」

「そうなの? いつなら貰える?」

「二年後……かな? その頃には俺も少尉で教官になっていると思うからさ」

 すると、チェリーはますます頬を膨らませる。

「二年後なんてわたし達、どうなっているか分からないじゃない!?」

 言った後に「しまった」と後悔した表情を見せる彼女に、セドリックははっとした。

 その通りだと思うが、あまりにも現実味を帯びて虚ろな笑いだけが顔に残る。いつまでも続く恋もあれば終わる恋もある。

 二人のそれがどちらなのか本人達すら予想がつかないのも事実。

 

 もちろん、これはチェリーの皮肉であって本心ではない。付き合い始めた理由はお互いフラれた者同士と動機は不純だが、想い合う気持ちは真剣だ。

 ただ、彼女の意地っ張りな性格が災いしてカーリンのように素直に表現できずにいる。これまでの男子は踏み込んではくれず表面だけの付き合いで終わってしまった。

 

 罰悪さと寂しげな表情のチェリーを見つめていると、アレックスの声が蘇る。


 付き合っているうちは大切にしてやれ


 未来のことは誰にも分らない。だからこそ、今そばにいる者を大切にして悔いのない生き方をする。

「なあ、チェリー」

 ようやく重い沈黙を破った彼が再度尋ねた。

「どんなプレゼントがいい?」

 ほっとした顔でチェリーが答える。

「部屋いっぱいにバラが敷き詰めているのって素敵じゃない?」

「は?」

 一点物のネックレスよりこちらの方が高くつくそうだ。

 なにかを思いついたセドリックが別行動をしようと言い出した。

「いいけど」

「じゃあ、三十分後にここに待ち合わせな」

 急いで街へ消えていくセドリックを怪訝な顔でチェリーが見送った。


 あれから三十分、約束の時間が過ぎても現れないセドリックに業を煮やす。

「なにやってんのよ!! まさか、別の女と会ってる?」

 イライラも最高潮となった時、金髪の彼が息を切らせてやってきた。

「わりい。待った?」

「待ったわよ!!」

「目を瞑って」

「え?」

「いいから早く」

 せかされて言われるがままに目を閉じる。


 ― やだ、セドリックったらこんな所でキス?


 気持ち唇を突き出したが、その瞬間はなかなかやってこないのでうっすらと目を開けてみると

「遅くなったけど誕生日おめでとう」

 両腕に持ちきれないほど真紅のバラの花束が目の前にあった。

「これを買うために……?」

 呆然とするチェリーに、セドリックは子ども見たく鼻の頭を指で掻く。

「部屋いっぱいは今は無理だから、両手いっぱいのバラで我慢して」

 そのうち実現できるように頑張るから、と照れて笑う彼に抱きつく。

「お、おい。人が見てるって」

 予想外の行動に焦ったセドリックが引き離そうとするが、チェリーは頑固としては従わない。

「お前、泣いてんのか? 大袈裟だなあ」

 肩を小刻みに揺らす彼女をそっと抱き締めた。「うるさい!!」と文句を言うも震える声ではそうは聞こえない。

 チェリーは高価なプレゼントが欲しいわけではない。羨ましかったのは、アレックスがカーリンのために何かをしてあげたいという心だ。

 その気持ちを見事汲み取ったセドリックに悔しくて嬉しくて涙が止まらない。

「セドリックのくせに生意気よ」

「なんだよ、それ」

 言葉とは裏腹に、セドリックが指で涙を拭ってやった。




 外出から戻ってきたチェリーが部屋に入るや否や、豪華な花束にカーリンが歓声を上げた。

「うわー!! バラだ!!」

「そうよ。バラよ。文句ある?」

「文句はないけど、セドリック?」

「ま、まあそんなところ」

 素っ気ない口調だが花束はそっとテーブルに置く。

「へえ、やっぱりセドリックだな。少佐には負けるけど」

 カーリンの惚気にいつもなら返ってくる憎まれ口が今日はなかった。不思議に思ってチェリーの顔を覗くと、頬杖をついてボーっとしている。

「チェリー?」

 顔の前で掌をヒラヒラと振ってみたが反応はなかった。


 その夜、カーリンはアレックスとの電話で今日の出来事を話した。

「チェリーったら花束の前でそのまま動かなくなったんですよ」

『セドリックも粋なことをするものだ』

「もっとも少佐の方が素敵ですけどね」

 短い沈黙のあと、アレックスが低い声で呟く。

『そんなこと言うな。逢いたくなるだろう?』

 今度はカーリンが電話を握ったまま動かなくなった。

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