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第6話 ムチムチ団長、お土産(シュークリーム)で堕ちる

 2階建ての簡素なグルト騎士団本庁舎の中は思っていた以上に静かだった。

 王都本部みたいなゴチャつきや喧噪もなく、妙にゆるい空気が漂っている。

 せわしなく動く奴もいない、というかそもそもそんなに人がいない。


 うむ、いいな。罵声が飛び交わない職場はむしろ最高や。

 俺はこういう空気を求めてここまで来たのだ。


 2階最奥の団長室前で足を止める俺たち。


「じゃ、挨拶いくぞ。変に失礼な態度はとるなよ?」


 とくにスリーナとゴンスに言っておく。

 この2人は変なスイッチが入ると、自ら地雷を踏むタイプだ。

 彼らの個性を否定する気はないが、はじめが肝心。トップに目を付けられるのは悪手であり、ちょっと気を付ければいくらでも回避できる。

 楽な環境で仕事したいのであれば、多少の努力は必要。それがリーマン騎士の心得だ。


「は、はい、タケオさん。が、頑張ります。ううぅ……緊張するぅ」

「わーってるって。おっさんこそ変なことすんなよ」

「おれっちは敬意バッチリだぜ! 筋肉は万能だし」


 ゴンス、それは敬意とは違うんだよ、と思いつつ扉をノックする。


「失礼しまーす……」


 ガチャ。


 ―――次の瞬間、全員の動きが止まった。


 でかい姿見鏡の前でため息ついてる女性がひとり。

 濃いパープルのフワッと伸びた髪、長いまつげに紫色の瞳、そして……


 はいきました~~。


 ムチムチである。


 しかも自覚してるタイプのムチムチさん。

 胸部が存在を主張しすぎだ。前職上司である剣姫のスタイルがスポーティな引き締まりのナイスぼボディなら、この人は甘々クリームで出来てるスイーツボディだ。


 鏡の前でポージングを変えるたんびに色々揺れてる。


 ルリアがぽかんと口を開け、ゴンスが「こ、これは筋肉と対極の存在……」とかよくわからん反応をしてる。

 いつもは過剰に反応するスリーナも、目の前のダイナマイトボディに圧倒されている様子。


 俺たちに気付いた女性は振り向き、トロっとした声で言った。


「んぁ~? 新人ちゃんかなぁ♡」


 うわ……声まで色気たっぷりやん。

 なんだこの人……いかんいかん、用件を伝えんと。


「はい。本日付でグルト騎士団に着任しましたタケオです。団長殿はいらっしゃいますでしょうか?」


 俺はきっちり頭を下げる。できるだけムチムチは見ないようにする。

 そんな俺の心を見透かしたかのように、近づいてきた彼女は上目遣いで俺にフッと息をかけた。


 おふぉ……っ! 


 おっさんが出しちゃダメな声でそう。


「団長ならここにいるわよぉ~~」


 え、マジか。

 俺としたことが気づかないとは。前世と前職で鍛えられていたはずの職場内対人レーダーも、ちょっと使わないと劣化してしまうのだろうか。


 俺たちはあたりに視線をめぐらせる。


 …………?


 え? 誰もいないんですけど?


「んふ……だ・か・ら、団長はワタシよぉ♡」


 あ、なるほど。


 ―――って、マジかよ!?


 ゴンスは目ん玉飛び出そう、スリーナはあいた口が閉まらず、ルリアは完全に固まっている。


 そりゃ誰でも驚く。


「ふふぅ~~ワタシがグルト騎士団長のフルノラねぇ~~よ・ろ・し・く♪」


 このムチムチさんが団長??


 いや、ムチムチが団長やっちゃいけないわけじゃないけど。

 だが、団長がムチムチしてていいのか?

 いやいや、人をムチムチだけで判断したらムチムチ……ってなに言ってんだおれ?


 いかん、平常心だ。


 究極のブラック職場を経験してきた俺が、こんなことごときで動揺などせんぞ。


 俺は一呼吸してから、後ろに背負っていたバックパックから箱を丁寧に取り出した。


「着任のご挨拶として、ささやかながらお土産を」

「あらぁ~~気が利くおっさんねぇ~なにかしらこれ~」

「はい、王都で見つけたスイーツ店のお菓子です」


 団長の目が、獲物を見つけたかのようにきらりと光る。


 よしよし、スイーツは好物とみた。


 フルノラ団長が、ウキウキして箱を開けると―――


 そこには、黄金色に焼き上げられた特製シュークリーム。

 ふっくらパリッとした生地に甘いバニラの香り、これでもかというクリーム量。


 そう、言わずもがな。これはシュークリームである。

 俺が直前に現代フード召喚で準備しておいたのだ。ちなみに固焼きせんべいも用意していたが、フルノラ団長の動きを見るに、やはり甘党のようだ。よしよし、ここはシュークリームという俺の選択は間違っていない。調子が戻ってきたぞ。


 ルリアが「すごい……甘くて、いい香り」と息を飲む。


 団長はシュークリームをゆっくりと優しく指でつまむ。

 くっ……なんだこれ。ただつまんだだけなのに、めっちゃ色気ある……


「なにこれぇ……かわいい……♡」


 そして―――ぱくり。


 その綺麗な口からクリームがぷしゅっとはみ出し、団長の唇につく。


 次の瞬間―――


 ペロッと唇についたクリームをなめる団長。


 うぉおお……なんやねんこの人……破壊力が半端ねぇよぉ。

 だが、ここは正念場だ。団長の溢れ出す色香に屈するわけにはいかない。


 耐えろ俺!


 おっさんリーマン騎士の粘り腰を見せてやる! 勝負だ!


 団長は目を細め、少しばかり震えた。


「……ちょっと……これ……反則でしょ?」


 トロける笑顔。

 語尾に♡がついていない。


「ちなみにこちらはまた違う味ですよ」

「ええぇ? どういうことぉ?」


 ここぞとばかりに俺は畳み込む。


 そう、団長が最初に食べたのは中身が生クリームのもの。

 そして、こっちはカスタードである。


「ちょ、こっちもすごい! うわ、うわぁ~~」


 団長から色香が引いていき、変わりに食欲という名の欲望に染まり始めた。

 さすがシュークリームだ。いい仕事をしてくれる。


 グフフ……勝った。


 超絶ムチムチ団長は、完全に堕ちたな。

 思わず口角が吊り上げりそうになる。おっと、いかんいかん。


「タケオさんの変態……」

「デレデレすんなし、タケ」


 そんな俺の表情を見てか、ルリアとスリーナが恐ろしく冷たい目で俺を見てきた。


 いや違う、これは戦略的処世術だ。

 俺のスローライフ勤務を滞りなく実施するための安全保障対策なのだ。

 媚びではない。外交といってくれ。


 が、ルリアとスリーナから冷たい視線が刺さりまくるので、彼女たちにもシュークリームを渡してみた。


「ふあぁああ~~ん、なにこれタケオさんん~~♡」

「な、なんこれぇ~ヤバいんだけど、まじヤバすぎなんだけどぉ~♡」


 よしよし、こっちも堕ちた。


 そこへフルノラ団長が俺の肩をぽんぽんと叩き、満面の笑みで言う。


「気に入ったわぁタケオちゃん♡

 あなた今日から団長のお気に入りっ♡ ね♡」


 ……あれ? 


 これ本当に俺は勝ったのか? 


 なんか剣姫の時と同じような感じがしてきた……。


 でもまあ―――


 フルノラ団長の俺たちに対する第一印象については、合格点をもらったに違いない。

 それに雰囲気からも、ブラック勤務を強いられる職場ではなさそうだ。

 団長とはつかず離れずぐらいの距離を保とう。


 そんな感じで、俺の辺境スローライフ勤務が本格的に幕をあけるのであった。



 いや、どんな感じやねん。


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