誕生日の夜に その2
それは一本の電話からだった。
誕生日を祝いたいとアレックスが申し出てきたので、カーリンは空いている日にちを伝えた。すると彼は念のため外泊申請をするようにと言ってくる。
「そんなに遠い所ですか?」
「夜景を見ながら食事しよう」
「夜景!? わあ、楽しみにしてますね!!」
大抵は夕方には二人別れてしまうので、夜景が見れる時刻まで一緒にいられるのかと思うと今から胸が躍る。
電話を切ったカーリンは嬉しくてつい鼻歌まじりで明日の準備をしていると、風呂上がりのチェリーがやってきた。
「随分とご機嫌ね。どうせ、教官絡みだと思うけど」
「少佐が誕生日プレゼントに夜景を見える所で食事しようって」
「ふうん。だったら帰りは遅くなるわね」
「うん。外泊届けを出さなくっちゃ」
「え?」
肌の手入れをしていたチェリーの手がはたと止まる。
「泊りがけ?」
「まさか。ただ少佐がそうしてくれって言うから」
チェリーは、カーリンの誕生日に区切りをつけるアレックスの意図を読み取った。純情なカーリンにいきなり「一泊しよう」などと言うものなら混乱してどんな行動を取るか予測不能だ。
彼なりに考慮した作戦をチェリーが水の泡にすることはない。
弾む声で電話を切るカーリンに、ほんの少しアレックスの良心が痛んだ。
十八歳の誕生日を迎えた彼女は法律では成人となる。だから、これまで抑えていた想いを伝えたるため嘘をついた。
帰りが遅くなると言ったが、本当は一泊する予定でホテルも予約している。夜景が綺麗だと評判のラウンジがある場所で、部屋は一つしかとっていなかった。
部屋が空いていなかったのではなく明らかに意図的だ。少々強引な気もするが、事前にカーリンに伝えれば拒否するかも知れない。
だから、敢えて言わないでいた。当日、逃げようとしても絶対に逃がすものかと。
カーリンと付き合ってもうすぐ半年、知り合った期間を入れれば一年近くになる。ランディやビアンカに煽られたわけではないが、抱きたい欲情も愛情の一つだと自分に納得させた。
― どう出るかな。
人生最大の賭けだと思う。彼女が素直に受け入れてくれるかどうか、柄にもなく緊張した。
運命の日、雲一つなくでカーリンの心も晴れ渡る。服を新調しようかと悩んだが、気合が入り過ぎて引かれるのも嫌なので持っている服でチェリーにコーディネートを頼んだ。
「えっと、財布持ったし携帯も持った。ティッシュ、ハンカチは……、あったあった」
まるで小学生の登校かと突っこみたくなるほど念入りだ。
「着替え、持っていった方がいいわよ」と、さりげないチェリーのアドアイスを、舞い上がっている彼女は素直に受け止める。
「よし、準備完了!! じゃあ、行ってくるよ」
「健闘を祈っているわ」
元気よく手を振って部屋を出るカーリンを見届けると、チェリーはこれから起きる出来事に思いを馳せた。
日中はドライブしたりいろいろなデートスポットを巡り、次第に日が暮れていくと約束通りホテルの最上階にあるラウンジへ向かった。
昼はレストランで夜はバータイムとなり、雰囲気が一転する。
一面ガラス張りでビル群の灯りを眺めながらゆっくりと時間が流れる空間が人気で、今夜も多くのカップルが訪れている。
窓際の特等席に案内されて、カーリンの興奮も最高潮だ。
「誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます!!」
ワインのグラスをお互い掲げて誕生日を祝う。
「お酒、初めてなんです。大丈夫かな」
興味津々にワインを眺めて恐る恐るグラスに口を付けて、「美味しい!!」と顔が輝いた。
「口当たりがいいから、飲み過ぎないように」
「はい、少佐」
恐る恐る飲み続ける彼女をアレックスが目を細めて見守っている。
量も味も満足した食事も済んで一息ついた頃合いに、カーリンの前にすっと長細い箱を差し出しされた。一目見てプレゼントと分かる白い包み紙とピンクのリボンに、彼女の瞳が輝く。
「遅くなったけど」
「わあっ!! 開けてもいいですか?」
アレックスが頷くと、早速開いてまた歓声が上がった。
「ネックレスだ!! 嬉しい!!」
銀色の細いチェーンにカーリンの誕生石が付いたネックレスを嬉しそうに手に取る。付けようとするが、慣れない仕草にてこずっているとアレックスが立ち上がって彼女の背後に回った。
ネックレスを受け取って付け始めるのだが、首筋に彼の手が触れるたびにカーリンは小刻みに反応する。
かき分けた後ろ髪から覗く白い項、軽く乱れる吐息。全てが彼を煽り、言うなら今だと覚悟を決めた。
「カーリン」
「はい」
そっと彼女の耳に顔を寄せて甘く囁く。
「今夜、抱かせてくれないか」
一瞬、カーリンが固まりそのまま動かなくなった。予期しない、いや心のどこかで覚悟はしていたはずなのに、耳元で囁かれた恋人の誘いに激しく動揺した。
躊躇いがちに頷くと、後ろからアレックスに優しく抱き締められる。
背中で感じる彼の胸も震えているのかと思っていたら、携帯電話のバイブレーション機能だった。
「すまない。席を外すよ」
どうやら仕事の話らしく、アレックスが足早にラウンジから消えるとカーリンは一気に力が抜けていく。
心臓が壊れるかと思うほど早打ちして痛い。誕生日を境に大人の女性扱いになっていく状況に戸惑う反面恥ずかしさと嬉しさがこみ上げた。
― どうしよう。相手に任せればいいのかなあ。……うん? 少佐ってこういうのに慣れてる?
アレックスの恋愛経験まで考えが及ぶと、慌てて首を振って打ち消す。極度の緊張のせいかやけに喉が渇き、ワインを一気に飲み干した。
ラウンジの通路で電話で対応したアレックスは大きく息を吐いた。こういう時くらい携帯電話の電源を切っておけばよかったが、立場上そうもできない。お陰でせっかくいい雰囲気の途中で邪魔が入ることとなってしまった。
席へ戻ってみるとヘラヘラと笑いを浮かべて振り向くカーリンにぎょっとする。
「あ、しょーさ。お帰りなはい」
顔は赤く呂律が回っていない。傍には二杯しか注いでいないワインの瓶が半分以上空いていた。
「大丈夫か?」
「ふぁい。もう大人れすから」
にまっと笑ってまたグラスを手にしたので、直ちに取り上げる。急に抱く抱かないの話となって狼狽えたのは解るが、ここまで飲まなくともとアレックスは苦笑した。
「ここを出よう。立てるか?」
「了解れす、しょーさ」
軍人丸出しのカーリンを立たせると、肩を貸して取り敢えずこの場を去った。
しばらくは千鳥足ながら歩かせて人気がなくなると、お姫様抱っこで部屋まで連れて帰った。ダブルベッドにそっと置いたカーリンが寝返りを打つと、フレアスカートが捲り上がって美しい脚が現れる。
「カーリン、着替えないと服がしわになるぞ」
さりげなくスカートを戻して起こそうとした時だ。首に腕を巻かれてぐいと引き寄せられた。
「きょーかん」
幸せそうな顔で囁く彼女が目の前にいる。今度は教官かと呆れて窘めた。
「教官って呼ぶな」
「じゃー、なんて呼べばいいんれすか?」
「アレックスだ」
「てへへ、アレックス♡」
今度は彼が一瞬にして固まった。まさか本当に呼ぶとは思わなかったからだ。酔ったカーリンは尚も連呼する。
「アレックス、だーいすき♡」
「分かったからそれ以上言わないでくれ」
呼んでほしいとは常日頃願っていたが、実際にはこうも恥ずかしく破壊力があるとは。どうせなら素面で聞きたかったと残念に思いつつカーリンの唇を自分のそれで塞いだ。




