けんかで確かめる愛
ランディとビアンカがケンカをしたらしく双方機嫌が悪い。
勤務に支障はきたさないが、彼等に関わるすべての者に災いが降りかかるので『我関せず』だ。その中で最も被害を被るのは、同期のアレックスと直属の部下カーリンである。
この日の夜も、学校にほど近いバーでアレックス相手にビアンカが愚痴をこぼす。
「どっちが悪いと思う!?」
「さあな。ランディの意見も聞いてみないと何とも言えん」
「ほら。あなたはいつもそう。結局あいつの肩を持つんだから」
絡み酒、泣き上戸とビアンカは酒癖が悪いので、アレックスとしてはさっさと宥めて帰りたいところだ。携帯電話に視線を落として着信を確認していると
「なあに、年下の恋人に電話? どうぞ、わたしにお構いなく」
「お前も電話してやれ。待っているぞ」
二人の性格だとどちらかが素直に謝ればあっさり解決するのだが、変に意地を張り合って引っ込みがつかなくなるケースが多いのだ。案の定、ここ二週間電話すらしていないとのことである。
そのことをよく知っているアレックスは、今回はビアンカから折れるよう促す。
「いやよ。大体ランディは頑固で子どもで……」
ここからは悪口のオンパレードなので、酒を飲みながら適当に聞き流した。
「そうだな。いい加減で八方美人で」
「なによ!! ランディにはランディなりにいいところは沢山あるんだから!!」
反論すれば妬まれて同意すれば文句を言われるアレックスは憮然とする。
「ねえ、あなた達はどうなの?」
「俺達?」
「そう。ケンカしたらどちらが先に折れる?」
そういえば、とアレックスが記憶を辿るとそれらしき問題に遭遇しなかった。大抵はカーリンの独り相撲で、拗ねてもキスをすれば機嫌がたちまち直る。
たまにしか逢えないので一分一秒でも時間が惜しいせいもあるだろう。
「そこまでこじれたことはない」
「はいはい、訊いたわたしが馬鹿でした」
「ところで、ケンカの原因はなんだ?」
グラスを煽るビアンカの手が止まり、アレックスをしげしげと見た。
「原因? なんだったかしら」
真剣に悩む彼女に盛大なため息をつく。原因が思い出せないほど、どうせ大したことではないのだ。
くだを巻くビアンカを横目に、つくづくカーリンはできた恋人だと改めて痛感する。一度だけ逢いたいと電話で叫んだが、よほどのことではわがままを言わない。
だから、せめて逢った時くらいは目一杯甘えさせてやりたい。
― 甘えているのは俺の方か。
純情な彼女の反応が楽しくて、ついついからかって機嫌を損ねるがそれもまた一興だ。
ふっと気配を感じると、ビアンカの顔が間近にあるのでのけ反る。
「今、カーリンのこと考えていたでしょう? 天下のミュラー少佐もすっかりぞっこんね」
こういう時はあっさりと認めるが勝ちだ。
「ああ。彼女がいなくなったらどうすればいい?」
「知らないわよ。まったくやってられない!!」
残りの酒を一気に飲んだビアンカは椅子に掛けていた薄手のカーディガンを取る。「帰るわよ」とさっさと店を出る彼女に、アレックスは思惑通りの展開にほくそ笑んだ。
ケンカの余波はカーリンにも押し寄せる。
「リヒター・ド・ランジェニエール伍長、こちらへ」
休憩時間にランディが険しい顔でカーリンを呼び寄せた。
「はい、なんでしょうか」
「ミュラー少佐から伝言は?」
「ありません」
「ほんとに?」
「はい」
キラキラと輝くグリーンの瞳はまんざら嘘でもなさそうだ。彼女が嘘が下手なのを見越して、アレックスが敢えて情報を与えていないらしい。
― あいつ、タクティクスが得意だからな。
同期のそれには定評があり、フラッツェルン紛争も彼がいなければ生還は有り得なかった。
「一つ聞きたいんだけど、リヒター伍長はあいつとケンカしたことある?」
すると、カーリンは首を捻りながら唸る。
「うーん、派手なのはないかも。時々意地悪してくるので拗ねると少佐から謝ってくれます」
「ふうん。愛されているんだね」
「やだなあ、カルマン大尉ったら」
照れ隠しにカーリンからバシバシと背中を叩かれて、ランディはあまりの痛さに顔を歪めた。
「分かったから持ち場に戻っていいよ」
彼女が火照る頬を両手で押えながらデスクに戻っていくと、背中がひりひりと痛みだす。
― 結構うまくやっているんだな、アレックス・ミュラー。
堅物だが一途な親友はきっと全力でカーリンを守るに違いない。彼の父親が来訪した際も、アレックスは平日の夜にも関わらず片道三時間の道のりをブッ飛ばして彼女に逢いに来たという。
同じ状況になったら、果たして自分はどうするだろうか。
― 俺ならこうするな。
ランディは部隊直通の電話を手に取った。
「こちらランディ・カルマン大尉。シャトレーズ軍人学校につないで」
「こちら教育部アレックス・ミュラー少佐」
部隊からの直通電話を取り次いだアレックスは聞き覚えのある声に眉を顰める。
「カルマン大尉か。そちらに依頼している案件はなかったと思うが」
『本日は別件でして。バルバート中尉はいますか?』
同期で親友でも軍では上官と部下の関係なので、自ずから敬語で話していた。
「バルバート教官は……」と、辺りを見回すとビアンカが両腕を交差させて拒否を訴えている。
「訓練中だ。伝言があれば受けておく」
『ミュラー少佐、スピーカーモードにして頂けますか?』
言われた通りに切り替えると、ランディの声が教官室に響き渡る。
『バルバート中尉、俺が悪かった。愛してる』
「なっ!?」
驚いたビアンカが猛ダッシュで受話器をアレックスから奪い取ると怒鳴った。
「私用で使ってんじゃないわよ!!」
『やっと口をきいてくれたな、バルバート中尉』
してやられたとビアンカが舌打ちしたがどこか嬉しそうだったので、アレックスは通常の通話モードに戻して席を外す。それに倣って他の教官達も素知らぬふりで仕事を続けた。
廊下に出たアレックスは窓から少女みたいに頬を染めて話をするビアンカを眺める。
― 俺にはできないことだ。恐れ入ったよ、ランディ・カルマン。
軍の電話でしかも課業中に愛を叫ぶとはとてもじゃないが真似できない。携帯電話ならしょっちゅうしているのだが。
冷戦も無事集結して、アレックスが改めてケンカの原因をビアンカに問い質すとやはり大したことではなかった。
「だって、ランディったら一緒に歩いていても違う女を見てるのよ」
「そんなことでケンカしていたらこの先もたんぞ」
「あら? もし、あなただったら許せる?」
「さあな。会議があるのでこれで失礼する」
「答えなさいよ、アレックス・ミュラー」
くるりと踵を返すアレックスは口角を上げている。
「カーリンは他の男には振り向かんよ」
「なぜ言い切れるの?」
「俺にぞっこんだからな」
閉口するビアンカに背を向けて颯爽と立ち去っていった。
仲直りしたビアンカとランディの話題はやはりこの場にいない同期だ。
『へえ。あいつ、そんなこと言ったのか』
意外とばかりにランディが言った。
「そうなのよ。言い返せなかったのが悔しいわ」
『やっぱり天下のミュラー少佐は違うな』
けらけらと笑う彼に、「あなたも同類よ」と心の中で呟く。
「もうあんなことしないでよ。あのあと恥ずかしかったんだから」
『俺達、婚約しているんだから大目に見てくれるさ』
まったく反省なしの婚約者だが、そのあたりも含めて愛したのだから今更だ。
「ランディ」
『うん?』
「私を愛してくれてありがとう」
『今夜はしおらしいな。愛の告白が効いたか?』
ふざけた口調だが、恐らくランディは真っ赤な顔で頭をかいているに違いない。




