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昨日の敵は今日の友……?

「クシュンッ!!」

「カルマン大尉、風邪ですか?」

 ここのところくしゃみが止まらない直属の上官をカーリンが心配そうに尋ねた。

「おおかた、ビアンカかアレックスが噂しているんじゃないのかな」

「少佐達ですか?」

「あの二人、俺のいないところで盛り上がるんだよ」

 そういう彼自身もビアンカといればアレックスを酒の肴にするのだが。

「三人は士官学校の同期でしたね。少佐の学生時代ってどんな感じでした?」

「アレックス? うーん、あまり変わってないな。昔っからあんな風だったし」

 庶務そっちのけで懐かしそうに当時を語り始めた。



 アレックスとランディは最初から仲が良かったわけではない。学年で常に学科と実技はトップ争いをしていたので名前だけは知っていたが特に面識もなかった。

 陽気で楽観的な悪戯っ子ランディと無表情で優等生タイプのアレックスは到底馬が合いそうにないと互いに思っていたからである。

 そんな二人が直接会話を交わしたのは一年の夏だった。

 人の好みがはっきりしているランディが毛嫌いしている教官が一人いる。欠点や外見を大袈裟に取り上げて笑いを取り、さも自分が学生に人気があると錯覚している人物だった。

 ランディも人を愉快にさせるのは得意だが、あの教官のような悪意あるやり方は気に食わない。しかも標的にされるのは大人しい学生で、貫録あるアレックスなどには目も合わせない。

 次なる獲物となったランディと同じ班のゴラン・バタロフは心優しい青年だった。反抗しないと踏んだ教官はことあるごとに苛め始めたので、今日こそは我慢の限界とばかりランディが食って掛かる。

「教官、いい加減にしてくれませんか? 人を馬鹿にしてそんなに楽しいですか!?」

「やめてくれ、ランディ。俺は大丈夫だから」

 自分を庇ったがために友人まで評価が悪くなると危惧したゴランが、彼の裾を引っ張り制した。だが、ランディは一度頭に血が昇るとなかなか冷めない体質である。

「構うものか」と教官を見据えるランディと一触即発の事態になったが、課業終了のチャイムが鳴ると教官は逃げるようにその場を去った。



 被害者のゴランはああ言っていたが、ランディとしてはどうも腹の虫が納まらない。なので、少し懲らしめようと明日の野外訓練コースに落とし穴を掘ることにした。

 教官は必ず学生の前を歩いて先導するので、穴にはまること間違いない。地面深く落ちた彼を見下ろして捨て台詞の一つでも吐いてやろう。

 我ながら子どもっぽいと自嘲しながら、掘り進めていくこと三十分で結構な深さとなった。

「ふう」と息をついて顔を上げた先に栗色の髪にグレーの瞳の青年がこちらを凝視している。


 ― あいつ、確かアレックス・ミュラーだったな。


 学科・実技共に一位と二位を自分と競っている学生に見覚えがあった。落ち着き払った態度は一年生とは思えない貫録だ。

「なんだよ」

 スコップを荒々しく地面に突き刺して睨んだが、アレックスは動じない。明らかに道の真ん中に穴を掘る作意を知っているようだ。

「教官に言いつけるならどうぞ、優等生くん」

「その深さだと仕組んだとばれるぞ」

「へ?」

 突然のことでランディは目を丸くした。

「もう少し浅めにして、自然にくぼんだ風に見せるんだ」

 地面に突き刺したスコップを抜いたアレックスがまた穴を埋め始める。

「お、おい!!」

「あの教官に一泡吹かせるんだろう?」

「あ、ああ」

「お前は目を付けられているから、ばれたらすぐ呼び出される」

 黙々と作業と説明を続ける彼に呆気にとられながら、ランディも手伝った。

「どうすればいい?」

 アレックスは真面目な顔で作戦を話す。

 くぼみの先に水を含ませて泥沼を作っておく。先を行く教官が足を取られて倒れこむと泥が全身にかかる。

 さぞ滑稽な絵だと二人の口角を上げた。

 シンプルで地味だが、これなら自然な成り行きでランディに容疑はかからないはずだと言う。

「なるほど。だけど、ばれたらお前も同罪だぞ」

 黙って見過ごせばいいものを、と呆れる彼にアレックスが真剣な表情となった。

「一生懸命な人間を笑うやつは許せないからな」

 きっぱりと言い放つ彼は、同性のランディから見ても毅然として格好いい。まさに男が男に惚れた瞬間だった。


 次の朝、二人の思惑見通り先導する教官がくぼみにはまって頭から泥水に突っ込んだ。何が起きたか理解できない彼が学生たちに振り向くと、泥にまみれたひどい格好に皆失笑する。


 ― いい気味だ!!

 

 成功してほくそ笑むランディだが、アレックスの報復はここで終わらなかった。

「教官のお陰で、俺達は泥を被らずにすみました」

 恭しく敬礼する彼に教官は何かを察したが、大人顔負けの鋭い視線に口を噤んでしまう。




「それで、その意地悪な教官はどうなったんですか?」

 身を乗り出して昔話に聞き入っていたカーリンが先を促す。

「すっかり大人しくなったよ。いやあ、胸がスカッとしたね」

「じゃあ、その頃から少佐と友達に?」

「そうだね。それからなにかと一緒にいる時間が長くなって現在に至るってわけさ。あいつ、結構熱いよな?」

 ウインクして見せるランディに、カーリンが大きく頷いた。

 普段は冷静だが、周りの者が傷つくと烈火のごとく怒る場面を何度も遭遇している。それだけ彼は優しいのだ。

 余談だが、十七歳のアレックス、つまり自分と同い年の彼に会ってみたかったとカーリンは密かに思った。



「クシュンッ!!」

「ミュラー教官、風邪ですか?」

 書類の確認をしに来たセドリックが尋ねた。

 ここ最近くしゃみがよく出る。原因不明だが、心当たりはある。


 ― ランディのやつ、またカーリンにあれこれ吹きこんでいるな。


「気を付けて下さいよ。あなたが倒れたら教育部は機能しないんですから」

 大袈裟なとアレックスは小さく笑って、湯気香るコーヒーを一口飲んだ。

「薬をもらってきましょうか?」

 シノブが腰を浮かせたので、アレックスが肩を軽く押し戻して座らせる。

「大丈夫だ」

「でも……」

「それより、来月の訓練実施計画は立てたか?」

「はい。今持ってきます」

 彼に触られた肩がほのかに火照っていた。 

 先日、カーリンと直接会って叶わぬ恋と痛感したシノブだが、やはり目の端でアレックスを追ってしまう。

 先日のセドリックとの会話ではないが、気持ちを言葉にするのは難しいと痛感した。

 


 ランディから聞かされた恋人の学生時代ににやけた顔が戻らないまま、カーリンは携帯電話を手に取った。

『今日、ランディから俺のことを聞いただろう?』

 開口一番の台詞に、カーリンの顔色が変わった。常日頃思っていたが、この人は超能力者かと肝を冷やす。

「特に何も。士官学校時代の話をしただけです」

『どんな?』

 電話の声は、明らかに内容について察しがついている風だ。

「カルマン大尉の嫌いな教官を少佐と一緒にトラップを仕掛けたとか」

 すると、いち早く思い出したのか「あいつか」と呟く。教官を「あいつ」と呼ばわれするとは、アレックスも相当嫌っていたらしい。

「少佐も結構やりますね」

『大したことじゃない』と悪びれた様子もなく言ってのける彼が少しだけ子どもっぽく感じた。

「友達のためなんて、優しいなあって見直しました」

『惚れ直したの間違いじゃないのか?』

 この声は少しだけ悪戯っぽい。それならばとカーリンも反撃する

「はい、惚れ直しました」

 反応が予想外だったのか、沈黙するアレックスにカーリンはクスクスと笑った。

 電話口の向こうで、彼がどんな顔をしているのかもう分かっているから。

 

 

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