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誕生日の夜に その1

 教官室で今月の予定を確認していたアレックスがふっと遠い目をした。


 ― そういえば、もうすぐカーリンの誕生日だな。


 教官の特権で、彼女に関するデータは全て掌握している。

 成人になる彼女へどんなプレゼントを贈ろうかと考えていると肩を叩かれた。

「ミュラー教官、いかがなさいましたか?」

 ぼんやりしている彼が珍しかったのか、シノブが心配そうにのぞき込む。

「え?」

「何度もお呼びしたんですけど」

「すまない。考え事をしていたものだから」

「わたしでよければお手伝いします」

 課業中に恋人のプレゼントを考えていたとはさすがに罰悪く「気持ちだけで」と席を立った。




 カーリンは毎年、誕生日が近くなるこの時期になると気が重くなる。特に今年は成人という重大な儀式も控えているのでますます沈んでいった。

 そして、今日も催促の電話が掛かってくる。

『カーリン、誕生日は帰ってこれる?』

 母親のヘレーナが尋ねると、返事も待たずに祖母フリーデルに替わっていた。

『帰ってこれるではなく帰ってくるのです。あなたの成人を祝うパーティーを皆楽しみにしているのですよ』

「あの、おばあ様。ミュラー少佐を呼んでもいいですか?」

『今回は一族の集まりなのだから遠慮してもらいなさい』

「でも、わたし達付き合っているんですよ」

『婚約者ならいざ知らず、交際しているだけなら関係ありませんよ』

 相変わらず手厳しい祖母にカーリンは口を尖らせた。

「挨拶に来た時は許したくせに」

『何か言いましたか?』

「いいえ。なんでもありません。ご機嫌よう」

 カーリンは強引に話を畳んで切ってしまう。


 ― なんで、おばあ様は少佐を嫌うんだろう……?


 母親はアレックスを気に入っているのに、フリーデルは快く思っていないのだ。やはり、アレックスの父ダスティンが言っていた身分の差なのか。


 ― わたしには関係ないのに。


 兄には申し訳ないが、リヒター・ド・ランジェニエール家を継いでもらって自分は自由に生きたい。第一、カーリンが家督を継いだら名が地に落ちることも充分あり得る。

 アレックスと結婚すれば栄えること間違いなしなのだが。


 ― いやいや!! 結婚だなんて早いし、少佐の気持ちだって無視できないし。


 《あれは一途な男だ。君との結婚も考えているだろう》


 ダスティンの声が蘇り、カーリンの顔はますます真っ赤に茹で上がる。


 ― ミュラー(父)少佐があんなことおっしゃるから、余計意識しちゃうじゃないか!!


 アレックスは数々ある見合いや恋愛に振りむくことなく二十七年間を過ごしてきた。あれだけの容姿と実力だから過去の女性関係をとやかく問うつもりはないが、やはり気になるのが恋心である。

 カーリンも十七年間、恋とは無縁な生活を送ってきたが、鈍感な故にその陰で何人もの男子が泣いていたのは知る由もない。

 

 ― ミュラー少佐はわたしに満足しているのかなあ。……今、いやらしくなかった? 決して深い意味はないんだ。そうだ!! カーリン、お前はフツーだ!!


「なに、ブツブツ言ってるのよ。気味悪い」

 風呂から帰ってきたチェリーが眉を顰めた。

「なあ。チェリーはその……セドリックの恋愛経験とか気になる?」

「そうねえ。気にならないと言えば嘘になるけど」

「そうだよな!! やっぱり気になるよな!!」

 自分だけではなかったとカーリンはほっと胸を撫で下ろす。

「教官の女性関係、気にしてるの?」

 こくりと頷くカーリンに、チェリーは手を顎に当てて考えるポーズを取った。

「まあ、あれだけの器量だし歳も歳だから二度、三度」

「二度、三度!? 足して五じゃないか!!」

「あるいはもっと」

「もっとぉ!?」

 カーリンはへなへなと腰が抜けて座り込む。十歳の差は恋愛の差でもあった。あくまでチェリーの想像の範囲なので真実ではないが、明らかにそちら方面では長けている。彼女がそう言うのだからかなりの確率だと愕然とした。

「そんなに気にするなら、本人に直接訊けば?」

「訊けるか!!」

 むくれたのかカーリンはクッションに顔を埋めて動かなくなり、やれやれとチェリーが肌の手入れを始める。

 本人には聞けないがそれらしいサインはしきりに出ていた。濃厚なキスとか魅惑的な眼差しとか、傍にいてドキッとする場面は多々ある。あれが意識してやっているとしたらかなりの手慣れだ。

「わたしが言うのもなんだけど、教官ってかなり頑張ってカーリンに合わせてくれてるわよ」

「分かってるよ」

 肌をマッサージしながらチェリーが言うと、クッションの中からくぐもった声が漏れる。

 カーリンが気にしているのは、人数ではなく交際してきた女性の性格や容姿だ。自分より勝っている者の方が多いに違いない。

「少佐に相応しい恋人になりたいんだ」

 すると、突然顔をクッションに突っ込まれた。

「あんたねえ、そんな考えだから教官が信じられないのよ。いつも引け目を感じてたら本当に心が離れていくわよ」

「チェリー」

「教官は、わたしでもなくバルバート教官でもなくカーリンを選んだの。こんないい女達を振ったんだから自信を持ちなさい!!」

 そうだった。

 彼女達の想いを飛び越えてアレックスの胸に飛び込んだのだ。

「そうだな。わたしはわたしなりにいい所があるんだよな」

 無理矢理に奮起してクッションを胸に抱く。

「教官の心を掴んで離さない秘策があるわよ」

「なになに?」

 食いついたカーリンが身を乗り出して答えを待っていると、チェリーの瞳が妖しく光った。

「教官に抱かれること」

「!!」

 爆弾発言にカーリンの全ての感情が停止してぽかんと口を開けていたが、チェリーから顔の前でパンと手を叩かれて我に返った。

「な、な、なにを言っているんだ!?」

「一般論よ。まあ、あんたには無理だから聞かなかったことにして」

 ばっちり聞いてしまったので今更消去はできない。

 チェリーが部屋を出ると、一人残ったカーリンはクッションを胸にきつく抱いた。


 ― 最近みんな変だぞ。妊娠しただの抱かれろだの、やけに生々しい話ばかりじゃないか。でも……。


 アレックスが望むならカーリンもそれなりの覚悟をしておく時期なのかもしれない。それに最初に抱かれるなら彼以外は嫌だ。

 いつ求められても狼狽えないように心の準備はしておかなければ。そんなことを考えている時だった。携帯電話の着信音に体が跳ねる。

『こんばんは、カーリン』

「こ、こ、こんばんは、少佐」

 今まさに本人からの電話にカーリンは動揺しまくりだ。

『忙しかったか?』

「大丈夫です。ちょっとゴタゴタしてたけど」

 低く澄んだ彼の声に、チェリーの爆弾発言が蘇る。

「うわーっ!!」

『どうした!?』 

 いきなり絶叫するカーリンに、アレックスが驚いて尋ねた。

「あ、なんでもないです。気にしないで下さい」

『悩みなら聞くぞ』

 悩み……。

 恋愛遍歴とか自分を抱きたいのかなんて言えるはずがない。

「少佐は女の人、好きですか?」

 苦しまぎれに出たのがこれだった。

『は?』

 


 カーリンの誕生日を祝う日にちを決めようとアレックスは電話を掛けたが、とにかく今夜の彼女は様子がおかしかった。

 声はうわずり何かに動揺しているし、突然叫び出す。おまけに、女が好きかと訊かれて返答に困った。嫌いと言えば男に興味があると誤解されるだろうし、好きと言えば女たらしと詰られるだろう。

「カーリンが好きだ」

 悩んだ末に無難な答えに逃げたのがまずかったのか、彼女は納得していないようで「おやすみなさい」と電話が切れた。

 カーリンの心情が掴めず、十歳の差を痛感するアレックスだった。

 




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