第8話 定時であがる、これはスローライフ勤務の基本だ(そしてざるそばを食う)
まてまてまて。
俺が課長ってどういうことだ? どんな人事ロジックが発動したらそうなるんだ?
「あ、そうだ。これ先輩に渡してくれってフルノラ団長が」
ミーシャから渡された紙をひらくと。
……うん、なんかハートが多い。嫌な予感しかしない。
『団長のタケオちゃんへ♡
課長にしたげたから~~タケオちゃんの好きにしてん♡
会議の時はお土産わすれちゃやーよ♡♡』
……マジかよ。
「ち、ちなみに前任者は……?」
「ああ、あいつなら昨日の夜中に最前線送りみたいですよ♪ もうせいせいしました~♪」
マジか……
夜中って、馬車も動いてないだろ。どうやって出発したんだ?
ただミーシャいわく、前任課長はセクハラ三昧の最低野郎だったらしい。
なるほど、じゃあ団長の判断は正しいのだろう。
正しいんだろうが……
え、俺がその穴埋め?
これどうなんだ? さすがに想定外すぎるぞ。
う~~む……
とはいえ考えようによっちゃ、うるさい上司がいない職場と言う事になる。
団長は過酷なノルマを課しているわけでもないし、ゆるくやっても良さそうだ。たまに差し入れすればいいのだろう。
むしろ、甘いもん渡しとけばゴキゲンでいてくれる可能性が高い。
……いや、これは意外と当たりなのでは?
うむうむ、ネガティブ要素ばっか考えてもしゃーないしな。
よし、気を取り直して業務確認だ。
まず三等騎士団食堂課のメンバー。
俺にミーシャ、じいさま、それともう一人……は休職中らしい。
つまり実質3人か。
「おもな仕事は団員への朝食と昼食の提供だな」
「はい、そうですね~土日は休業ですよ~」
おお……完全週休二日制……!
当たり前に聞こえるかもしれんが、おれにとっちゃ天国のような響きだ。
「あとは食材調達と帳簿管理や備品管理あたりですかね」
なるほど、まあだいたい想像通りだな。
焦らずゆるく、様子を見ながら回していこう。ガミガミする上司もいないことだし。
そうして昼食の提供が終わり、帳簿チェックをしていたら―――もう夕方。
「先輩~~厨房の方は終わりましたよ~」
「うむ、ではあがろうか」
「はいっ♪」
じいさんの長いヒゲもピクリと嬉しそうに揺れた。
うぉおお……こんな明るい時間に仕事が終わるなんて……。
前世や本部じゃ考えられん。涙出そう。
やはり定時であがる。これはスローライフ勤務の基本だな。
◇◇◇
三等騎士食堂は朝食と昼食だけの稼働。晩飯は「各自なんとかしろ」というスタイルだ。
まあ団員も、夜はグルトの町へ飲みにいったりと好き勝手しているようだし。これはこれでゆるくてありがたい。
さてさて自室に戻った俺はというと……
ズズズぅ~~
のどを滑っていく感触がたまらない。ひんやりとして、それでいて香りがふわっと広がる。
薬味の刻みネギとわさび。それにきりっと冷えたつゆの香りが鼻を抜ける。
そう、ざるそばを召喚してすすっていた。
異世界に来てなお、こいつのうまさは鉄板である。
いや、最高やな。マジで。
朝昼と洋食続きだったし、日本食が恋しかったんよ。
俺がズルズルとざるそばを楽しんでいると、背後に気配を感じた……
「あぁ~~やっぱり一人で楽しんでるぅ!」
振り向けばなぜかルリア。
……おい。ここ男性寮だぞ?
「だって……今日は朝からタケオさんに会えてないんだもん」
言い訳がかわいいのはずるいが、だからってなぜ俺の部屋に来る。
追い返すべきか迷っていると、鍵の閉まる音がする。
「ていうか俺、鍵かけてなかったか」
「大丈夫です、いまかけました!」
いやいやいや、おまえちょっとは警戒しろよ。なに鍵かけました宣言しちゃってるの。
俺はおっさんとはいえ一応男なんだぞ、超絶美少女でたゆんたゆん揺らしちゃダメだろ。
……まああり得ないが手を出した瞬間、俺の人生が即終了するのは確実だが。
そんなことを考えていると……ルリアのお腹がかわいく鳴った。
「ルリアも食うか?」
「わぁあ~~やた~食べます~!」
素直なやつである。
俺はざるそばをもう一人分召喚した。
が……箸と麺つゆを持って少し困った様子のルリア。
「えと……」
ああ、食べ方がわからんのか。
よしよし。
「これはな。こうやって食べるんだ」
俺はそばをすくい、つゆにくぐらせてズズ~ッと音を立てて喉へ流し込む。
俺を真似てそばをすするルリア。
ツルツル~~
「―――っ!?」
ルリアの肩がびくっと揺れた。
かわいらしいすすり方だな。
「ふぁ……不思議な味ですけど……おいしいぃい!!」
そりゃそうだ。ざるそばにハズレはない。
すぐにルリアもツルツルが加速しはじめた。
ズズズ~~~
ツルツル~~~
静かな部屋に響くのは、2人のそばをすする音のみ。
……平和だなぁ。いいよ、この感じ。
――――――ガチャガチャ!
え?
そんな平和を壊すかのように、なんか嫌な音が聞こえた。
扉……開けようとしてね?
いやもうこれ以上は誰にも構いたくないぞ。無視してもいいかな……と思っていたら―――
ガチャリ。
扉が普通に開いた。
なんであくの!?
ルリアがさっき鍵をかけたはずだぞ。
「先輩ぃ~~♪ って……ああぁ! またあたらしい女連れ込んでるぅ~~!」
入ってきたのはミーシャだった。
「いやどうやって扉あけたんだよ……?」
「先輩の部屋の鍵を持ってるなんて、かわいい後輩として常識ですよ?」
常識じゃねぇよ。なに勝手にスペアキー所持してんだこのメガネっ子後輩。
そんな俺の疑問にはお構いなしに、ミーシャは俺の横にいるルリアを見るや……即、顔が険しくなった。
「……剣姫のつぎはロリっ子ですか? しかもなんですかその乳! 剣姫やムチムチ団長と同じでむだにでかいじゃないですか!」
ルリアの胸部を凝視するミーシャ。
うん、まあ……事実ルリアは見た目ロリ美少女だが胸は……凄いことになってる。
対してミーシャは。
……うん、ひかえめだな。
いきなり登場したミーシャの言葉に、ルリアの眉がひくっと上がる。
「ろ、ロリ巨乳って……わたしはタケオさんの同期なんですぅう~! だから仲良しなんですぅ! 入室も許可されてるんですぅ!」
「ふん、そんな数日程度の関係性で……ぽっとでの女に先輩はわたせませんね!」
ずり落ちそうなメガネをクイッと上げるミーシャ。
その動きに合わせて胸部は一切揺れない。悲しいほどに。
にしても良く分からんバトルが始まってしまったじゃないか。
俺、普通に仕事あがりなんだが。
「牛女は敵です!」
「うううぅ……牛じゃないもん!」
ふぅ~~まったく。
「まあまあまあ。落ち着けふたりとも。ほら、ミーシャもそばを食え」
「……そ、そんなものに釣られるわけ……いただきますッ!」
一秒ともたなかったな。
速攻で釣り上げられたミーシャが、勢いよくざるそばをすする。
ツルツル~~。
「うわぁ……な、なにこれ、おいしすぎるぅ!!」
「でしょ~~♪ このたれが不思議な味なんですよ~」
「うんうん、この細かい緑もツ~ンとくるけど、いい感じだわ~」
ルリアとミーシャが、ざるそばへの感想をキャッキャしながら言い合う。
この異世界にはあまりない系統の味なんだが、それは単に経験したことが無いだけだったようだな。知ってしまえば美味しいの判定が出るってわけだ。
ツルツル~~。
よし、戦闘終了だな。
さっきまでにらみ合っていた2人が、無心でそばをすする。
ズズズぅ~~
ツルツル~~
ツルツル~~
部屋に流れる麺の音。
うんうん、こういうのでいいんだよ。
思わぬハプニングはあったが、最終的にはざるそばに戻ったな。
大満足で食べ終わったあと。
最後は蕎麦湯を出して、ズズ~っと麺つゆを楽しんだ。いや~~最高だわ。
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