もう一つの誕生パーティー
晴れて十八歳の誕生日を迎えたカーリンを待っていたのは、一族による誕生パーティだった。
結局、祖母フリーデルには逆らえず土日を利用して屋敷へ帰省することになり、部隊まで執事のセバスチャンが車で迎えに来るという周到の良さだ。
「お元気そうでなによりでございます。部隊はいかがですか」
「上官はミュラー少佐の親友でとても良くしてくれるし、チェリーも一緒だから楽しいよ」
「それはなによりでございます」
セバスチャンはルームミラーで後部席の彼女を窺った。車窓を眺める端麗な横顔はどこか寂しそうだ。
「ミュラー少佐とは時々お会いになるのですか?」
「うん。逢いに来てくれる」
彼はフリーデルの執事だが、その辺は弁えてくれているので本音を語れる数少ないリヒター・ド・ランジェニエール家の一人である。
今回のパーティーも本来ならアレックスも同行する予定だったが、祖母に断られてカーリンだけとなった。
「ねえ、セバスチャン」
「はい」
「わたしが貴族以外の人と結婚しても、この家との関わりは続く?」
結婚と聞いて、彼が再びルームミラーを見たがカーリンの視線は車窓にある。
女性は恋をすると美しくなるというが、軍人学校を卒業してから彼女はますます綺麗になった。相手がアレックスなら申し分ないと庶民出身のセバスチャンは応援しているが、主の意思は違う。
家督はカーリンの兄が継ぐとしても、リヒター・ド・ランジェニエールとの繋がりを求める貴族たちが彼女を放っておくはずがない。
「姓は変わっても親子の縁は変わりません。そして、ご家族はカーリン様の幸せを誰よりも願っておいでです」
「わたしの幸せ……か」
だったら、このままアレックスとの恋を見守ってくれないかとまたため息をついた。
屋敷に到着したカーリンは息つく暇もなくドレスに着替えさせられた。以前は毛嫌いしていた格好も、アレックスに見せてやりたいと嬉々するのだから恋は偉大だ。
侍女達が、訓練生の頃より少し伸びた髪を結ったり化粧を施したりとカーリンの身支度に忙しない。
「ほんと、カーリン様は美しいですね。特に最近は女性らしくなられました」
「そうかな。てへへへ」
「男言葉を直せば完璧なのですが」
古株の侍女にピシャリと指摘されてカーリンは肩を竦めた。
「このネックレスはいかがなさいますか?」
「あ、そのままで」
「かしこまりました」
アレックスから貰った誕生日プレゼントのネックレスは、失くしたら大変と外出する時だけ身に付けている。
豪華絢爛なドレスに対してシンプルなデザインだが、彼女にとってはどの宝石よりも輝いて見えた。
準備が出来たカーリンが大広間に現れると、溢れんばかりの美しさに会場から一斉に感嘆とため息が漏れた。
父親のエスコートで歩み進むカーリンだが、集まった人数の多さに戸惑いがちだ。こんな時に恋人の上官がいてくれたらどんなに心強いかと痛感する。
「わが娘カーリン、誕生日そして成人パーティを祝って頂きありがとうございます。えー、娘は……」
父親のベリンハルトの長い挨拶が始めるとカーリンはうんざりしたが、フリーデルの鋭い一瞥に慌ててこみ上げる欠伸をかみ殺した。
ようやく終わり一同乾杯して各々料理のテーブルへと散っていく。
「おめでとう、カーリン」
「ありがとうございます、アデーレおばさま」
「綺麗になったね」
「ありがとうございます、フィリップおじさま」
同じセリフを作り笑顔で何度も繰り返すこと数十回、そろそろカーリンも限界にきたのでバルコニーに避難した。
― 少佐がいてくれたらなあ。
彼の凛々しき容姿ならどんな貴族にも見劣りしない自信がある。礼服の格好でこの場に登場したものなら、一同の視線を釘付けにすること間違いなしだ。
― いや、それは困るな。女の人たちが寄ってきたらマズいぞ。
知らず知らずのうちに胸元のネックレスを弄んでいると、近づく足音に振り向いた。
「やあ、カーリン。久し振り」
「フィデリオ……?」
金色の髪に緑の瞳、雰囲気がカーリンに似ているこの男性はフィデリオ・フォン・メレンドルフ、彼女の遠縁にあたる美形だ。
「泥だらけでフリーデル様に怒られていた女の子も立派になったものだ」
「それは昔の話だろ?」
「その言葉遣いも相変わらずだね」
フィデリオとは実に七年ぶりの再会だった。子どもの頃から端整な顔立ちで、二十二歳になった今でも面影が残っている。
「お酒、飲める?」
ワイングラスを目の前に差し出されたが、あの夜を思い出してカーリンは首を振った。酒の失敗はもうこりごりである。
「今、仕事は?」
「参事官だよ」
「へえ、凄いな。フィデリオはわたしと違って賢かったもんな」
「カーリンはほんと勉強が嫌いだったね。それで軍人学校とは恐れ入ったよ」
くすっと笑う顔は依然と変わらなかったので、カーリンは安心した。
「卒業したんだっけ? 部隊は楽しい?」
「うん。退屈しないで済むし」
「ははは。カーリンが騒動を起こしているんじゃないのか?」
「そんなことないよ」
反論してみたが、ふっと訓練生の頃に言われた台詞を思い出す。
『遠慮なくトラブルを起こせ。私が守ってやる』
次から次へとトラブルを起こすカーリンに、教官だったアレックスが頭に手を載せて言ってくれた一言が当時はくすぐったくて嬉しかった。
「カーリン?」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「一曲、踊ってくれない?」
「無理だよ。踊れない」
「君のこと虎視眈々と狙っているあちらの方々より、まだ俺の方がましだろ?」
ちらっと大広間に目をやると、妙齢の男性がこちらへ押しかけようとしているのでぎょっとする。仕方なくフィリデオの掌に自分のそれを置いた。
二人軽く抱き合って緩やかに体を動かすだけのダンスだが、美形の彼女等はそれだけでも充分華やかに見える。
「こんなに近いのにドキドキしない?」
異性の身体が密着している状況にも関わらず、カーリンの乱れない心臓にフィリデオは首を傾げた。
「どうしてフィリデオにドキドキしなくちゃいけないんだ?」
「どうしてって、一応俺も男なんだけど」
苦笑交じりに答える彼に、今度はカーリンは首を傾げる。
「魅力ない?」
「そんなことないよ。フィリデオはカッコいいし素敵だよ」
「自慢じゃないけど大抵の女性はときめいてくれるんだよね」
「ふうん」
興味なしといった風の彼女に、フィリデオが盛大なため息をついた。もっぱらカーリンの興味は一人だけで、フィリデオは仲のいい親戚としか捉えていない。
踊り終えた二人は、連絡先など交換したりと穏やか雰囲気で遊んだ頃の話や近況を語り始める。
そんな彼等を遠くから眺めているのがフィリデオの母親フォン・メレンドルフ夫人だった。ベリンハルトにワイングラスを渡すとうっとりとした眼差しを我が子達に向ける。
「カーリン、綺麗になったわね」
「もう成人とは早いものだ」
「フィリデオったら、カーリンに気があるらしくお見合いを断っているのよ」
ベリンハルトがぎくっとしたが、彼女は気付く気配もない。
「そうか。私は娘をもう少し手元に置いておきたい気もするが」
さりげなく牽制するが、我が道を行くタイプの彼女は聞いてもいない。雲行きが怪しくなると察して場を離れようとしたが既に遅かった。
「一度、あの二人を正式にお見合いさせたらどうかしら?」
「見合い!?」
案の定の展開に、ますますベリンハルトの額に汗が光ると同時にある人物が浮かんで消えない。精悍な顔立ちのアレックスだ。
交際報告へと挨拶に来た彼と愛娘の幸せな笑顔、フリーデルの顔色を窺うと複雑な心境である。
そして、また母子に責められると首を竦めるリヒター・ド・ランジェニエールの当主だった。




